第13話 結婚式
グラジオ、ロベリア両国にとって歴史的な瞬間となる、アラン王子とバーベナ姫の結婚式の日は、これ以上ないくらいの快晴となった。
新郎の控室に佇むアリシアは、純白の軍服に身を包み、出番を待っている。
姿見に映った自分の姿を、繁々と眺めた。鏡の中に映るのは、紛れもなく「アラン王子」。本当だったら純白のウエディングドレスを着てみたかったが、それは叶わぬ夢だ。
「これでバーベナともお別れか」
「お別れではなく、これからずっと一生添い遂げることになるのでは?」
いつも通りの無表情で、イブがそう答える。彼女は王子の身代わりの件については知っているが、バーベナがキリヤという男であることは知らない。
姫の身代わりの件は誰にも言わないでくれ、とバーベナに言われているからだ。彼の役目は一生涯のものではない。もうすぐ本物がやってくる。
「あ、はは……そうだね。私ったら」
「アラン王子、何か私に隠していますか?」
「いや、そんなことはないよ」
「隠し事は困ります。いざという時、あなたを守れなくなりますから」
「うん、そうだよね。大丈夫だよ。何も隠していない」
腰に剣を装着し、もう一度身なりを整える。
今日が終われば、キリヤが演じるバーベナとは、もう会うことはない。
「身代わり業」のパートナーとして、助け合った相手がいなくなってしまうのは寂しいが。両国の友好関係維持のため、「アラン王子を一生演じる」と決意が固まった時から、自分はひとりでこの道を歩む覚悟を決めている。
––––でもなんで本物のバーベナ姫が、結婚式に出ないんだろう。
今回の企みに関わったものはすでにわかっているし、結婚式前にロベリア側に報告も済んでいるので、もう本物と入れ替わってもいいはずなのだが。なぜか結婚式にはそのままキリヤが花嫁として出ることになっている。
「アラン王子、そろそろお時間です」
「うん、行こう」
不思議に思いつつも。イブの背中に続いてアリシアは歩き出した。
たくさんの蝋燭の光に照らされた教会内はカサブランカの花に満たされていた。来賓客の座るベンチの一つ一つに、白い花がリボンと共に飾られている。芳しい花の香りに満ちた室内に入れば、その場にいる全員がアリシアの方を向く。
白い絨毯の上を、司祭のいる祭壇に向かって進む。打ち合わせはしっかりしてきているが、やはり本番は緊張するものだ。
立ち位置に到着し、扉の方向に向き直った。司祭の合図とともに、重厚な扉が左右に開かれる。
陽の光を背負って入ってきた花嫁に、会場にいる誰もが釘付けになる。
港町にいたときに結婚式を見掛けたことがあったが、こんなに美しい花嫁は見たことがない。
薄紅色の髪は編み込まれ、白いベールの下からは、カサブランカの花がのぞいている。レースのふんだんにあしらわれたAラインの可憐なドレスは、バーベナにとてもよく似合っていた。
アリシアはその姿に見惚れつつ、ちょっぴり複雑な気持ちにもなった。なにしろ、花嫁が花婿で、花婿が花嫁なのだから。
式は順調に進み、いよいよ誓いのキスの時間が巡ってきた。
震える手でベールをあげれば、バーベナが唇の形だけで「ちゃんとやれよ」と伝えてくる。
できる限り無表情を貫き、そっと唇を重ねる。ゆっくりと離れれば、今度は「それだけ?」と不満げな顔で口元を動かされた。
––––結婚式でそんな熱烈な口付けはおかしいでしょうが!
そう言いたかったが、ここで嫌な顔をするわけにもいかず、アリシアはハリボテの微笑みで対応する。結婚式の時までおちょくらないでほしい。まあ、彼らしいといえば、彼らしいのだが。
壇上で来賓客の方に向きを変える。
教会の扉の向こう、広場に集まった大勢の民衆の元へ行こうと、バーベナに手を差し出そうとした、そのとき。
どん! と左腰に衝撃が走る。初めは何が起こったのかわからなかった。
––––あれ、痛い……?
バーベナが体当たりしてきたことに気づいたときには、白い軍服にじわじわと赤いシミが広がっていた。
自分の腰に彼の手によって突き立てられたそれが、ナイフだと気づいた瞬間、頭が真っ白になる。
「バーベナ……? どうして?」
控室でのイブの言葉がこだまする。
『隠し事は困ります。いざという時、あなたを守れなくなりますから』
バーベナと二人で無邪気に笑い合っていた時間が、頭の中を流れていく。
偽物のバーベナ姫が自分の味方だと、なぜ信じ込んでいたのだろう。
そして後悔とともに、心を引き裂かれるような悲しみが押し寄せた。
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