第2-10話
「ここがデスクローラーの寝床よ」
ノア達は広間にでた。
一瞬の間、息を飲むほどの壮大な光景が広がっていた。広間は完璧な円形をしており、高く伸びた葦が一斉に倒れている光景はまるで大自然の怒りを感じさせるかのようだった。
葦は何かが這いずった跡によって地面に押し潰されたかのように横たわっていた。その姿は荒々しく、力強い存在がこの場所に痕跡を残していることを物語っている。
加えてこの場所には多くの冒険者が挑み、敗北した痕跡が至る所にある。
糞の山には消化されなかった人骨や鎧、衣類が残されていて、朽ちた剣や杖が至る所に散乱していた。
この光景はベルとエリナの胸に畏怖の念を抱かせる。
彼女達二人はその場に立ち尽くし、直感的に無力さを感じたのだ。
周囲を取り囲むように立ち並んでいる樹木は、巨人に引き抜かれたかのように広間を囲む壁となっていた。壁となっている樹木は、長い年月とともに朽ちていき異様な姿へと変えている。
魔物の強さというのは様々な要因があるが、冒険者やギルドの間での共通認識として語られているのは人を食った数。
透過能力によって完全に目視する事は叶わないが、三人の眼前にいる歴戦の固体は数百という冒険者を葬ってきた途轍もない化け物である。
今はすやすやと寝息をたてて寝ているが、目覚めでもすれば三人は数分と持たないだろう。
「計画は分かるな?」
「まず最初にみんなで煙玉や銀閃爆弾を設置するんですよね?」
「そうだ」
「付与魔法には効果時間があるから最初に煙玉に水の付与魔法を掛けて点火」
「気温が低い内に煙で充満させたい。魔物払いにもなるからな」
「次にノアの剣に水と凍りの複合付与魔法を掛ける。銀閃爆弾で姿を暴露させて動き出す前にあんたが動脈を一突きして退散よね」
「覚えててくれて助かる。上手く行けば出血により半日で息絶えるだろうな」
「上手く行きますかねぇ……?」
エリナが不安を露わにしながら言った。
「通用するかは分からんが……昔、同じ方法でサイクロプスを殺した事がある。あの時は傷が浅く、毒の効きも悪かったせいで殺すのに七日掛かった。恐らくは倒せるだろうが、運次第って所だね」
「ほんと……博打ね」
「確信のある博打だ。あの時の私はまだ八つで今より剣の扱いも知識も浅かったが今は違う」
「た、頼りにしてますよ」
「私達にはあんたしかいない訳だし……死んでも恨みっこ無しよ!」
「それじゃあ取り掛かろう」
ノアの指示通りに、先ずはベルが煙玉に水の付与魔法を掛ける。
「エンチャント・アクア」
魔法が付与された煙玉をエリナとノアがデスクローラーを囲むように配置していく。その間ベルは銀閃爆弾に氷の付与魔法を掛けて仕上げていった。
配置が終わった二人は銀閃爆弾も設置し終える。
ベルとエリナは安全な茂みに隠れ、ノアはいつでも戦えるように銀の剣を鞘から引き抜く。
氷と水の魔法が付与された銀の剣は霜を帯びていて、触れた空気を一瞬にして冷まし、凍らせていった。ノアがアイコンタクトで合図を送ると、ベルが得意の炎の魔法で一斉に煙玉の導火線に火を付けた。
辺りは濃い霧と瘴気に混じり白い煙が瞬く間に充満し、目に見える視界は数歩先となっていった。
「成功のようだね」
水の魔法が付与された煙玉は小雨のような雨を生み生み出す。
ノアは頬を伝う水の雫に笑みを浮かべながら、左手で景気よく指を鳴らした。その瞬間、銀閃爆弾が一斉に起爆した。
銀閃爆弾は、鼓膜を揺さぶるような爆音を放ち、辺り一面を銀の粒子で包み込む。早朝の濃い霧と環境が生み出す濃い瘴気は、数十個の煙玉と銀閃爆弾によって視界が完全に遮られた。
煙と霧は瘴気と混ざり合い、薄紫色となりながら空中を舞う。
同時に、銀の粉が空中を漂い幻想的な空間を生み出す。
しかし、その光景も一瞬の出来事だった。
氷の魔法が付与された銀閃爆弾は空気中の水分を凝結させることで霧となる。
霧雨は霙へと変わり、瘴気と混じり合った霧は触れるもの全てを瞬く間に凍結させた。
空気中の水分が凍りつくような極寒が強制的に作り出されたのだ。
ノアはグロームスワンプの瘴気の特性をよく知っている。
魔力を含んだ瘴気は単に魔物を強化するだけではない。
その特性は周囲の天候や環境にも過剰に反応するのだ。急激な気温の変化によって、魔力を含んだ瘴気は活発に反応し、デスクローラーの巨大な体を瞬く間に凍りつかせたのだ。
ノアの計算どおりだった。
瘴気の反応が活性化し、デスクローラーを一瞬にして氷の結晶で包み込み、辺りを息が凍る程の極寒にした。
この凍えるような極寒は湿っていたノアの外套をも凍らせ、氷の膜を作る程である。
デスクローラーも馬鹿ではない。
異変に気付き、体を動かそう
変温動物に分類されるデスクローラーは自分の体温を外部に頼っている。
凍えるような環境下では動きが鈍り、自慢の巨体を動かす事ができない。
この状況も長くは持たない。日が昇れば気温が上がり、暖かくなる。そうなってしまえば終わりだ。
絶好の好機を逃す訳には行かない。
「手を抜くな……全力で取り掛かれ、私」
朱狼の活命湯を飲み干し、試験管をポーチにしまった。
ノアは剣を構え、深く呼吸をする。筋繊維の一本一本にまで集中し、血液を巡らせた。
「狼牙流剣術――十の型、天狼疾走」
凍り付いた地面を砕き、光のような速さでデスクローラーとの間合いを詰めた。
その速さは氷っていた外套を乾かし、氷の膜をその場に置いていくほどだった。
闘気によって熱を帯びているノアの身体は湯気立だっている。全身を巡る血管に闘争心が行き渡り、血管が薄く光を放つ。
ノアは極限の速さを維持した状態で次の技を繰り出す。
「十一の型、星霜断ち !」
冷気を含んだ刃が、金属と同等の硬度を誇る鱗を通り抜け、体内に入っていく。銀色に輝く刃がノアの想いを汲み取るかのように、デスクローラーの肉を断ち切った。
刀身は目的の太い血管にまで到達し、深い傷を付ける。
「一の型、朧月!」
ノアは強烈な一撃にのみ満足せず、畳み掛けるように技を繰り出していった。
一撃一撃がデスクローラーの体内にある太い血管に届き、傷を付けて行く。
しかし冷気を帯びた刀身は折角の傷口を凍結させて塞いでしまう。滴る血液も氷の刃により氷柱のように凍結していく。
ノアはそれを気にする事無く一度デスクローラーと距離を取り叫んだ!
