【前日譚集】かつて、死神殿下と呼ばれた竜騎士と、暴れ竜と恐れられた竜が、竜の言葉がわかる人の子と、出会ってからの物語

海堂 岬

第一章 面倒な見習い

第1話 無口な見習い

 一目見てわかった。肖像画で見る国王陛下によく似た、左目の下に傷のある少年がいた。今年、竜騎士見習いの教育係を任命するにあたり、上層部がかなり揉めたことは、若手でしかないアルノルトも知っているほどだ。


「第二王位継承者であるルートヴィッヒ殿下が、御自身の強い御希望で竜騎士見習いとしての訓練に参加される」

王都竜騎士団団長ゲオルグの一言があってから、大騒ぎとなった。


 誰もが知っている名だ。この国の厄介者だ。庶子でありながら、王位継承権をもつ王子だ。彼の後ろ盾と、第一王子の母である王妃の実家はいずれも侯爵家で、鋭く対立していた。国を二分している貴族同士の政争の真っただ中にいる王子が、何の興味で竜騎士見習いの訓練などに参加するのかと、アルノルトも思った。


 さんざん揉めた結果、今年は平民出身の竜騎士達が、各騎士団から集められ教育係になった。貴族出身の若手は、実家が第一あるいは第二王位継承者の派閥に属しており、問題になると判断され、全員外された。


「さっさと諦めさせよう」

寄せ集めでしかない教育係の間で、結論が出るのは早かった。


「おい、見習い」

「はい」

無礼といわれても仕方ない呼びかけにも、左目の下に傷がある少年は返事をした。

「お前、さっきの素振りなめてんのか、追加だ。あと百回やれ」

「はい」

根拠のないしごきにも、少年は従順に従った。見習いは宿舎で過ごす。教育係の竜騎士たちの態度を見て、他の見習いたちも、ルートヴィッヒに雑用を次々と言いつけていた。普段ならば、そういった行為は、教育係が止めるのだが、意図的に見逃されていた。


 教育係や本来仲間であるはずの見習い達の不当な扱いについても、ルートヴィッヒは何も言わなかった。


 訓練では、剣を使っての手合わせもある。何度か手合わせをしている間に、ルートヴィッヒに勝ちを譲られているのではと、アルノルトは疑い始めた。他の竜騎士も同じ意見だった。他の見習い相手で負けたことはないが、教育係を相手に、勝ったことがないというのは、不自然だ。


 そんなある日、アルノルトとルートヴィッヒが手合わせをしていたとき、アルノルトが打ち込むと、ルートヴィッヒが膝をついた。

「おい」

膝をついたルートヴィッヒが左脇腹を抑え、立ち上がらなかった。アルノルトには、左を攻撃した覚えはない。そもそもルートヴィッヒには、練習用の剣が、かすめてすらなかった。


「立て、見習い」

そう言いながら、確かめるために、ルートヴィッヒが抑える左の左脇を軽く蹴った。


「くあっ」

苦痛に声を上げ、うずくまったルートヴィッヒに、アルノルトは疑いを確信した。ルートヴィヒは、今まで一度も反抗的な態度をとったこともなく、訓練に名を借りた虐待にも、一切声も出さなかった。


「ついてこい」

襟首をつかんで、ルートヴィッヒを無理やり立たせた。引きずるようにして、医務室に連れて行った。

「薬師、けが人だ」

「おや、見習いかい。お前ら若造が、見習い相手の訓練で何をやってる」

訓練での怪我は少なくない。そのたびに、この薬師は文句を言いながら手当てをしてくれる。


「いい、どこから話が漏れるか、わからない。あなた方が巻き込まれる」

ルートヴィヒは、服を脱がせようとするアルノルトの手を止めた。左の脇腹を抑えていたルートヴィッヒの手には、血がついていた。

「黙れ、見習い。見習いが竜騎士へ反抗するのは禁止だ」

左脇腹には、真新しい切り傷があった。


「おやおや」

薬師は、アルノルトをにらむと、手当てを始めた。

「俺じゃない。井戸の周りが踏み荒らされていた。お前か」

真剣での傷がつくような状況に、心当たりはあった。早朝、井戸の近くで、刃傷沙汰の痕跡が発見された。周囲が踏み荒らされ、大量の血が流れていたが、死体がなかった。団長達幹部が、一様に緊張していた。見回りはいたのに、何があったかを見たものがいなかったのだ。


「夜、井戸周辺に刺客がいました」

「何人だ」

「三人です」

「武器の携帯は禁止だ」

「短剣は許可されています」

短剣一本で、刺客三人に対応したらしい。ルートヴィッヒが見習い同士の練習試合だけでなく、自分達竜騎士を相手にしても、手加減しているというアルノルトの疑いは確信に変わった。


「刺客に襲われるのは、日常か」

ルートヴィッヒは答えなかった。

「まぁ、お前さんは日常だな。わしら薬師の間じゃ有名だ。何かあったらここに来い」

薬師は豪快に笑った。

「それでは、あなたが殺される。すでに、私にかかわった薬師は、少なくとも二人は死んでいる」

ルートヴィッヒの言葉に薬師は苦笑した。


「あぁ、それでどこかの貴族に仕えていた薬師は、原因不明の腹痛になった。家族が病気になった薬師もいる。家族とともに王都のどこかで静養したり、家族の病気の転地療養をかねて保養地に勤めているやつもいるな。薬師には薬師のギルドがある。ギルドは仲間を殺した貴族の家なんぞに、次をいかせるか。ギルドに属していないやつがいったらしいが、腕の悪い薬師など、役に立たん。何もお前さん一人で背負い込まなくていい」

薬師が、ルートヴィッヒの頭を撫でた。


「薬師の仕事は、人を癒すことだ。人殺しの片棒を担ぐことじゃない。一人で背負い込むな」

その言葉に、ルートヴィッヒが顔をあげた。こいつにも表情があるのかと、アルノルトが思ったときだ。

「ほれ、お前さんは、他の見習いの訓練があるだろう。いってこい」

薬師にアルノルトは追い出された。

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