第11話

ノアがギルドの建物から出て直ぐだ。

体格の大きいスキンヘッドの大男に声を掛けられた。


「姉ちゃん肉を卸したいんだってなあ?」


流石のノアも身構える。

華奢な女の子が大男に声を掛けられれば当然の反応だ。

男の見た目はまさに悪者そのもので、腕や顔にはたくさんの古傷があり、両腕には入れ墨がびっしりと彫られていた。


「そうだが……何用だ?」


街中での抜刀は御法度。

しかしそうだとしても、ノアはいつでも抜刀できるように姿勢を整え、相手の目線からは見えないように投げナイフに手を置いておく。


「そんなに警戒するなよ……。俺も昔、冒険者をしていてなあ……。今はもう引退して飯屋を経営してんだけどよお、肉の仕入れに困っていた所なんだ」

「ほう、詳しく話せ」

「立ち話もなんだし、一度俺の店に立ち寄って行かねぇか?」

「…………断る。ここで話せ」


男は困ったような顔で頭を掻いた。

彼は大きくため息を吐いて言う。

ノアは完全に男の事を警戒していて心を許そうとしない。それどころか人攫ひとさらいなのではないかと疑っているぐらいだ。

この男が少しでも妙な事をすれば、この場で切り伏せるぐらいには警戒心を高めている。


「はあ……まあ俺もこの見た目だし、子供に話しかけているからその反応は当然か。だがあんた、腕っぷしには自信があるんだろう? ギルドの中でお前の事を見ていたんだが、シャドウウィスプを一人で討伐したんだってな」

「そうだけど……おっさんさ、結局何が言いたい訳?」


男は一度咳ばらいをして言う。


「とりあえず自己紹介からだな。俺はマグナス・マクレイってもんだ。昔はゴールドランクの冒険者だったんだが足を悪くしてから引退。今は飲食店を経営していてな、コンセプトは冒険者飯で主に魔物の肉とか猟獣食を提供してんだ」


流石のノアも男の気さくさに警戒心を解く。

このまま軽々したままでは無礼だ。彼女も礼節をもって自己紹介をする。


「ノア・バーミリオン、シルバーランクの冒険者だ」

「よろしく」


二人は軽く握手をする。


「単刀直入に言うと、ギルドよりも少しだけ高い額で肉を俺の所に卸してくれないか?」

「だいたいいくらだ?」

「ギルドの事情は知っているし、市場の値段も凡そだが把握している。ウィルドボアの肉の買い取り額は恐らく……30フェインか40フェイン辺りの額を言われたんじゃないか?」

「……良くわかったな」


ノアは驚いた表情を見せた。

マグナスはやれやれといったような表情をする。


「ギルドが何でもかんでも素材を引き取りたがる理由が分かるか?」

「さあ……考えた事も無いなあ」

「転売だよ。お前が売ったウィスプのランタン、ギルドでの買い取り額と市場の価格を比べた事はあるか?」


 市場の価格? アランはそんな事教えてくれなかったな……。

 ノアは首を傾げる。


「分からん。市場とはなんだ?」

「いろんな商品全体の相場だよ。例えばお前が売ったウィスプのランタンを直接魔法商に売り込めば、一つ200フェインから300フェインになる」

「なんだって!?」

「しー! 声がデカい!」

「くっ……」


ノアは惜しい事をしたと言わんばかりに下唇を噛んだ。


「見たところお前、アランの弟子か?」

「アランを知っているのか?」

「知らない奴はいないぐらいには有名人だよ。良くも悪くもな」

「それにしても惜しい事をしたなあ……。よし、返品してもらおう!」

「まてまてまて! そりゃあ無理だ!」


 ノアはギルドの建物へ戻ろうとしたところ、マグナスが肩を掴んで静止させる。


「落ち着けって! ギルドも業務上の手続きでそうやってるんだ。悪気がある訳じゃねぇ」

「そうかあ……なんか損した気分だなあ」

「ま、今度からはどんな素材を手に入れて、どこに卸すかはしっかりと把握しておくんだな。俺が欲しがってる魔物の肉なんてなあ、冒険者ギルドも魔法商もタダ同然でしか買い取ってくれねぇクセに、市場に流れるとなると希少性があるもんで無駄にたけぇ。おまけに殆どの冒険者は買い取ってくれねぇことを理由に現場に置いてきてしまうからな……」

「それは勿体ないな。あまりにも勿体ない! 魔物の肉は美味いのに」

「ま、こんな具合で俺は魔物の肉を卸してくれるようにいろんな冒険者に声を掛けてるって訳だ」


ノアは壁に寄りかかりマグナスの話を聞く。


「冒険者ギルドも、魔法商ギルドもな? それぞれ役割があんだよ。魔物とかの皮とか牙とかは冒険者ギルドが買い取ってくれるし、魔法商ギルドは魔法性の高いモンを高く買い取る。俺はそこに食肉の流通を確立させたいんだ」

