第2-12話

2ヶ月という長い期間、ノアは怪我の治療に全力を注いだ。彼女の体は過労と酷使によって深刻な傷を負っており、筋肉は断裂し、骨には微細な亀裂が入っていた。痛みと辛さに満ちた中で、ノアは辛抱強くリハビリに励んだ。


日々の治療は、アリアンナを含む専門家たちの的確な指導のもとで行われた。アリアンナの緻密な指導と看護師たちの熟練したケアが、ノアの身体を丹念に取り扱った。魔法の力は傷を癒すが万能では無い。ノア自身の強い意志と努力も欠かせない存在だった。


リハビリの過程で何度も心が折れそうになったが、ベルやエリナといった仲間たちが彼女を支えた。彼らの存在は、ノアにとって大きな助力となった。


ノアは苦痛と共に進み続けた。筋肉の再生や骨の癒合には時間がかかり、その過程で彼女は忍耐力を試された。


彼女は魔法の限界を痛感する。

魔法は万能ではなく、軽度な傷であれば魔法で容易に治すことができる。臓器の修復や欠損した四肢、骨折の修復といった治癒魔法は、専門施設や高度な魔法技術と知識が必要となる。そのような高度な治癒魔法を扱えるのは、一般的な病院ではなく、王宮や貴族たちの専属魔術師である。


つまり、庶民や冒険者のような存在は、どんなに苦闘しようとも自力で傷を癒すしかないのだ。

卓越した治癒魔法使いであるアリアンナでさえ、魔法で治癒できる怪我が切り傷程度である。


ノアはこの現実を受け入れなければならなかった。彼女は自身の回復に全力を注ぎ、魔法の限界を乗り越えるために努力し続けた。


様々な運動やトレーニングを通じて、ノアは自らの限界に挑戦し続けた。痛みと疲労が彼女を襲うなか、意志の力で自らを奮い立たせた。


時間が経つにつれて、ノアの体は徐々に元の力を取り戻していった。痛みは次第に和らぎ、筋肉は強さを増し、骨は固く癒合していった。彼女はゆっくりと前進し、復活への一歩を踏み出した。


二ヶ月の歳月が過ぎ去り、病室の静寂を打ち破るように、ノアの病室のドアがゆっくりと開かれた。白衣を着たアリアンナが優雅な歩みで入室する。


「おはようノアちゃん。調子はどう?」


アリアンナは温かな笑顔で問いかけた。


ベッドの横に立ち、ストレッチをしていたノアが答える。


「はい、おかげさまでだいぶ回復しました」

「二ヵ月と少し、よく頑張ったわね。退院前の最終確認をしてもいいかしら?」

「もちろんですよ!」

「ありがと」


アリアンナは手際よく医療器具を用意し、ノアの身体を慎重に調べ始めた。心音を聴き、傷の状態を確認し、魔法による治療の効果を評価していく。


「傷の回復具合は順調ね。筋肉の再生も良い方向に進んでいるけど、靭帯が損傷していたから復帰はまだしちゃダメよ?」

「うげっ……それは困りますよせんせー」

「やるにしても軽いものにしなさい? また再発したら一年はベッドの上で退屈な時間を過ごす事になるわよ」

「そ、そう言われると何も言い返せませんねぇ……」


痛い所を突かれたノアは苦笑した。


「でも本当にありがとうございます。アリアンナさんの治療とサポートのおかげで、ここまで回復できました」


アリアンナは優しく微笑みながら言葉を紡ぐ。


「ノアちゃんの頑張りと努力も大きな要因よ。治療は魔法の傷の治療をある程度早める事はできるけど、それ以上にノアちゃんの努力が重要なの」


医療器具や触診でノアの体の具合をチェックする。


「またこんな怪我はしたくありませんからね……。当分は病院通いとトレーニングを頑張って、完全な復活を目指します。アリアンナさん、今後もよろしくお願いします」

「ふふふ、そうねえ。また無茶な事をしないようにもう一度アランにしごいてもらいなさい?」

「うげ、それは本当に勘弁……」

「ふふふ。それじゃあ診察はこれでお終い。私はこれから別の患者さんを診ないといけないから後は好きにしていいわ」


アリアンナは診察を終えると病室を出て行った。

ノアは完全復活した体を目一杯伸ばし、荷物を纏めて病院から出た。


「よっしゃああああああ! ノア様完全復活だあああああああ!」





ギルドの個室で、アラン、ノア、ベル、エリナの4人が集まっていた。ベルとエリナは緊張しており、表情が固かった。

机の真ん中には丁度網が敷かれてあり、その下には炭が置かれている。

網焼き、焼肉、冒険者メシ。呼び名は多くあれど、広く一般的に周知されている呼び名は焼肉である。

アランの向かい側に座っている彼女達三人は、ノアを除いて緊張に強張った表情を浮かべていた。


ベルは自慢のとんがり帽子と魔道士のローブを脱ぎ、洗練された服装に身を包んでいた。彼女は鏡を見ながら丹念にメイクアップを施したのだろう。

細やかな手つきで口紅を塗り、まつ毛には軽くマスカラをつけてある。仕上がりは自信に満ちており、彼女の目元は一層輝いているが――化粧をする事自体不慣れなのか、化粧がやたらと濃い。


エリナも修道服ではなく、彼女なりにおしゃれを楽しんでいた。丁寧に髪を整え、金髪を優雅にまとめてある。頬には薄くピンク色のチークをのせ、唇には淡いリップグロスが塗ってあった。