「退散するぞ! エリナ!」
「分かりました!」
エリナはノアの指示に従って残りの煙玉に火を付け、ベルと一緒に逃げ出した。
これ以上の深追いは自滅を招く為、ノアもエリナ達の後追った。
☆
朝日が昇り、気温が上がり始めた頃、日の光と温かい空気のおかげで霧も瘴気も薄れ、視界が良くなってきた。三人は葦の群生地を抜け、比較的安全な領域にまで撤退することができた。
ずっと走りっぱなしだったベルとエリナはすっかり息が上がり、呼吸を整えるので精一杯である。
一方ノアはずっと険しい表情のまま辺りを警戒していて、僅かな物音にも反応し剣を向ける。
「ノアさん大丈夫ですか?」
エリナがノアを気遣う言葉を投げかける。
「霊薬の副作用でな……精神と五感が研ぎ澄まされていて感覚がおかしいんだ。今はこのままの方が集中できる」
安全な領域に到着したことで、彼らは一時的に安心することができた。葦の群生地は危険な状況にさらされていたため、そこからの撤退は重要な判断だ。
しかし、彼女達はまだ完全な安全を手に入れたわけではない。
周囲の状況や敵の存在に注意を払いながら、さらなる避難場所や防御手段の確保を考える必要があるが――そう簡単なものではなかった。
「来るッ!」
遠くの方から轟音を轟かせながら傷付いたデスクローラーが再び彼女達の前に現れたのだ!
咆哮し、木々をなぎ倒し、泥を巻き上げながら向かってくる様はまるで災害そのものだ。
デスクローラーはノアの剣術により深い傷を負っている。突然の奇襲に腹を立て、より一層凶暴さを増しているようだった。
少女達の眼前にその凶悪な姿をを現す頃には既にデスクローラーの間合いである。
ノアは咄嗟にベルとエリナに体当たりをしてデスクローラーの突進を避けた。
巨体は岩壁に激突し動きを止めた。大岩が崩れてデスクローラーの体に圧し掛かっていく。
それでも尚デスクローラーは動く。
怒りに身を任せ、デスクローラーは鞭のようにその巨大な体躯をしならせて起き上がる。圧し掛かる岩や破片を振り払い、凶暴な眼光を放ちながら再び攻撃の構えをとります。
「ッチ……やはり私達の匂いを辿ってきたか! 私が引き付けるからお前達は状況に応じて閃光玉を投げてくれ!」
ノア剣を片手にデスクローラーに向かって行った。
さっきの斬撃は効いているな。
凍り付いて塞がれていた傷口からは確実な出血量が見られる。
深く切りつけた傷はデスクローラーを一歩ずつ死に追いやっている。デスクローラーが暴れれば暴れる程出血量は増し、出血量を増やしていく。
問題は目の前の大蛇が死ぬまでにどれだけ此方側が絶えられるかだ。
まだ朱狼の活命湯が効いている内により早く動く。
ノアは木陰や茂みを巧みに利用しながら、デスクローラーの邪眼から見つめられないように身を隠し、接近していく。彼女の動きは俊敏で、迅速に位置を変えていった。
その様子にデスクローラーは苛立ちを覚え、咆哮を上げながら魔法を発動する。
デスクローラーの頭部には三つの魔法陣が浮かび上がり。魔法のエネルギーが蠢き、空中で輝きを放っていた。陰鬱な雰囲気が広がり、異形の力が魔法陣に集まっていく。
「トリプルキャストだと!?」
ノアは瞬時に危険を察知した。魔力が一定に溜まった魔法陣から毒の矢が放たれる様子に彼女は素早く反応する。バリスタの矢のような形状をした巨大な矢が、ノアに向かって猛スピードで射出される。
彼女の感覚は鋭く、敵の攻撃をより早く読み取っていた。
「天狼疾走!」
ノアは筋肉がブチブチと音を立てる感触を味わいながら、敏捷に攻撃をかわした。毒の矢は彼女に命中せず、そのまま泥を激しく巻き上げながら着地した。
矢が着弾した瞬間、猛毒の魔法が飛沫となって広がっていく。
その毒は茂みや木々に一瞬で忍び寄り、瞬時に枯らし、腐敗させる。葉は黒ずみ、枝は朽ち果て、生命の息吹が一瞬の内に奪われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます