Nothingness
maria159357
第1話 揮発する感情
Nothingness
揮発する感情
登場人物
ロゼ
ルーマ
アーサー
クリスト
ダイキ
ジェシ
ゴードン
ムラサメ
ヴィル
エンドロン
アマンダ
欺瞞し、裏切る、これ人間生来の心根なり。
ソポクレス
第一装【揮発する感情】
I am existence of zero.
ワーカーという国とクロエマという国は、互いに警戒をしていた。
それぞれそれなりに国も大きいこともあるが、どういうわけか、良い関係を保っているとも言えない状態だった。
クロエマがワーカーを恐れているのは、ワーカー国は権力と司法の力がとても強い国だったからで、ワーカーがクロエマを恐れているのは、クロエマが金と領土に関しては右に出る国がなかったからである。
互いに互いの力を欲しながらも、自分が下手に出るのを嫌がり、なかなか親交も協定も進められない状況。
ワーカー国の王ソルモも、クロエマ国の王テンドも、決して、心の広い、器のでかい人物であるとは言い難いのもまた、事実である。
しかしそんなある日、互いに友好を深めようという手紙を出した。
どれだけ自分が有利になれるかという、ここ数十年以上の間で最も重要となるこの手紙のやりとりは、数回続いた。
その何回目かのことだ。
「ソルモ様、テンド様からお返事が届きました」
「おお、アーサーか。どうなったかな?」
「そう都合よくは行かないかと」
「だよな。あいつが頭下げるなんて考えられねぇもんな」
アーサーから渡された手紙を開くと、そこには何を考えているんだ、馬鹿なのか、友好の意味を知っているのか、などと言った内容のことが書かれていた。
それを読み、ふるふると震えていたソルモを見ていたアーサーは、手紙の内容をちらっと覗くと、ふう、とため息を吐いた。
「子供の喧嘩のような手紙ですね。いかがなさいますか?返事を書かれますか?」
「嫌だね。こんなに話しの分からねえ奴だとは思ってなかったよ。絶対に返事なんか書いてやらねぇ」
「また子供のようなことを」
それはクロエマ国でも同じようなことが起こっており、同じように、このまま子供じみた手紙のやりとりは止めた方が良いのではと話していた。
「テンド様、何をなさっておられるのですか?」
「ゴードン、俺は心の広い男だと言ってくれ。この世界中の誰よりも心の広い男だと叫んでくれ」
「それは、気持ち悪いので丁重にお断りさせていただきますよ。というか、それほど広くはありませんので、あしからず」
「ひっど!お前ひっど!俺の心はティッシュのように繊細なんだぞ」
「ティッシュは意外と頑丈だから大丈夫ですね」
そこへ、別の男が入ってきた。
「なんだよムラサメ。俺今傷ついてるから。そっとしといてくれ」
「ワーカー国が、直接会って話すのはどうかとの提案を出してきたんですが、どうします?」
「あいつと顔合わせろってか」
「いいじゃありませんか。どうせ暇してるんですから」
そんなこんながあって、ソルモとテンドは互いに顔を合わせることとなった。
どちらの国に行くとか行かないとかでまたややこしくなるため、それぞれの国の境界線の場所で会う事にした。
周りは面倒臭いと思ったが、王が決めたことなので、文句は言わなかった。
「俺達も行くのか、アーサー?」
「ああ。俺とルーマと、それからポルコ」
「お!任せとけ!」
ソルモと共に話し合いに向かうのは、アーサーとルーマ、それからポルコ。
なぜこの3人になったかというと、アーサーの独断と偏見だそうだが、実際にはリーダーとしてのアーサーと、腕の立つルーマとポルコ、といったところだろう。
それに反対する者は当然おらず、アーサーは話しを続ける。
「クロエマとの会話は、ここにいる全員に聞こえるように用意してもらった。これを装着してくれ」
その場には、アーサーたち3人以外にも、呼ばれて来た男女が6人いた。
女好きのクリストと料理上手なプライト、いつもヘラヘラしているダイキに、物腰の柔らかそうなジモーネ。
