第8話 神速抜刀(かあさん)【樹山華舞】
「ふふ、シンはんと二人きりでお買い物するなんて久しぶりやなぁ。ウチ今日は腕をふるってまうさかい」
「うん、楽しみだよ母さん」
僕と母さんは仕事に追われる毎日の最中、久しぶりの二人で過ごす休日に胸を踊らせていた。今日は商業都市へ食材や日用品の買い出しだ。うちではメイドを雇っているので母さんが足を運ぶ必要はないんだけど……たまには母さんと二人で休日を過ごさせてあげたいとセリカや父さんやメイドさん達が計らってくれていたためにおかげで有意義な休日を満喫できた。
母さんと僕はゆっくりと目的地への旅路を終え買い出しを済ませてのんびりしたのち帰路に着く。その気になれば母さんは10分くらいで帰る事ができるんだけど(※母さんだけ。家までの距離80㎞くらい)、急ぐわけでもないので景色の綺麗な街道眺めながら僕らは母子の時間を存分に過ごした。
すると、それを邪魔するかのように敵が道を塞ぐ。黒いフード付きマントと仮面で身も顔も覆い隠した集団……総勢にして50人くらいに取り囲まれた。
「【アース・オブ・ファミリー】の【神速抜刀のハナマイ】だな? 我々は【邪神剣業教】……神の速さの剣速を持つという貴様に邪神の剣技を味あわせに参った。どちらの剣技がより速いか……尋常に勝負せよ」
「あらぁ、困りましわぁ……今日はお天気良かったさかい愛用の日傘をお洗濯してもうたんやで。なんか代わりになる物あったんやろか………」
母さんは愛用している仕込み傘である刀を家に置いてきていた。僕らの手には食材や日用品等の買い物袋しかない。どこか気乗りしていない様子だ。そもそも母さんは争いごとを好まない。興味があるのはもっぱら料理と舞踊、芸事だけ。京都唯一の剣舞一家出身であった母さんは小さな時から演舞や刀剣技を嗜(たしな)んでいたとか。
剣舞とはいわゆる舞台芸術で吟と舞を併せ持った演技法。吟詠に合わせ剣や扇で舞踊を披露する。母さんは日本で唯一の日傘を使う剣舞家で……政界果ては現総理大臣も母さんのファンであるらしい。
「……興ざめだな。剣士たる者……剣は心臓であり常に隣に置くものだ……所詮その程度であったか。だが、我ら容赦はせん。ヒトの剣技など邪神剣の前では霞むものだ、分不相応なその称号もろとも消し去ってくれよう」
黒づくめ達は勝手な言い分を放ち、全員が剣を抜く。尋常に勝負などと言いながら武器を持たない母さんに多数で襲いかかろうなんて……剣士の風上にも置けないのはこいつらの方じゃないか。
(けど……母さんはこれまで日傘を手放した事なかったのにどうして今日に限って……ってそれよりなんとかしないと)
すると、手提げ袋や荷物を漁りながら母さんは僕に言った。
「シンはん、かんにんな」
「……え? 母さん?」
「久々に二人きりやったさかい……今日くらいはシンはんを争いごとに巻き込まへんようにって思たんやけど……母はんはあかんね。なんかどないしてもこうなってまうね。せっかく日傘も見せへんよう置いてきたのになぁ」
「!」
母さんはわざと日傘を手放していたのだ。
常に戦いに身を投じる日常を僕に忘れさせるためーー休日くらい、ただの母と子であろうとするために。
常に手放さなかった半身(ぶき)を。
(母さんっ…………!)
僕が何とかしなくては。
優しい母のために、母が作ろうとしてくれた平和な日常のために、母が守ろうとしてくれている……どうしようもなく弱い僕のためにも。
そう意気込んだ時にはーーもう遅かった。
邪神剣業教……五十人もの暴雨(はやさめ)のような剣戟が僕らに襲いかかってきていた。
時間にすれば刹那の出来事ーー邪神剣の名は伊達ではなく斬りかかる動作も何も感じさせずに全員が攻撃を繰り広げていた。当然、一般人である僕にそれを知覚する術はない。気付いた時にはもう既に『終わっていた』ーー
「あぁ、忘れとった。ゴボウはんを買うとったのよ、ほんまは食べ物をこないな風に扱うのんは良うないけど……シンはんのためなら仕方あらしまへん」
ーー狭間に母さんのそんな台詞が聞こえた。
もうおわかりかと思うけど……母さんは鼻先に迫っていた剣戟よりも速くーーしかも取りだしたゴボウ(厳密に言えばファンタジー世界なので名称は別)で五十もの剣を全て斬り裂いた。邪神剣業教の剣は真っ二つとなる、母さんは僕を抱えながらその隙間を縫うように……舞うように通り抜けた。
究極の後だしジャンケン。それが母さんの最強たる所以ーー光速以上の【神速抜刀術】だ。
「人間を料理する気はあらしまへん、そのまま帰ったら追うたりしいひんわ……裸でもやるちゅうのなら続けまひょか」
バサッ……
邪神剣業教の身を覆っていたマントも全て斬り裂かれている、五十人全員。母さんはゴボウで剣を折るついでにマントをも斬っていた。
「………ひぃぃぃぃぃぃっ!! 化け物っ!! 俺達が悪かった!! だから見逃してぇぇ~~ぇっ!!!」
裸になった大の男達は裏声をあげながら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。彼等についてはもう語ることも覚えておくこともこの先記す事も無いだろう。
(母さん、愛用の刀じゃなくゴボウでも強いんだね……だったら木の棒でも何でも良いような……)
けど、そんな事はもうどうだっていいんだ。僕は母さんにありったけの真心を込めて言った。
「母さん、いつもありがとう。僕、母さんと過ごす時間ならそれがどんな時間だって構わないよ」
「あぁ……シンはん、うちの愛しいシンはん……母はんそないな事言うてもろうたら泣いてまうで……立派になってもうて……シンはんはウチの誇りやで……」
それは僕の台詞だよ母さん。母さんは僕のーー家族みんなの誇りだ。
その日の夜、僕と母さんは笑い合いながらテーブルに並んだ大量のゴボウ料理に舌鼓を打った。
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・現在まで判明しているステータス
◇【樹山華舞】〈LEVEL 213569〉
・種族【ヒューマン】・年齢34歳
・クラス【剣神】レベル
・HP95632541/95632541
・MP536525/536525
・敏捷値【神】
〈神速剣術〉〈神速移動〉〈流麗の舞〉
・オリジナルスキル其の一〈〈【母宗】〉〉
※武器の強度や斬れ味を一切無視しての剣術可能。長細い物を全て刀とする。
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