第19話 Represalias
「こちらストリクス、敵の襲撃を受けて被害甚大、負傷者多数、ピックアップを要請する」
車列襲撃から十数分後、S.S.G社の検問所まで到達した一行は味方に保護され、負傷者の治療と休息を取りながら回収部隊を待っていた。
マヌエルは復活したネットワークに接続し、隊員の生体信号をチェックすると、凡そ一個小隊は居た部隊は半数以下まで減っており、更にその半分が負傷する大損害を被っていた。MRAPに残してきた仲間の信号も消失しており、結果として見捨てる形になった事にマヌエルは唸った。
「ストリクス、カネッティ達は…」
「言うなベルトット、分かってる。もう少し粘って助けていれば、と考えるとキリがない。だが責任は俺にある。文句は全部終わってから、上の連中に証言すれば良い。いいな」
野球帽のオペレーターは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら溜息をつき、周辺警戒に戻って行った。危機を脱したとはいえ、銃撃戦と爆発の余波で検問所周辺も混乱しており、この機に乗じて敵が追撃を仕掛けてこないとも言い切れない。
「しかしあいつ等は一体何者だったんだ。おい、クリーブランド、何か知っているようだったな貴様」
マヌエルは水筒の水を頭から被っているヨハンナをじろりと睨みつけ、ホルスターを吊るす腰に手を回し、今にも銃を抜かんとする雰囲気を出しながら問う。
「怖い顔をするな、私は機嫌が悪いんだ。あいつ等、多分ロシア人だぜ」
「ロシア人だと。何故そう思う」
「思うも何も、
ヨハンナは懐から煙草の箱を取り出すが、中身が全滅しているのを見ると舌打ちして投げ捨てる。
「それに、迷彩の走査パターンは見た事がある。大戦中にスペツナズ連中が使ってたのと同じだ。あの時より見えなくなってたから改良型だろうが、たしか6Sh226だったか、現物を見たのは初めてだ。影も熱も無いって話だ」
「先進技術の軍事利用・研究は条約で禁止されているはずだ」
「スラブ野郎が条約を守る訳ないだろう、何を今更。それに、民間利用だったら条約違反じゃない。お前らと同じだ」
「民間の特殊戦部隊だと? 悪い冗談だ」
ヨハンナは深く溜息をついて「今時珍しくも無いだろう」と吐き捨てる。陽は天頂近く昇り、中南米特有の湿気と熱気に加えて、強い日差しが負傷と疲労で弱った身体を苛む。
いったい何故こんな事になったのか。ハイジャックに巻き込まれ、クルマ爆弾に吹っ飛ばされ、ゲリラに目を付けられ、挙句の果てにロシアの特殊戦部隊に襲われた。こんなバカンスがあってたまるか。これでは普段戦場で受けている仕打ちより遥かに酷い。特に最後の特殊部隊に襲われるなど、こんな田舎の途上国ではありえない話で、まさかCIAの犬を拾った事で何かがズレてこうなったか。
そういえばあのオーランドとか言う男はどうしているか、ヨハンナは視線を巡らせ、一人俯いて何かをうわごとの様に呟くオーランドを発見する。ヨハンナの良く聴こえる耳は、オーランドの呟きを捉えた。
「くそ、まさかロシア人が来るなんて。やはり情報が漏れていたか、標的は僕か」
ヨハンナは更に視線を巡らせ、サキと目を合わせると顎でオーランドを指し示す。不機嫌と、厄介事を抱えたヨハンナの表情を読み取ったサキは、渋々腰を上げてオーランドの下に歩き出した。
「サキよぉ、私ぁキレそうだぜ」
「もう少し辛抱してよ。私達もリスト入りしてる訳じゃないかもだしね」
膝を抱え俯くオーランドの前でヨハンナはしゃがみ込み、こちらに気付いて顔を上げるその顔を笑みを浮かべて覗き込んだ。その笑みは友好を示す物では決してない。本来、笑みとは肉食動物が獲物に対して牙を剥いた際の表情が元であり、ヨハンナの笑みは正にそれだった。