そして女は、美人だが毒舌のオンヤンと、泣き虫だが頑張り屋のジェシだ。
「ジモーネ、ここでは煙草を吸うな」
「あ、すみません。つい」
耳に無線機のようなものをつけると、ちゃんと機能するかを確認し、それから後日に向けての話し合いを行う。
付いて行く3人以外は皆城で待機する為、自分の行動予定と照らし合わせながら、何かあったときの対処を考える。
簡単な会議を終えて解散をすると、クロエマ国からの返事が来て、それをソルモに渡す。
そこには、ソルモの提案を受け入れることが書いてあり、クロエマからも衛兵たちを数人連れて行くことが書かれていた。
実行はすぐにでもということで、翌日に行われることになった。
太陽が昇ると、クロエマでは衛兵たちに囲まれながら食事をしていた。
そして指定された時間にその場所へ向かうと、相手のために待つのは嫌だという考えは同じのようで、多分同着するだろう距離にソルモたちが見えた。
「ソルモ様、顔が引きつっております」
「しょうがねえだろ。あいつの顔を見るなんてこたぁ、本当は天地が引っくり返っても御免なんだからよ」
ルーマとポルコは左右を固めるようにして足を進めて行く。
互いに距離が近づくにつれて、ソルモは当然だが、テンドの顔も青筋が見えたような気がするが、見えなかったことにする。
「久しぶりだな、ソルモ」
「久しぶりだな、テンド」
互いにニコニコはしているが、目の奥は笑っていない。
王たちは子供のような喧嘩をしている間に、衛兵たちは王が座る用の椅子と、多分使うだろうテーブルを準備していた。
準備が終わるとそこに座り、ソルモはテンドの後ろにいる男たちに視線を向ける。
「紹介していなかったな。こっちはゴードン。俺が最も頼りにしてる男だ」
ゴードンという男は一礼をすると、その両脇には同じように2人の男が立っていた。
1人はヴィルと言って、なんだか睨んでいるような目つきをしている男で、もう1人はエンドロンと言って、こちらはにへら、と笑う様な男だった。
「さて、始めようか」
その頃、クロエマでは耳に手を当て、何か話している者たちがいた。
「ティアナ、様子はどうだ?」
【特に動きはないわ。予定通り、話し合いが始まったみたいよ】
「そうか。随時報告、頼むな」
【ええ、ムラサメ】
ティアナという女は、城の上層階から話し合いの場となっている場所を双眼鏡で見ていた。
もしも何か危険なことが起こった場合や、ゴードンからの合図があった場合、すぐに仲間に連絡出来るようにだ。
無事に話し合いが始まったことを知らされると、ムラサメは別の人物に無線を入れる。
「グローヌ、アマンダ、そっちは?」
【大丈夫だってば。私がそんなに信用出来ないわけ!?アマンダ、何か言ってやってよ】
【ムラサメはそういう心算で言ったんじゃないと思うよ。ね?こっちは大丈夫】
短気なグローヌは、暴れ出すと女性とは思えないほどの暴れっぷりを見せるため、多分一番仲の良いと思われるアマンダと一緒に行動をさせている。
いい加減あのすぐにキレるのを直してほしいところだが、そうはいかないのが現状だ。
「ムラサメ」
「ルファエルか、なんだ?」
「それが、ティーフが迷子になってしまったらしくて」
「何処にいるか聞けばいいだろ?」
「ティーフが1つの場所に大人しくしていられると思いますか?」
「・・・思わないが」
やれやれと、ムラサメはルファエルとともに、自由奔放で方向音痴で大食いのティーフを探しに向かう。
だがきっと、あの男のことだから死んではいないだろうという適当な考えだ。
一応ティーフに連絡を取って見れば、城のどこかにはいるという返事だったため、探すことはしなかった。
「話し合い、上手くいくと思いますか?」
「どうだかな。向こうもこっちも、自分の統治下に置きたいと思ってるから、そう簡単にはいかないだろうな」
話し合いの場では、テントが作られていた。