「それは興味深い……。協力してやらん事も無いけどさ、マグナスはアランとはその……どんな関係なんだ?」

「腐れ縁だよ。今だからこそ足をやっちまって動けなくなっちまったが、あいつと一緒に冒険していた時期もあったんだ」

「そうなのか……なんか警戒してしまってすまんな」

「いや、その心構えで良い。で、一応アイツから言われていてな……お前がこの街にいる限りは面倒見てくれって頼まれているんだ」

「アランはどこへ行ったんだ?」

「北方だよ。エレジア伯が収めてる領地にあるノイアフェラ山脈へと向かって行ったよ」

「そうか……。随分と遠くへ行ったな」


ノアは少しだけ寂しそうな顔をした。


「で、一応お前の世話役をしていく上でいろいろと俺も手伝ってほしい事があるんだ。話を最初の方に戻しても良いか?」

「はは、大分脱線したからね。私に何をお願いしたいんだい?」

「ノア、俺の店を手伝ってほしいんだ。仕事の内容は簡単で、定期的に魔物の肉を俺の店に卸して欲しい。今日だったらお前の手持ちにあるウィルドボアの肉なんかを俺の店に卸して欲しいんだ」

「それはありがたいし協力してやりたいんだが……アランからはいろいろと教わっていてな……。どんなゴミであろうとも安値では絶対に売るなって釘を刺されているんだ」

「正直いくらでなら肉を譲ってくれるんだ?」

「市場の価格は知らんがギルドが提示してきた価格は一頭で40フェインだと言われた。内臓は殆ど売り物にならないってさ」


マグナスは二十顎をさすりながら言う。


「フェインで買い取っても良いんだが……できるなら俺も仕入れ価格は抑えたい。こういうのはどうだろうか、例えばお前が肉を俺の店に卸す代わりに俺が加工した肉を渡すってのはどうだ?」


ノアは如何にもその提案は気に食わんと言った具合に顔を歪めた。


「ギルドより少しでも高く売れるならそれでいいが、タダは無理だ。私は商人じゃないから加工肉の転売には興味がない」

「そうか……それは難しい事を言ってすまないな。今お前の手元にある肉は50フェインで買い取ってやる。どうだろうか?」

「一人旅で食べきれないしそれでもいい」

「取引成立だな。一応俺の店に来てくれれば塩漬け肉や燻製にした肉、特性ベーコンなんかも用意してるぞ。肉さえ納品してくれるならお前にはタダでくれてやる」

「ほ、ほんとか!?」


 ノアは可愛らしい笑みを浮かべた。


「それじゃあ肉を持っていくからお店まで案内してよ」

「おうよ」





ノアはマグナスに案内されるまま道を歩む。

到着した店には【ワイルドビースト】と書かれた看板が下げられていた。

店に足を踏み入れると、そこには熱気と活気が溢れていました。

客席からは厨房を一望出来て、料理人達が手際よく調理をしていた。

店中には料理の香りが漂い、鉄板の上で豪快に料理している様子は迫力がある。巨大な鉄板の上で、絵本でみるよう大きな肉がジュージューと音を立てながら調理されているのだ。


視覚的にも楽しい店で、冒険者たちや街の人々が笑顔で食事を楽しんでいた。

マグナスはノアを手招きして迎える。


「こっちだノア」


マグナスはノアを店の奥へと案内する。

食在庫の中にある机に魔法の鞄を置き、中からウィルドボアの肉を取り出していく。


「おお、これは良い肉だな。部位ごとに切り分けられているし、手際も良い。さすがアランの弟子だな……こりゃあ良い品だ。感謝する」


マグナスは肉を見つめながら言う。

ノアは少しだけ嬉しそうに頷きました。


「それじゃあ、納品は終わりだ。それよりも、特性ベーコンサンドを食べてみないか? 自慢の一品なんだたべていってくれ」


ノアは興味津々の表情を浮かべながら、マグナスについていく。鉄板の上でベーコンが焼き上げられると、瞬く間に香ばしい香りが充満する。


マグナスは丁寧にパンを切り、焼き上がったベーコンと新鮮な野菜を乗せていく。

沢山の具材が挟まれた豪快なサンドイッチは指で軽く押さえるだけで特性ソースと肉汁が溢れてくる。


「はいおまち。店で一番人気のワイルドサンドだ」


ノアは豪快なサンドイッチを手に取り、一口かぶりつくと、口の中に広がる旨味と香りに感動した。

ベーコンから溢れ出る肉汁が舌を包み込み、その濃厚な味わいが口いっぱいに広がります。

パンの食感とさっぱりとした甘辛いソースのアクセントが、ベーコンの美味しさを一層引き立てています。

シャキシャキと歯触りのいい新鮮な野菜はベーコンの脂を緩和し、口当たりを軽くしてくれる。


ノアは幸せそうに頬を膨らませながら、マグナスに感謝の意を伝えます。


「これはこれは……本当に、これは美味しいですなあ! 特性ベーコンの味わいがなによりも最高! シャキシャキとした新鮮な葉野菜も良いし、この甘辛いソースがもうたまらん! 料理の腕前は本当に凄いな!」

「そうだろそうだろ!? ガッハッハ!」


マグナスは満足そうな笑みを浮かべて高笑いする。


「それじゃあ肉の件頼むな」

「これが食えるなら朝飯前よ!」


ノアは特性ベーコンサンドを堪能しながら、店内の賑わいを眺めます。この一時の幸せな食事の時間が、彼女のやる気を一際向上させる。

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