第6話 ***幕間***
***
決して豪奢ではないが丁寧な細工が施された革張りの椅子の背に、少女は自分の体重を預けるように凭れ掛かった。
目の前には重厚な机が鎮座し、その上には様々な書類が散らばっている。
「……はあ」
溜め息を吐いて、すぐにそうしてしまったことを悔やむ。
その時、部屋にノックの音が響いた。訪ねて来たのは統治者の秘書を務める青年だった。
「失礼します」
「どうした。明日の予定の確認か?」
「それから桜の消滅の進行について共有を」
机を挟んで立ち、彼はすらすらと報告する。まるで記録した音声をそのまま再生したかのようだった。初めて聞いた時は何とも不思議な感じがしたものだが、すでに慣れた今はそんな感慨もない。
「――なるほど。今のところ進行スピードが速まったりということはないか」
「ええ、恐らく。
「露草が来たことは向こうも感知しているだろうが……さて、こちらはどうすべきか」
刃璃は細い顎に手を遣って視線を宙に巡らせた。
だが、様々なものが未知数すぎて全く良い案は浮かばない。そもそもこの世界の現状に対する認識も不完全なところがある。それは刃璃の知識が追い付いていないせいだった。
(やはり我では若すぎる……)
元々、彼女は統治者になるはずではなかったのだ。
そして今、桜の消滅という現象に対抗できる戦力を持つ大人はいない。かつて戦力だった人たちは刃璃たちに全てを委ねた。
再度吐きそうになったため息を飲み込んで、刃璃は無表情の朝凪に訊ねた。
「一つ訊いておきたいことがある」
「何でしょう」
「
朝凪は軽く首を傾げた。さらりと灰色の髪が揺れる。
「どういう意味でしょうか」
「とぼけなくて良い。分かっているものを。この世界を一番良く知っているのはお前たちだろう?」
彼らは、刃璃よりもずっとこの世界のことを知っている。朝凪が傍にいるからこそ刃璃はこうして統治者を演じていられるのだ。
朝凪が珍しくその顔に微笑を浮かべたような気がした。
「この前の『リセット』でもお伝えしたはずです。私たちは統治者に従う一人の民だと」
「つまり特別な口出しはしないと?」
「はい」
「……この世界が滅びそうでも?」
「正直、私個人としてはこの世界が滅んでくれた方がありがたいかもしれません――あなたを含めこの世界の人たちには申し訳ないですけど」
「……」
全く申し訳なさが伝わってこない。刃璃は腕組みをして半眼で彼を見たが、特に反論はしなかった。
なぜなら、彼にはそう言うだけの事情があることを知っていたからだった。
「お前は統治者の助言者ではなかったか?」
「そうですね。さすがに先程の言葉は言い過ぎました。ただの自分に対する嫌味ですので気にしないで下さい」
律義に頭を下げる朝凪のその動作は慣れたもので、刃璃はスルーすることにした。別に今さら気にしない。
「どちらにせよ、現状、何か変化がなければ動きようがない」
暫し、向こうの出方を見るしかないようだ。何か仕掛けてくるだろうか。
「だが何かあった時にすぐに動けるよう、
統治者の右腕のはずの彼はいつもふらふらとしている。いざという時は頼りにならないこともないのだが、如何せん自由人なのだ。
「――できる限り、善処します」
朝凪がものすごく嫌そうな顔で渋々答えた。
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