「よーぅ、聞いたぜ? 何か知ってるみたいだな、心当たりがあるんだろう?」
「何の事だい、僕は、僕は何も」
ヨハンナは脇に立つサキを見上げ、視線に気づいたサキはオーランドの傍にロシア製のSMGを落とす。SR-2M、設計こそ90年代の古い銃だが、今に至るまで海外輸出のされていない銃だ。所持している事その物が、ロシアの関与を如実に示している。
本来、何らかの機密作戦を行うのであればこういった武器を使用するのは好ましくない事だが、ロシア人という物はそれこそ30年前のクリミアから関与を否定しながら、あからさまな武装を持ち込んでいたのだ。この銃は、彼らの民族性は国土の半分以上が失われ、首が挿げ替わろうとも根本から変わることは無いという証左だ。
「
「それは、多分、いや、言ってな―――」
「もういい、面倒だ!!」
歯切れの悪いオーランドに業を煮やしたヨハンナは、顎を引っ掴み、地面に押し倒すとナイフを抜いて鼻に突き付けると皮一枚分沈める。僅かに走る鋭い痛みに恐怖の表情を浮かべ暴れるオーランドを意に介さず、ヨハンナはゆっくりと力を入れ、鼻を削ぎ落しにかかる。
「暴れるんじゃあねぇ、このままオメェの顔でパズル作って本体付きでロシア人共に進呈してやっても良いんだぜ!」
「おい、なにしてる!!」
S.S.Gのオペレーターが異変に気付き、銃を抱えてヨハンナを制止しようとするが、その間にサキが割って入る。
「やかましい、オメェらにも関係ある話だぜ。黙って、聞いてろ」
ヨハンナの凄まじい剣幕と語気に、オペレーターも思わずたじろぎ、後退りする。一瞬助かったと思ったオーランドは、オペレーターに役立たずと言う視線を向けるが、更に鼻に食い込むナイフの刃と痛みにそれを気にする余裕は消え去った。
「き、機密、国家の機密が関わっているんだ!」
「だからどうしたってんだ。お前に選べるのは私に顔のパーツ削がれながら喋るか、ロシア人共に爪先からスライスされながらゲロするかの違いだけだぜ」
オーランドの鼻に刃が更に2㎜食い込む。流れる血が頬を染め、痛みに流す涙と、情けない鼻水と涎に混じっていく。
「や、やめろ! 言う言う言う!! 全部話す、話すから!!」
「最初っから正直にゲロってりゃ良かったんだ、このタコ」
ナイフを鼻から離し血で汚れた刃をオーランドの肩で拭い、シースに収めたヨハンナはサキから渡された水のボトルに口を付ける。散々叫んで乾いた喉をミネラルウォーターの心地よい冷たさが癒し、すっかり熱くなっていたヨハンナの熱も冷まされていく。
マヌエル、
オーランドは中央情報局の密命を受け、特別行動部の護衛数人と共にバティスタ入りをして「ある噂」に関する情報を探っていた。しかしオーランドは現地の情報提供者や調査に向かう際、人目に付くのを嫌って度々単独行動を取っており、しかし現地の人間からしてみれば
「前置きはどうでも良いんだよ、早くその『噂』ってのが何なのか教えろ。ロシア野郎に追われるような噂をな」
「急かさないでくれよ、気が動転してて、頭の中を整理するのに忙しいんだ。そう、噂と言うのは―――」
「本当にここ最近は荒事が多いな。先日のマタンサス州副知事暗殺に続いて国立公園での爆発騒ぎ、そして渋滞車列での爆弾テロだって? ゲリラ共は疲れ知らずだな」
空調の利いた執務室でタブレット端末を片手に、キューバコーヒーを啜るドロテオは鼻を鳴らす。マタンサス州での出来事は、ハバナを専らの活動地域とするドロテオと大統領親衛隊に関係のない話ではあったが、古巣の癖もあってドロテオは国内全域の出来事に広くアンテナを張っており、独自の情報源から今朝がた起きた出来事の情報をいち早く入手していた。