なぜかというと、テンドが寒いから嫌だ、風があると髪が乱れるだのと言いだしたため、ゴードンたちがせっせと作っていた。
呆れたように待っていたソルモは、その間に持ってきていたおやつを食べていた。
ようやく本格的に話し合いが始まると、それぞれ、友好を深めるために必要なことを書いた紙を出した。
「「なっ!!!なんだこりゃあああああああああああああああああああ!!!!」」
同時に懐かしい言葉を叫んだかと思うと、ソルモもテンドも、互いの胸倉を掴みあげ、相手を非難し始める。
「クソ野郎とは思っていたが、ここまでとはなあ!!!!落ちぶれたもんだよ!!」
「んだとお!?その言葉、そのままそっくりお前に返品してやるよ!!!!!」
「俺はお前ほど落ちぶれちゃいねぇんだよ!!大体なあ!!自分の力で汗水たらして金を稼いだこともねえやつが、好き勝手なこと言ってんじゃねえぞ!!!!」
「それはお前も同じだろ!!!汗なんかかいたことねえくせに!!!」
「汗くらいかいたことあるわ!!夏暑くて汗くらいかいたわ!!」
「ばああああああか!!!!そういうことじゃねえんだよ!!よくそんなおつむで王になんかなれたな!!!俺が代わりになってやるよ!!!」
「お前にだけは言われたくねえんだよ!!脳みそすっからかんのピーマン国王が!!」
「んだとおおおお!?ならお前はパプリカだ!!!れんこんだ!!!」
「はははは!!!ばっかじゃねえの!?れんこんはすっかすかじゃねえんだよ!!だからお前はダメなんだよ!!!」
「このやっ!!!」
ろう、と続けようとしたソルモだったが、アーサーに口を手で覆われてしまったため、何も言えなくなってしまった。
それはテンドも同じで、ゴードンにそれ以上馬鹿をひけらかすなと言われていた。
「ルーマにポルコ、笑ってる場合じゃない」
「いや、悪い。なんか面白くて」
「別にいいんじゃねえ?なんか楽しそうだったぜ?」
「そういうことじゃないだろ」
「テンド様、そういった幼稚な発言は慎んでくださいと申し上げたはずです」
「どこが幼稚なんだよ。俺は脳みそフル回転させて発した言葉だからな」
「ヴィル、エンドロン、テンド様を頼む」
がし、と両腕をホールドされてしまったテンドの横から手を伸ばし、ワーカー国が差し出してきた友好条約内容が書かれたそれを手に持つ。
それと同時に、アーサーもクロエマが掲げたそれを読み始める。
読み終えると、互いに顔を見合わせ、その場にいる全員に聞こえるように話す。
いや、その場以外の人物にも聞こえるように。
「クロエマからワーカー国への友好条約は次の3つ。
1つ、司法の場にはクロエマの者を参加させること。
1つ、法の改定にはクロエマの許可を得ること。
1つ、クロエマの領土に足を踏み入れる際は、金品を支払う事。
・・・なんですかこれ」
「ワーカーからクロエマ国への友好条約は次の3つ。
1つ、クロエマの守る代わりに資産の40%を渡すこと。
1つ、領土の20%を軍事の為に渡すこと。
1つ、司法の最終的な決定はワーカー国に任せること。
・・・なんだこれは」
「どう考えてもテンドの方がおかしいだろ!?意味分かんねぇっつの!!なんで法の改定にこいつらの許可が必要なんだよ!!それに金品渡せって、お前等は山賊か!!」
「ああ!?俺の方がマシだろ!!決定権がそっちにあるなら、参加しても意味ねえだろうが!!!それに、おいはぎしてるわけじゃねえだろ!!!」
「政治ってのはそういうもんなんだよ!!結局、数がいた方が有利なんだよ!!そろそろ分かれよ馬鹿!!!」
「金貸してやってるのは俺だぞ!!」
「守ってやってるのは俺だぞ!!」
「落ち着いてくださいますか、ソルモ様」
「テンド様も、恥ずかしい真似はなさらないようお願いします」
アーサーもゴードンも、書かれている内容は多少知っていたが、まさかこんな偏ったものだとは思っていなかった。
いや、これが本質なのかもしれないが、相手が相手だ。
