第3-3話
ワイルドビースト。冒険者飯をテーマにした飲食店は今日も人だかりができていた。
店内では美味しそうな香りが漂い、様々な客層で溢れている。
キッチンではマグナス含め料理人たちがせわしなく鉄板と向かい合い料理し、ホールでは常にスタッフの人が動き回っていた。
彼らは殆ど休憩する事なく夜まで必死に働き、店を閉める一時間前まで忙しさは続いた。
最後の客が出て行き、店内の清掃が始まったタイミングで店の扉が開かれた。
そこには赤い瞳と赤いショートボブの髪の毛をした少女――ノアが立っていた。
「よっ、久しぶり。今からごはん食べても大丈夫?」
ノアは少し申し訳なさそうに言った。
「おいノアじゃねえか! 久しぶりだなあ!」
マグナスの大きな声が店内に響くと、ノアはにっこりと微笑んだ。
「お疲れさま! 元気してた?」
「こっちのセリフだ! アランから聞いたぜ? どえらい魔物とやりあって入院していたんだってな」
「まあねー。でも今はもうぴんぴんしてるよ」
「そうかそうかー。ならステーキでも食って精力つけろや」
「いいねー! 丁度肉が食べたかったんだよ! ちなみに今日は何の肉を使うの?」
マグナスは得意げに笑みを浮かべたから含み笑い。
「お前が倒したデスクローラーの肉だぜ」
「それはそれは……楽しみですなあ」
ノアはカウンターに座り、ステーキを注文した。マグナスはニコッと笑いながら、ノアの注文を受けると、まな板の上に大きな肉の塊をどんと乗せた。
豪快に分厚く切り落とし、熱々の鉄板上に載せる。
豪快に焼かれる分厚いステーキからは独特な香ばしい香りが漂う。
「ん……このなんか不思議な香りがするね」
「お、気づいたか? デスクローラーの肉は臭みが強いから一晩数種類のスパイスとハーブ、そして蒸留酒と一緒に一晩漬けこむんだ。その後に塩を振りかけて余分な水分と臭みを抜く。こうする事で臭くて固い肉が不思議と柔らかくなって良い香りになるんだ」
「へー。下処理の仕方もいろいろとあるんだね」
「臭みの強い肉は特にそうだな。俺から言えるのはどの肉も下処理と調理の仕方次第なのは確かって事だな」
ノアは目の前で焼かれるステーキに涎を垂らしながらじっと待つ。
ステーキを焼いている途中で香味野菜、にんにく、しょうがも焼いていく。
たっぷりと滲み出て来る肉汁で野菜達に火を通していく。
腹の虫をざわつかせる香りが店内に広がる。ノアは我慢できずにお腹が鳴るのを感じながら、ステーキが自分の前に運ばれるのを待った。
「へいおまち! デスクローラーのステーキだ!」
そして、待ち望んだステーキが運ばれてきた。
それはジューシーで肉の旨みがたっぷりと詰まっているように見えた。ノアは興奮しながらナイフを持ち、ステーキを一口食べた。
柔らかな歯ごたえ。旨味を含んだほんのりと甘い肉汁が口いっぱいに広がる。
丁寧に漬け込まれた肉は、咀嚼する度に香り高い香辛料の香りがふわっと鼻を抜けていく。
肉の柔らかさとジューシーさに、ノアは感動した。
「うまっ」
マグナスはニヤニヤと嬉しそうに笑う。
「だろ~?」
「肉汁がすごいね。噛めば噛むほど溢れて来るし、肉も柔らかくて食べやすい。香辛料がすごい効いて臭みは気にならないし病みつきになる」
「ふっふっふ……そんなお前に用意したのがコレだ」
マグナスはとあるものをノアに差し出す。
ノアは不思議そうにそれを見ながら首を傾げる。
「このもちもちとした白い粒々はなんなの?」
「最近輸入されるようになったんだが、コイツはお米って言うらしい。東の大陸や島国で主食になってるモンなんだが……コレが肉と合うんだわ」
「ほんとにぃ~?」
ノアは眉間に皺を寄せてマグナスを見た。
「まあこの辺じゃあ一部の領主しか作ってないから出回らないし、食べる機会もないから無理も無いか。でもな、これが本当に美味いから試してみろって」
「しょうがないね~」
「とりあえず米に肉を乗っけて食ってみろ」
ノアはマグナスに勧められたのでお米とやらを食べる事にする。
言われるがままにお米と肉を一緒に口の中へ。
もぐもぐとゆっくりと咀嚼した後、ノアは突如無言でお米と肉をかき込んだ。
頬袋を膨らませた齧歯類のようにただ只管に食べ始める。
美味い! 美味すぎる!
パンに挟んで食べるのとは違った美味さと相性がここにはある!
パンで食べる場合は口の中の水分が持っていかれる感覚がどうにかならないかなと思っていたんだ……。でもお米は違う! その逆だ。
もちもちとした食感でパサつきも無い。それでいてほんのりと甘いし肉汁とよく絡む! 変な香りや味もしないから肉をしっかりと引き立ててくれる!
これは美味い!
気が付けばノアはお米とステーキをぺろりと平らげた。
「おかわり!」
「あいよお!」
ノアはすっかりとお米の魔力に憑りつかれてしまった。肉汁と絡む事に旨味が増し、ステーキを引き立たせる。香味野菜との相性も完璧で、人間の食欲を爆発させるような味わいがここにはある。
すっかりとステーキとお米の美味しさに心が満たされ、何も考えずにただ食べることに集中した。
彼女は普段は戦いや冒険の中で過ごしているため、こうしてゆっくりと食事を楽しむ時間は貴重だった。マグナスの作るステーキは、彼女の心と胃を満足させるのに十分な味わいである。
マグナスはそんな彼女は自分の娘かのように優しい眼差しで見ていた。
「ふぅ~……お腹いっぱい。ご馳走様!」
「はっはっは、結構食ったな」
「やっぱ外で食べるご飯とお店で食べるご飯は違うねえ……」
「そりゃあな。ま、俺は出先でもこのぐらいの料理ぐらいは作れるけどな」
「うわ、その顔なんか腹立つ」
「デスクローラーの肉の件なんだが、お前が倒したデスクローラーから取れた肉の量なんだが5トン近くはあるぞ」
「そんなに取れたんだ。まあ結構大きかったからね」
「5,000フェインでどうだ?」
「そんなにくれるの?」
「構わん。また大物を持ってきてくれよな」
「へへ、毎度ぉ〜」
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