「国立公園の爆発騒ぎに関して詳細は目下憲兵隊と現地警察が調査中ですが、複数のゲリラ容疑者と先住民の死体を確認しているそうで。先住民とゲリラの連中は度々衝突していたそうですから、エスカレートしての結果かと」
「本当にそう思うのか。まぁいい、調査の結果待ちだな。国道の爆発騒ぎの方は」
「雇われ連中が何かと交戦した形跡があり、かなりの死者が出たようで。奇妙なのが、明らかに後から焼かれ、炭化した死体が幾つか出てる事です」
「ゲリラの死体じゃないのか?」
「炭化していて、身元の特定どころか性別の判別すら困難です。死体の傍に武器も無かったようで」
ドロテオに報告をする少佐は肩を竦める。ここ最近は奇妙な事件が多すぎる。そのどれもがゲリラによる襲撃やテロである事は分かっていても、その何処かしらに引っ掛かる部分が散見され、喉に刺さる魚の小骨の如く無視できぬ違和感として残り続けていた。
自分の与り知らぬ場所で、何かが進行しているのだとしたらそれは事だ。かつて情報機関に所属し、国内の防諜と国外への謀略を司っていたドロテオには、自分が蚊帳の外に置かれるのは我慢がならなかった。我慢がならぬと言っても癇癪を起こしたりなどはしないが、気になり始めたら『喉の小骨』が取れるまで探りを入れるのがドロテオの性分だった。たとえそれが、他の部署の領分を侵犯し、単一個人のプライバシーを侵そうともである。
マタンサスで執り行われる副知事の葬儀に出席する大統領の警護や、周辺地域に対する警備上の介入など、最優先で片付けるべき仕事は山ほどあるが、ドロテオにとっての最優先事項は目下件のテロ騒ぎの真偽のほどと、姿を消したあの二人組。
勘、そう、唯の勘に過ぎないが、この一連の事件の話を聞いている間その二人組の姿が脳裏にちらついて仕方が無かった。まさかお前達ではあるまいな。初めて出会った時から厄介事と硝煙弾雨の香りが染みついて取れなかったお前たちが、本当にこの国にバカンスの為だけに来たとでもいうのか。
答えの出ない自問自答を繰り返し、曇天のドロテオの思考を携帯電話のコール音が遮った。
音は机の引き出しの中、普段使いなど一切しない古い携帯電話がドロテオを呼びつけていた。電話の相手は凡その見当がついている。登録されている番号は片手で数えるほどで、そのいずれもがドロテオの『友人』だった。
「セーロフか、どうした」
ドロテオはカップを片手にバルコニーへと向かう。眼前には古い要塞と、運河を挟んだ先にはハバナの旧市街が広がっている。運河を挟んだこの場所からでは市井の生活が生み出す喧騒など聴こえようも無いが、ゲリラの殲滅作戦を行った後とあって、旧市街はより一層静まり返っている様だった。それこそ、街その物が死んでいるかのように。
《マタンサスの副知事が死んだそうじゃないか》
「あぁ、耳聡いな。つい先日の事だ。こっちに情報源を持っているのか?」
《それはビジネス上の秘密だ。だが確認しておきたくてね》
「一週間前に陸揚げした荷物と関係があるのか。仕込みが上手く行った確認か」
バルコニーの手すりに身を預けてコーヒーを一口。視線を左へと巡らせれば遠くに湾を行き交う貨物船と、それらを迎え入れるハバナ港がある。アメリカをはじめ、南米諸国から到着する船に混じり、ロシア船籍の船もいくつか入港している。ロシア船籍の船が入港するのは、大統領親衛隊の管轄である区画で、それすなわちドロテオと、その船の所有者が互いに何らかの繋がりを持っている事を意味している。