あまりに偏った内容を示せば、明らかに友好など結べないことは子供でも分かることだというのに、しかも綺麗な字で書かれているわけでもなく、きっと自分で書いたのだろう、乱れた字になっていた。
普通であれば、小さい頃からの英才教育で綺麗な字を書けるはずなのだが、ソルモにしてもテンドにしても、あまりに我儘に育ってしまったため、あまり練習もしてこなかったせいか、読み難い汚い文字だ。
最終確認をすると言ったときにも、なんだかんだと言いながら条約内容を見せることもなく、大丈夫だ、の一点張りだった。
「ソルモ様、あれほど確認させていただきたいと申したではありませんか」
「問題ねえだろ?本当なら、もっと沢山書きたいところだったんだぜ?女は全員よこせとか、クロエマはみんなハゲになれとか。それを我慢してよく3つにまとめたと思うよ俺は。自分を褒めてやりたい」
「あなたには一から人として教え直す必要がありますね」
一方のクロエマも。
「テンド様、ここまでとは存じておりませんでした」
「何がだ?俺の素晴らしさ?」
「いえ、未熟さです」
「だってよ、俺達は仲良くしたいわけじゃねえだろ?ワーカーの司法が邪魔だから、それを操りたいだけ。なら、こうするしかないかなーって」
「私は恥ずかしいです」
「俺は恥ずかしくないぞ」
なぜか王が説教される事態になったが、とにかく、このそれぞれ3つの条約は今ここで受け入れることは出来ないと判断された。
それは当然のことなのだが、ソルモもテンドも、どうしてダメなんだと駄々をこね始めたため、力付くで城に引き戻されることとなった。
「クロエマを取り込むには、俺達の司法を使って強引にでもする必要があるかな」
「ソルモ様、しばらく黙っていてくださいますか」
「あーあ。やっぱ簡単じゃねっか。ワーカーを統治下にして司法を自由にするには、金でなんとかするしかねえのかな」
「テンド様はしばらくお休みください。こちらで考えておきます」
テンドを部屋に押し込めると、ゴードンはため息を吐いた。
それを見ていた、一緒に付いて行っていたヴィルとエンドロンは楽しげに笑っていたが、ゴードンに睨まれたため、大人しくなった。
「みんなを集めてくれ」
そうして、今回の話し合いに関わったメンバーを1つの部屋に呼んだ。
「というわけで、やはり上手くいかなかった」
「そりゃそうよ。何考えてんの」
「それで、どうなったんですか?」
「また後日、話しあうんだってよ。俺ぁ正直無駄だと思うね」
「無駄にならないように祈るしかないわね。テンド様は?」
「部屋で寝てもらってる」
「それが懸命だな」
テンドが書いた条約を見せると、一様に呆れたような顔を見せた。
そしてその内容を踏まえて、次の駆け引きに使えるように文章を調整してほしいと頼み、ゴードンは出て行った。
テンドは煙草を嫌う為、城内で唯一煙草の吸える寒いベランダに出ると、それを咥えて火をつける。
「やっぱりティーフはみあたりませんねぇ。一体何処まで行ってるんでしょう」
「ルファエルか。何をしてる」
「ああ、ヴィルですか。じつはティーフを探してるんですけど、全然見つからなくて。何処にいるか知ってますか?」
「知らん」
「ですよね。いつもいつも何処を迷子になれば気が済むんですかね」
「あいつに発信機でもつけた方がいいんじゃないか」
「野生のようなティーフにそんなものつけたら、何処かで外して棄てちゃいそうです。それにしても、ヴィルは何をしていたんですか?」
「俺は稽古だ」
「相変わらず真面目ですね」
「お前も来るか」
「いえ、結構です」
ティーフを探しに、またルファエルは歩く。
「アーサー」
「プライト、どうした?」
「これ、一応書いたんだけど」
そう言って、プライトは以前ソルモが書いた条約の内容を良い感じに修正し、アーサーに見せる。
どちらにも利益の出るウィンウィンの関係は非常に難しいが、何かを得るためには犠牲も必要だと、アーサーは承諾した。
それはクロエマでも同じことで、ゴードンのもとにティアナから渡されたそれには、似たようなことが書かれていた。
