お見合いしてみた 1


「フォリシア様、旦那様がリビングに来るようにとのことです」

「お父様が?」


 部屋をノックされて、メイドがそう言付けて立ち去る。

 私の侍女ルビと顔を見合わせたあと、リビングへと行ってみた。


「お呼びですか? お父様」

「ああ、フォリシア。お前にマティアス公爵家と公爵家のご子息ジェラール様からお手紙がきている。先に公爵家の方からの手紙は私が先に目を通したのだが……お前、ジェラール様に求婚したんだって?」

「ジェラール様へ求婚? はい。しました」


 素直にそう答えると、父は真顔になって「そうかぁ」と手を組んで深く深く溜息を吐き出す。

 首を傾げると、父はソファーに座り直してテーブルにある手紙を一通持ち上げて「これはジェラール様からお前に」と言って手渡してくれた。

 なんということだろう!

 ジェラール様が、私


「部屋に戻って読んできてもいいですか!?」

「待て待て! オリアが来たら公爵家からの手紙の話をするから!」

「え? あ、ハイ」


 しまった、あまりにも嬉しくて気が急いてしまった。

 ステイステイ私ステイ。


「お待たせいたしました。公爵家からお手紙が届いたって本当? フォリシア、あなた公爵様になにかしたんじゃありませんよね?」


 と、母が来るなりそんなことを面と向かって言う。

 え? 私がなにかする前提? さすがに失礼すぎでは?

 確かに貴族学園在学中に、私が男子生徒に交じって剣の授業を受けたのは私の独断だったけれど、そんな私に一太刀も入れられずに一撃で負けて地面に突っ伏す男子たちも鍛練を怠りすぎだと思うし、その件で婚約破棄された男子が数名いたという話は私には絶対無関係だと思う。

 婚約期間というのは婚前に相手がどのような人物で、この先一生を添い遂げられるかを知っていく時間のはず。

 女の私に剣で負けた程度のことで婚約破棄されるなんて、そんな馬鹿な話はないだろう。

 確かに我がグレトゥーロ王国は隣国のサウドレア帝国に対抗するために、軍事に力を入れてはいるけれど、剣の腕前など今後の鍛練でいくらでも伸びるものだ。

 それに、男が強くなければいけないなんて女の理想でしかないだろう。

 私はむしろ、母のような小動物系の男性を私の全力で守ってあげたい。

 そう、ジェラール様とか。

 というわけで、母の心配はまったくの見当違いだろう。


「私はなにもしておりません。母上、なんでも私がなにかやらかしたという前提で話すのはおやめください」

「でもあなた、女なのに騎士団に入るしお父様に我儘を言って女性の騎士採用枠を増やすし女性だけの部隊を作るし、あまつさえいつの間にかその女性だけの部隊で王妃様や王子妃様を護衛する後宮近衛部隊『ホワイトローズ』なんて作ってその部隊長に収まっちゃったじゃない」

「なにか問題でも? むしろ王妃様に感謝状と勲章を我が家にいただいたし、そのおかげで我が家は陞爵しょうしゃくが決まったのですよね?」

「ま、まあ……そうなのですけれど……」


 本気でそれのどこがダメなのかさっぱりわからず、首を傾げて聞き返すと母も急にもごもごとして頬に手を当てて目を伏せる。

 そんな母に父が咳払いしながら「ま、まあ、落ち着いて。オリア、フォリシア、ソファーに座って」と促す。

 父に言われたのでおとなしく一人掛けソファーに座る。


「まず、マティアス公爵家から我が家に宛てられた手紙だが――マティアス公爵家の一人息子、ジェラール様を昨晩助けたことへの感謝。マリーリリー様とは婚約を白紙にするということになるという旨。マリーリリー様との婚約白紙後に、ジェラール様とお前のお見合いをしたい、という申し込みだ」

「お見合い!? ジェラール様と!? もちろん結婚を前提によろしくお願いいたします!!」

「早い早い早い。判断が早すぎる。落ち着け、一考しなさいせめて」

「大丈夫です! ジェラール様は私の好みドストライクです! 一目ぼれしたので絶対結婚して私が幸せにいたします!」

「もおおお、この暴走ユニコーンめぇ」


 誰が好みの美少年を見つけたら鑑賞用にかっ攫おうとするメスユニコーンだ。

 いくら父上でも実の娘に失礼すぎるでしょ。


「まあ、マティアス公爵家のジェラール様、マリーリリー様に婚約破棄を申し込まれたの? しかもパーティーの最中に? どうしてそんなことに?」


 父から手紙を受け取った母が頬に手を当てながらて手紙に書かれた経緯を口にする。

 特にゴシップ好きというわけではないだろうが社交シーズンの間、この大型婚約破棄の話題で持ち切りになるだろう。

 脳筋しかいない我が家で唯一社交を得意とする母上は、その腹の探り合いという戦場で優位になるべく、詳細が知りたいのだと思う。


「マリーリリー様がジェラール様を『情けないから』『頼りにならないから』と突き飛ばし、蹴りまで入れようとしたのですよ」

「蹴り!? 公爵家のご子息に!? 正気なの!?」

「本当に信じられませんよね!? あんなに愛らしいジェラール様を蹴りつけようとなさるなんて! 非人道的すぎますよね!? 母上にもわかりますか!」

「違うわ。そっちではないわ。確かに淑女として以前に人間としてそのような大義のない暴力はあり得ないと思いますけれど」


 ですよね!

 さすがは母上、よくわかっていらっしゃる。

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