《何か勘違いしているようだが、私は一切関知していないぞ。私の仕業だと思われるのは心外だな》
「どうだか。ビジネスの範囲を広げるのは構わんが、やり方は選ぶ事だ。私もタイミングが悪かっただけだと思いたいがね」
《それはそうと、後釜は決まっているのか。マタンサスを通す『関税』がどうなるかが気掛かりでね》
「いいや、しばらくはフリーパスだろう。グティエレスが手を伸ばすかもしれないが、彼と私は友人だ。話を付けて、手を出さぬ様に言う事ぐらいはできる」
《それは良い、シエン・フエゴスからの荷を陸送でハバナまで送れるとなればこちらも大助かりだ。アウグストの『関税』のせいで船便か航空便が必要だったからな》
セーロフがバティスタ国内でのビジネスで扱う『荷物』について、興味をそそられはするがドロテオは問う事はしなかった。ここ数年来ドロテオはハバナ港の一角をセーロフのビジネスに使わせ、それで国家や自身に不都合が生じた事は無かったからだ。ドロテオの立場上、ビジネスの内容や積み荷について問い詰める事は可能であったが、下手に突いて藪から蛇を出すのは御免被りたかった。
大方タバコや酒と言った嗜好品をこっそりと祖国に運び、正規の取引で掛けられる税金を回避して利益を上げているのだろう。その他にも、純白の「魔法の粉」や、「結晶」だの「薬草」だのといった禁制品まで扱っている事は想像に難くない。
セーロフが取引をしているシエン・フエゴスの大物実業家、エステバン・グティエレスは今でこそ海運業の大物を気取っているが、革命以前から違法薬物の密輸・製造をはじめ、人身売買など各種犯罪に手を染めている犯罪シンジケートのトップである事は周知の事実だった。共産政権時代では――もちろん現在でも――違法薬物の所持や密輸・製造はご法度であったが、グティエレスが逮捕拘禁されなかったのは偏に彼が旧キューバの外貨獲得に一役買っていたからである。
ドロテオは旧政権下で諜報活動に勤しんでいた頃、海外の情報を仕入れる為にグティエレスの人脈と情報網を借りており、個人的に馬が合った事もあって公私共に深い繋がりを得ていた。ドロテオはその立場を利用して国家警察や憲兵隊の手が及ばぬ様にグティエレスの事業と彼自身を保護し、グティエレスはその見返りとして情報と人手、物資など様々な面で手助けをした。二人の間には決して公には出来ぬ、現大統領にすら秘密にしている蜜月の関係があった。その関係はキューバがバティスタと名を変えた今でも変わっていない。
そういえば、グティエレスの祖父は1962年のアナディル作戦の際、キューバ国内に核兵器を持ち込むソ連側を物流の面で支援をしたと記録を読んだ記憶がある。合法、非合法に関わらず物流という物を司る一族だったらしい。このカップに注がれていた、エスカンブレーの上質なコーヒーも、グティエレスが物流を握っているからここに届いた物なのか。ドロテオは空のカップに目を落としながら考えた。
「さて、世話話するために掛けてきたわけでも無いだろう。本題はなんだ」
《今日陸揚げされる積み荷、アレは特に重要でね。グティエレスへの贈り物とでも言おうか。とにかく、止められるとマズい。君の所の名前を使って輸送したいが構わないか》
「構わないが、高くつくぞ」
《商売上手だなお前は。まぁ、構わん。荷が止まらなければそれでいい》
「ではよろしく」とセーロフは短く告げ、電話が切れると同時にドロテオの背後でドアがノックされる。副官が呼びに来たのだろう。マタンサスでの警備についてのミーティングがそろそろだったはずだ。もう一杯コーヒーを飲もうかと考えていたドロテオは、少々残念そうに思いながらバルコニーを後にした。