再び手紙でのやりとりが始まり、ソルモとテンドでは子供じみた手紙での喧嘩が始まってしまうと思ったため、アーサーとゴードンの間でやり取りが始まった。
わずか2回ほどでさっさと話がまとまり、再び会って話し合うことが決まった。
どうしてこんなことが何十通、何百通と必要だったのかと、アーサーとゴードンは頭を悩ませたが、考えないことにした。
「3日後にまた会うのか?」
「文句がおありですか」
「あれ?立場逆だよな?俺が国王で間違いないよな?」
「間違いございませんが、政治がらみを任せるととんでもないことになると分かりましたので」
「なら、今度こそは俺が全ての実権を握ることが出来るんだな」
「それはテンド様次第ですので。ソルモ様とテンド様は似てらっしゃいますので、どうにも話が進まないと、こちらとしても時間の無駄ということになりかねます」
「ずばり言うな。まあいいや。俺はお飾り慣れてるからな。お前に任せるよ」
「ありがとうございます」
それから3日後は来て。
「テンド様、御起床願います」
「起きてるって」
「起きていません。枕に顔を埋めて布団を被っている状態を寝ているというんです」
「・・・もっと大切に扱ってほしい」
「大切にしております」
「ったく」
身体を起こして顔を洗って歯を磨いて、髪の毛をセットして寝巻から王らしい格好に着替えると、朝食が用意されているテーブルの前の椅子に座る。
こんがり焼けたクロワッサンはテンドのお気に入りで、ここにチョコとホイップを沢山つけて食べるらしい。
飲み物まで砂糖を沢山入れたカフェオレだから、甘い物を控えるように言ったのだが、一向に聞き入れない。
仕方ないと、今日の準備に取り掛かる。
約束の時間になると、以前と同じように、丁度ぴったりにお互い到着し、ソルモとテンドは互いの顔を見て黙っていた。
きっとワーカーの方も何か言われたのだろうと察したゴードンは、ティアナが書いた条約内容をアーサーに渡す。
アーサーもゴードンに渡すと、それを先に呼んでからそれぞれの王に見せる。
「「あ?」」
ソルモとテンドは、同時に声を出した。
そこに書かれたいたことは、こうだった。
―クロエマはワーカーから司法の一部を買い取ることを可能とする。
つまりは、クロエマは膨大な数の司法の中から、自分達に必要な部分をまずは見つけ出し、そこを交渉して買い取れるというものだ。
しかし、当然ながらなんでもかんでも良いというわけではなく、それにはワーカーの許可は必要で、ダメと言われた司法は買い取ることが出来ない。
しかしそれもまた、金額によっては応じる、といったものだった。
その金額は、考えられないほどの高額なものなのだが、クロエマだからこそ支払えるだろうという額を見極めての提示だろう。
ワーカーはクロエマとの貿易などの取引はこれまでないため、クロエマからの金がどんな手法であれ手にはいるとすれば、クロエマと同等に金の力で他国を動かすことも可能となり、クロエマとしても、司法の一部を握ってしまえれば、自在に国を動かせる、との狙いのようだ。
ワーカーに有利なようにも見える話しだが、クロエマは領土も持っているため、金など幾らでも作れるし、領土と司法を上手く利用出来ればさらなる領土が手に入る。
ワーカーが金で領土が欲しいといってきても、司法の力で跳ね返すことだって可能だ。
かといって、ソルモもテンドも、すぐには頷くことは出来なかった。
相手がどんなことを考えていて企んでいるのかが全く読めず、これを受け入れてしまって、もしものことがあったらと思うと、なかなかサイン出来ずにいた。
とはいえ、ワーカーとしては一気に大金が手に入る良い機会であって、クロエマとしても司法に潜りこめるチャンスであった。
さらさら、と書きこんだサインは、滲むことなくそこに刻まれた。
「・・・確かに。これで、我が国とワーカー国との友好が結ばれました」