ベルと違いエリナは化粧が上手いようだ。

彼女達なりに自分を高めるために頑張ったのだろう。

アランはそんな彼女達の様子をみて優しく言葉を投げかけた。


「そんなに緊張しないで肩の力を抜いてくれ。ここは日替わりのコース料理が来るから口に合うかは分からんが、好きな物だけでもたくさん食べてくれよな」

「「はい!」」


完全に緊張していた。

ノアはそんな二人の様子をみてクスクスと笑う。


「大丈夫だよ二人とも。オリハルコンランクの冒険者の癖に女たらしのバカジジィだから」

「イグニ」


カチンときたアランがノアの額めがけて火の粉を飛ばした。


「あっつ! あっつぅ! あっつううううう!!!!」


ノア前髪が燃え上がり、彼女はガラスのコップを手に取り水を頭にぶっかけた。

アランはフンと鼻を鳴らし、ノアをほっといて話をする。


「今回お前達三人を呼んだのはデスクローラーの依頼の事についてだ。あの依頼は元々、アゼインというプラチナランクの冒険者が受けた依頼だ。確か……君達二人のパーティーリーダだったな?」

「はい。アゼインさんは私達をスカウトして、グロームスワンプに連れて行ってくれました」

「あの依頼はアゼインが受けたものだと聞いている。聞いてます」

「ふむ。実はこの依頼、ギルド側の発注ミスで起きた事なんだ。本来はダイヤモンドランクの冒険者に依頼する予定だったんだが……まあ、所謂新人のケアレスミスってやつだ。君たちのリーダーがそれを受けてギルド側が了承してしまったという流れだ。で、討伐しに行ったものの死者三名を出してしまった上に、シルバーランクの君達が討伐してしまった事でギルド側の面子はぶっ潰れた」


アランは水を一口飲む。


「ギルドは俺に捜索依頼と事の尻ぬぐいを丸投げしてきて俺は気絶していた君達を運良く回収して、遺品も見つけたってのが大まかな話の流れだ」

「そうなんだ……なんですね」


ベルが慣れない敬語で言う。

アランはちょっとそんな彼女を可愛らしいと思いながらも話をつづけた。


「本来冒険者ランクってのはギルドからの信頼性と確実性を保証するもんなんだが、今回は異例中の異例でそれがひっくり返った。表に出ると下級ランクの冒険者が潜りで高ランクの魔物を討伐しにいって二次被害をだしかねない。だからギルド側は自分達の面子を保つ為にもこの事は内密にしたいらしく、死んでしまった三名分の詫びとして3万フェインを支払うそうだ」


アランは胸の内側ポケットから二つの封筒を彼女達に渡す。

ベルとエリナは不思議そうに封筒を受け取った。


「アランさんこれは……?」

「あーそうだな……どうやら俺達が普段から使っている金貨やら銀貨はこの紙幣というものに移り変わるらしい。今まで通り硬貨も使えるが、この紙幣とかいう紙切れのほうが便利だから今の内に慣れておけ」

「あ、ありがとう……ございます……」

「ありがとうございます」

「で、デスクローラーの討伐額が20万に設定されていたが……、あの個体は大量に死者を出した固体という事と、追加で三人死んだという報告で30万フェインに増額された。元々は君達のパーティーリーダーが受けた依頼だが、死んじまったから金を受け取る権利はパーティーメンバーだった君達二人に引き継がれる」


アランはまた別の封筒を取り出し、三人の前にだした。

今まで硬貨による取引であった為、紙幣の見た目にイマイチピンと来ていないようだが――目の前には30万フェイリンという大金が置いてある。


「まあなんだ……お互いに話し合いたい事はあるだろうし、俺は席を外す。この件はノアが勝手に首を突っ込んだ事だし気にしなくていい」


アランが席を立とうとした時だ。

ベルが真っすぐアランの方を見て力強く行った。


「このお金はノアに渡してください。私もエリナも結局なにもできなかった……どうする事もできなかった……。ノアは私達の為に体をボロボロにしてまで戦ってくれた。だからこのお金は全部ノアに渡します!」


アランが驚いた顔でベルの顔をみた。

ノアも驚いているようで両手の指先をわなわなと動かし戸惑っている。


「私もベルの意見には同意です。ノアさんが助けてくれなかったら私もベルも今ごろ死んでいました。命の価値は何よりも高くつく事を知っているのでノアさんが全額貰ってください」


アランは席に戻り、三人の顔を見た。


「ノア、おめぇはどうすんだ?」

「分ける! 分けるに決まってる! じゃないと筋が通らないわ!」

「ノアさん……」

「い、いいのかノア?」

「ベルもエリナは私が入院してた時、毎日来てくれた。毎日リハビリを手伝ってくれた。手足が動かせない時はご飯も食べさせてくれたし……そのぉ」

「言うな馬鹿者。お前の状況を考えたら仕方ない事だ」

「だああああああああ! もう! このお金は三人で10万フェイリンで分ける! 話はおしまい!」

「ノアさん! 感謝致します」

「ノアあああああああああああ! ありがとおおおおおおおおおおおお!」


ベルとエリナがノアの身体に抱き着き、喜んだ。

アランは三人の様子を見ながら微笑ましく見ていた。


「まあ、まだデスクローラーから獲れた素材の話もあるんだが後でも良いか……。それじゃあ、後は三人で思いっきり楽しんでくれよな」

「アランは食べないの?」

「生娘に囲まれるのは得意じゃないんでね。ここは俺が持つから好きに食ってくれ」

「ただ飯だあああああああああああああ!」


彼女達三人はこの後食事をたっぷりと楽しんだ。

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