「嘘だろ」
「嘘だな」
「与太話にも程がある」
「嘘じゃあないって! 信じてくれ、僕は本当に命令を受けて来たんだから」
溜息をついて怪訝な表情を浮かべる一同に、オーランドは必死の形相でそれを納得させようとする。ヨハンナ達がオーランドから聞いた話はどれもこれもが俄かには信じがたく、往年のスパイ映画か、出来の悪いエスピオナージ小説のそれであった。
「まぁ、真偽の確かめようはある。セーフハウスには『しっかり』暗号化された通信機材もあるんだろ」
「勿論だ。だがそれで何を?」
「お前の与太が本当か噓かを調べるだけだ。嘘ならお前を縛ってロスケにくれてやる。本当なら、そこで終わり。私らはバカンスに戻るだけだ」
自分は無関係とでも言いたげなヨハンナにマヌエル含めS.S.Gのオペレーター達は鋭い視線を向ける。一部の者はカービンに手を添え、ホルスターに手を掛けていた。
「そうはいかないぞクリーブランド、どのみちお前はバカンスには戻れん。このCIAの若造から聞いただろう、ロシア人共が絡んでいるなら、お前も排除対象の仲間入りをしているはずだ。二人だけなら確実に殺られる。俺達と行動した方が遥かに良い」
「そりゃ分かってるが何だ、私らはお前たちの八つ当たりに付き合う義理はねぇんだぞ」
負傷者の収容、後送を終えたマヌエル達は行動可能な部下達を集め、その中からさらに志願者を数名抽出し、独自行動を取る腹積もりでいた。目的は単純、襲撃してきたロシア人達への報復だ。オーランドの仕事に手を貸せば、ロシア人達はつられて現れ、行きがけの駄賃として奴らの首を取る事もできる。そう踏んだのだ。
「いいか、仲間をやられてムカつくのはよーくわかる。それで、お前らが勝手に奴らとやり合ってくたばろうが私の知った事じゃない。知った事じゃねえんだ。私らを巻き込むな。私らがロスケ共に狙われて、襲撃受けてもそれはこっちの話だ。お前らにゃ関係ない」
襲撃に巻き込まれはしたが、巻き込まれた形であり自分自身を狙った訳では無い以上、ヨハンナにロシア人達に対して報復してやろうという考えはなかった。当然、仕掛けてくれば反撃もするし、場合によっては皆殺しにしてやるだけの考えもあったが、この国での契約がある以上国外逃亡が出来ないマヌエル達と違い、ヨハンナとサキは最終手段として海外へ逃亡すればよいだけなのだ。
あくまで利己的な立ち振る舞いのヨハンナに対し、マヌエルとその部下達は剣呑な視線を向け、その場の空気がどろりと淀む。しかしヨハンナはどこ吹く風、不愉快と言った風な表情こそ浮かべてはいるが、負傷した身体が痛む以外は余裕たっぷりであった。
「状況が分かって無いようだな」
「仲間に引き込もうって奴に向ける視線じゃねえぜ。それにな、分かって無いのはそっちの方だ。お前ら全員サキの射程内だぜ」
マヌエルはヨハンナの後ろに控えるサキに目を向ける。立ち姿はいたって普通、両手を腹の前に置き、手首を握っている。が、そこまで見た時、マヌエルは僅かに袖口から覗くナイフの柄頭を捉えた。
サキはこの状態からであっても、周囲のオペレーター達がカービンを構え、拳銃を抜き、引き金に指を掛けるより早く全員を始末できる。ヨハンナにはその余裕があった。ヨハンナ自身はそこまで速く銃を抜く自信は無く、完全にサキ頼りだったが、そこについてはハッタリを利かせて自分も「銃を素早く抜いてお前らを倒して見せるぞ」という風を装って見せた。
「ハンナ」
そこにずっと黙っていたサキが口を開く。
「もういいよ、どのみちバカンスはお預け。もう私達二人がどう足掻いたって元に戻れる状況じゃ無い。わかってるんじゃないの」