「今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします」
話し合いが無事に終わると、それぞれ城へと戻って行った。
その途中、城で待つ仲間に、このことを報告することにした。
「無事に終わった。クロエマとワーカーは、これで友好的な関係になった」
【良かったな。納得したのか】
「正直なところ、これからどうなるかは分からない。ワーカーが取り扱っている司法について一から調べ上げる必要がある」
【それは私に任せて。グローヌと書庫に来てるから、調べてみる】
「アマンダ、頼んだ」
しかし、そんな心配は無用だった。
なぜなら、ワーカーもクロエマも、特にそれほど大きな動きもなく、クロエマから欲しいと言われた司法に関しても、それほど重要なものではなかったからだ。
ワーカーとの取引も上手く進んで行き、確かに司法の内容によっては膨大な額を要求されたが、それでクロエマが権利を持てるならと、安い買い物をした。
「何事もなく続いてるようですね」
「ああ。少し拍子抜けしてる」
それはワーカー側も同じことで。
「アーサー、この前の司法の件だけど、あれは別の法でカバー出来るよな?」
「ああ。それならポルコと相談したから大丈夫だろう」
「アーサー、ってあれ?ルーマもいたのか」
「ポルコどうした」
「ああ。アーサー、オンヤンにソルモ様の相手するように頼んだだろ?」
「ああ、それが?」
「それで、オンヤンの裏の部分が出ちゃって、ソルモ様の心が相当ずたずたになってるらしいぜ。俺は面白いからずっと見てたんだけど、ありゃ俺から見ても相当だったな」
「見てたんなら止めろ」
「だから、廊下歩いてたクリストとダイキ捕まえてオンヤンを止めさせたんだけどやっぱりダメで。仕方ないから菓子でも食おうとしたらプライトがキッチン使っててパウンドケーキ作ってたから美味そうだなってつまみ食いしようとしたら怒られて、丁度ソルモ様に持っていくって言ってたから一応付いて行って、オンヤンを止めようとしたジェシが泣いちゃって、ジモーネも止めに来たみたいなんだけど、煙草吸いたくなったって言って部屋を出て行きそうになったから腕を掴んだら、ライターが落ちて床に火が点いて、急いでみんな消してたから大変そうだなーって見てたら、ソルモ様がプライトのケーキ全部喰っちまって、俺が思わずソルモ様のほっぺたをこう掴んで止めて、残りを全部食べたらまたプライトに怒られて、いやー、大変だったよって話」
「・・・オンヤンは今どうしてるんだ?」
「さあ?プライトは新しいケーキを作るって言ってたけど、まだソルモ様のこといじめてるんじゃね?」
ポルコにルーマの手伝いをさせると、アーサーはソルモの部屋へと向かった。
確かに少し焦げている臭いがするが、それよりも確かなことは、部屋の中からオンヤンの女性とは思えない低い声がお経のように聞こえてくることだ。
部屋に入ると、ソルモの正面にオンヤンがいて、その後ろでジェシがしくしく泣いており、いつもは元気なクリストやダイキたちが大人しく正座していた。
「おい、何があったんだ」
「アーサー・・・!!」
目をキラキラさせながらアーサーを見たクリストは、自分がおかれている状況を話す。
「俺とダイキが来たときにはもうオンヤンはあの状態で。五月蠅い、外野は黙ってろ、って言われてこのありさま」
「なんで俺が正座しなきゃいけないわけー?てかそもそもオンヤンがああなったのってソルモ様のせいっしょ?」
「ダイキ、お前はもう胡坐かいてるだろ。で、ジェシはなんで泣いてるんだ?」
「オンヤンに泣き虫は好きじゃないって言われたからかな?でも泣き顔可愛いなー」
「クリスト、お前は黙ってていいぞ」
良い匂いがすると思ったら、早速新しいお菓子を作ってきたプライトが、部屋に戻ってきたようだ。
そしてその菓子をジモーネが見つけると、先程のポルコのように手を伸ばす。
「ダメ。これソルモ様のだから」
「これはすみません。しかし、とても美味しそうな匂いがするので、人間の本能としてはつい口に入れたくなりますね」
「ってもう喰ってるし。まあいいか。オンヤン、その辺にしてね。ソルモ様のおやつの時間だから」
そう言うと、オンヤンはこちらを見て物凄い顔をしていた。
思わずプライトもアーサーも、ぴくりと身体を強張らせてしまうほどの迫力だ。
「私はね、この馬鹿のために言ってあげてるのよ、わかってる?だいたいね?国王になったのは、こいつは前国王の息子として生まれてきたから、それだけでしょ?それなのに本当にこれまでの人生で何も学んでいないどころか、他国に馬鹿を曝け出す様な真似して恥ずかしくないのか聞いていたところなのよ。恥ずかしくないんですってよ。どういうこと?信じられないんだけど。こんなおバカな国王をもつなんて、私はとても可哀そうな女よね、って同意を求めたのに、クリストもダイキも首を捻ったから、私、2人とも首がおかしいのかと思って、力を込めて首を元に戻してあげたの。というかアーサー、あなたにも問題があると思うのよね。あなたがいながらこんな馬鹿になるなんてどういうこと?ちゃんと説明してもらえる?この馬鹿、私がこんなに大切な話をしているにも関わらず、おやつの時間だなんて逃げようとするから、足を折ってやろうかとも思ったわ。だけどさすがにそれは障害になってしまうから止めておいたの。それでもこれだから女はとか言いやがるから、そんなに女が嫌いなら、一生男だけに囲まれて生活してくださいって言ってあげたわ。それに、女がいなくちゃ子供だって出来ないのに何をこいつほざいてやがるのかしらとか思ったけど、女であることを馬鹿にするくらいだから、きっと大層なものを持っているのかと思ったらそうでもなくて、男としても終わってる奴に言われたくないわって思ったのよね。あら?ソルモ様はどこに行ったのかしら。私、相手してくれって頼まれたから話相手になってたのに」
「キッチンに向かってもらった。もうすでに意識なかったからな」
「あら、残念。私のこと美人だって褒めてたくせに、これくらいのことで意気消沈するなんて情けない男ね」
アーサーがオンヤンの話を聞いている間に、すでに魂が抜けている状態のソルモをキッチンまで避難させた。
それでもしばらくもとに戻らなかったため、クリストやダイキ、ジモーネたちはそこでお茶会を始めていた。
「それにしても、オンヤン美人なのに、なんであんなに毒舌かね?」
「さーてね。男所帯だから気に入らないこともあるんだろうぜ」
「あ、紅茶いただけますか」
滑稽なお茶会を始めていると、アーサーとオンヤンもやってきて、そこに座った。
一息吐こうとしたその時、走りまわっていたのか、ポルコが入ってきて、アーサーに向かってこう言った。
「ちょっと、見てほしいものがあるんだ」
「?わかった」
ただ事ではないことだけは分かり、アーサーはすぐに向かった。
「これ、見てみろよ」
「なんだ?これは、クロエマとの司法の買い取りの帳簿の記録だな?」
「ああ、そうなんだけど、どうも合わないんだよ」
「合わないって?」
「買いとられた司法の数と、その金額が」
「なに?」
ポルコが言っていたように、確かに、そこに記載されている、ワーカーから支払われた金額よりも多い司法の数が、クロエマに渡されていた。
事こまかに書かれているそれを何度見返しても、数値に間違いはなかった。
「クロエマが金額を騙しているってことか?」
あまりに膨大な金額の場合、全て数えるということをしていなかった。
それはクロエマのことを信頼しているからというわけではなく、単に、あまりに金額が大きいため、確認する術がなかったというのが事実だろう。
「このことは詳しく調べてみよう。ポルコはこれまで通り、司法の内容についてをルーマと頼む」
「分かった」
「ゴードン、これ見てくれや」
「エンドロンか、どうした?懐かしい写真でも出てきたのか」
「それなら良かったんだがな。ワーカーに支払ってる金額と、クロエマが買い取った司法の数が、合わねぇんだ」