「お前までそう言うのか!?」
バカンスが台無しになるのを一番危惧していたはずの先から出た言葉に、ヨハンナは思わず素っ頓狂な声を出して狼狽する。
「
「あぁクソ、ちょっとでも不憫に思ったあん時の私を蹴っ倒してやりてぇ」
自分にもはや味方など存在しない事を悟ったヨハンナは、自身の置かれている状況と選択その他諸々全てを呪い、頭を掻きむしり、心底悔しそうに地団駄を踏み、行き場の無い怒りを荒い吐息として吐き出した。だがその怒りが治まる事は無く、そうなればその溢れる憤りを指向すべき場所が何処か、ヨハンナ自身が一番わかっていた。
「話はまとまったか。協力するって事で良いんだな」
「やかましい!! 誰がお前らなんぞに協力してやるものか」
「まだ言うか貴様!!」
食って掛かるベルトットにヨハンナは手で制止し、続きがある、話は最後まで聞けと、罵詈雑言を吐き出さんとする口を一旦噤んで必死に呼吸を整える。
「これは、これは私の戦いだ。私が好き勝手やった結果こうなったんだ。だからこの瞬間まで、これからも『私の戦争』なんだ。だから誰にもくれてやらん」
「何が言いたいんだ。おいイライアス、お前の相棒はおかしいぞ」
「私の戦争を邪魔する事も、盗む事もは許さねえ。私の戦争に乗っかりたけりゃあな、私の列に加われ」
つまるところ、ヨハンナはマヌエル達の部下として戦いを進める事を良しとせず、ヨハンナとサキを加えて戦いたければ、「マヌエルの部隊」ではなくヨハンナ達の部隊として行動しろと言っていたのだ。それは単純に誰かの下について戦いたくなかったという理由もあったが、企業の子飼いだった連中はこうしたイレギュラーな状況に於いて、固定観念や先入観に囚われ、柔軟な発想や行動が出来ないといった、これまで10年間傭兵として戦ってきた経験則があった。
しかし、当のマヌエル達にしてみれば、サキですらヨハンナの物言いはただ子供が駄々を捏ねている様にしか聞こえなかった。当惑するオペレータ達とマヌエルは互いに顔を見合わせ、仕方ないといった様子で肩を竦めるとその旨を了承した。
「ガキがワガママ言ってるんじゃねえぞ。って顔だな。大事な事なんだぞ」
「なんだっていい、奴らに一泡吹かせられりゃあな。だが俺も部下も、お前に命を全部預ける訳じゃねえぞ、少しでも納得いかなけりゃ独自に動くからな」
「好きにしやがれ、その結果起きた不都合に関しちゃ私は関知しねえし、こっちに厄介が降り掛かるようならロスケやゲリラ共より先に私がロクでも無い目に遭わせてやるからな」
険悪極まりない空気が漂いはしているが、これで互いの落し所は定まり、一応の納得をもって共同戦線を組む事で合意に至った。オーランドはこれまで自信に行ってきた蛮行の数々があるヨハンナを頭に据えるのは一言のみならず疑問を投げたかったが、口を挟もうにもマヌエルもヨハンナと同類の
話がまとまればこの場に居る必要は無い。使える足を調達し、一路向かう先はサンタ・クララのセーフハウスである。オーランドの口頭での説明で不足していた部分も、セーフハウスにある各種情報を照らし合わせれば解って来るだろう。
オーランドと言う部外者を除いて総勢8名まで減った部隊は手頃なSUVとピックアップを徴発、荷を積み込み、自分達も乗りこむなり渋滞の無い快適な国道を颯爽と駆け出した。
時刻は午後1時過ぎ、まだまだ高く、照りつける日差しにうんざりしながらヨハンナは呟いた。
「キューバ時代の核兵器だって? いったい何処の誰が信じるってんだよ」
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