「おい、まさかワーカーが俺達を騙してるってわけか?だが、まだそこまで多くの取引自体してないだろ」
エンドロンは重たそうなそれを片手で持ち、ゴードンに見せたい頁を開いて見せる。
「ほら。こっちが支払ってる額だ。で、こっちが買い取ったはずの司法の数。な?どう考えてもおかしいだろ?」
「けど枠にはまらない額を要求されてるからな」
「どの司法をどの額で買い取ったか全部書いてあるんだぜ?そん中に、架空の取引があったとしても、誰も気付かねえだろ」
「架空の司法を渡されたってか?」
「さあな。俺には分からねえが、とにかくお前には言っておこうと思っただけだ。俺は可愛い姉ちゃんのケツを追いかけなきゃいけねえから」
「追い掛ける必要性は全くないがな」
あまり公にしてワーカーの尻尾を掴めなくなるのも癪だと、ゴードンはしばらく様子を見ることにした。
「なあプライト」
「なんだい、クリスト」
「オンヤンとジェシ、どっちがタイプ?」
「なに?どっちか選ぶの?」
「いや別に。オンヤンは確かに美人だ。超美人でスタイルも良いし、黙ってればすげー良い女だと思うんだよ。黙ってれば。だけど、どうしてもあのたまに出るヤンキ―みたいな口調とか仕草とかが、たまに傷?」
「じゃあ、ジェシは?」
「ジェシは女の子って感じ。常に目をうるうるさせてるあたり、オンヤンとは全く違う小動物みたいで可愛い。どっちかってーと胸も小さいしちょっとぽちゃっとしてるけど、あれはあれで良い。でもすぐに泣くってことは、他の女の子と遊んだりしても泣いちゃうってことでしょ?ちょっとなー」
「他の女の子と遊ぶことを前提に他の女の子を付き合うかどうかを考えてる男ってどうなんだろうね」
プライトはシャカシャカと、多分今焼いているシフォンケーキにつけるホイップクリームを作っている。
どうしてまたケーキを焼いているのかと聞かれれば、ソルモが意識を戻す前に、そこに集まっていた男たちによって、全て平らげられてしまったからだ。
オンヤンはパウンドケーキを食べ終えるとさっさと出て行ってしまったし、ジェシもその後を追う様にして出て行った。
ダイキはふらふらと散歩に行くと言っていたし、ジモーネは馬にブラシをかけてくると言っていた。
ということで、残されたプライトとクリストでそんな話をしていた。
「俺、なんでこんなにもてるんだろう」
「聞き間違いだといいんだけど。お前はそこまでもててない」
「こう見えて、街とかに行くとめっちゃ女の子寄って来るんだよ。サインしてくださいとか言われてさ。どうする?」
「それより、さっきポルコ何しに来たんだろうね。アーサーもすぐ出て行っちゃったし」
「プライト、俺の話聞いて」
「あ、そういえば料理長が食材買いに行ってほしいって言ってたな。クリスト、頼むよ」
「なんで俺なの?」
「街に行くともてるんだろ?いいなー、俺もてないからさー。羨ましいよ。だから行って来てくれるだろ?」
「勿論だ!!俺に任せておけい!!」
上手く掌でころころとビー玉のように転がされたクリストは、両手いっぱいの荷物を抱えて戻ってきたそうだ。
そしてすぐにまた自慢話を始めたのだが、準備を始めていた玄人の料理長に怒鳴られたため、大人しく部屋に戻ろうとしたとき。
「クリスト、丁度良かった」
「ん?」
涙目になって廊下を歩いていたらアーサーに声をかけられたため、後を付いて行くと、そこにはジモーネとジェシもいた。
アーサーも加わったその4人で調べたいことがあるということで、クリストも合流して調べることになった。
真剣に取り組んでいるジェシを、鼻の下が伸びた状態で見ていると、アーサーに顎の下から見事なアッパーを喰らい、しばらく涙目は終わらなかったそうだ。
「いい加減にしないと目玉抉るぞ」
「アーサーが言うと怖い」
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