第174話 たまたま

 一体この子はなんなのだろうか?星上レナと対峙する中で、草薙有希の中にふとした疑問が生じた。彼女について知っている事は、そんなに多くない。ソロのC級探索者で、ダンジョン配信者。天月ありすの友達で一緒にアレナちゃんねるを開設している。そしてワンダラーエンカウントからの奇跡の生還者。分かっているのはこれくらいだ。


 私にとって彼女の印象は、凄く運の良い子、これに尽きる。16歳かそこらでソロのC級探索者ライセンスを取れる。自慢できるくらいには凄い事だと思う。でも言ってしまえばそれだけ。その位の才能なら、探学に入学出来る人達の中から探せばそれなりに見つかるだろう。そもそも勇輝なんて10歳かそこらでB級探索者試験を受けたくらいなんだし、それに比べたら大した事はない。


 むしろ彼女を語る上で重要なのは、ワンダラーエンカウントからの奇跡の生還、そして更には天月ありすと親友である、という二点。これに比べたら彼女の他の美徳などあってないような物だろう。ワンダラーエンカウントに遭遇し、それを生配信した挙句、最強仮面と名乗る謎の人物に窮地を救われ、五体満足で生還。これだけで一本映画が作れそうな内容である。


 それに加えて、中学から友達だった天月ありすが実は万魔の後継者、万魔央の姉であり、その縁で万魔央とも仲良くなれるという僥倖。更にその縁でもって万魔様にも顔を覚えて貰って、万生教とも良好な関係を築いている。前世で一体どれだけの徳を積んだら、こんな人生になるのだろうか。


 そう、本当に、凄く運の良い子。偶々ちょっとした才能があってC級探索者になれて、偶々配信していた時にワンダラーエンカウントに遭遇して、偶々現れた最強仮面に命を助けられて、偶々友達の弟が万魔の後継者だった。それだけ、そう、それだけの筈だったのだ。

 狭苦しい室内ではお互い満足に戦えない。両者無言の合意の元、建物から外に飛び出して剣戟は続く。その音によって乱入者が現れる懸念も頭を過ぎったが、それ以上に狭い室内では自身の強みが十全に発揮されないマイナス面を草薙有希は重視した。



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 草薙流はそもそも八咫ノ大蛇を討伐する為に編み出された流派であるが、培ってきた技術は対人で磨いた技術が下地になっている。そして草薙流で扱う基本八種の武器は、狭い空間で小器用に振るう事を想定されていない。一方の星上レナの扱う千刃流は、外敵からの天獄郷の防衛を端に発した流派であるが、万魔様の護衛やダンジョン探索等、あらゆる状況下での戦闘に関して考慮されている。


 草薙流と千刃流。奇しくも似たような形で技術を磨き上げてきた流派同士。深く狭くか広く浅くか、一芸特化型かバランス型か。人によって好みは分かれるだろう。



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 本来ならここまで時間を掛けずとも決着がついていた筈。そう、彼女の着ている巫女服っぽいやつ、あれが原因だ。私なんて探学の制服なのに…というかほとんどの参加者がそのはずだ。質の良い武具を用意するのも強さの内とはいえ、限度はある。そもそも天獄杯の正式名称が”全国探索者養成高等学校総合技能演習大会”である様に、磨いてきた技能を披露する場であって、装備でごり押しするような大会ではないのだ。そこはそれ、暗黙の了解である。


 それに引き換え彼女はどうだろう。天獄杯前は私と同じ制服だった気がする。何故なら一人だけ違う服装なら目立つからだ。少なくとも関東探学の参加者には居なかったように思う。だのに、何時の間にか巫女服っぽい衣装を着て天獄杯に参加していた。巫女服を着て。それも黒色の。


 もしやあれは万生教の黒巫女さん達が着ている服なのではないだろうか?そうだ、間違いない。天獄郷で黒巫女さんを見て、可愛いなと思いながらチラチラ見ていたから間違いない。


 仕方ない…か。あまり気は乗らないけれど、あの服を突破して戦意喪失させるには相応の威力が必要になる。星上さんは女性だし、あまり傷つけたくはないんだけど…制服のままだったら、痛い思いをしなくて済んだのに。ま、たまには運が悪い目に遭えば良いんじゃないかな。


 星上さんは二刀使いだけど、そもそもの話、二刀を扱う事自体が非常に難しい。刀自体が重いし、片手で扱う関係上、繊細な取り回しが難しい。手数が増えると言えば聞こえは良いけど、威力不足で相手に致命打を与え辛い。それこそ昔なら、私がしていたように、かすり傷を与えながら戦うという作戦もあったろうけど、それこそ昔の話だ。今現在においては、魅せる為の剣術、見栄え重視のと言っていいかもしれない。 


 つまり二刀流は曲芸みたいなもの。だからこそ扱うなら相応以上のセンスがいる。

星上さんにそれがあるかは分からないけれど、二刀を使いだして日が浅いのは見る人が見ればすぐにわかる。当然私にも分かる。一応使えはするし。星上さんもそれが分かっているのか、自分から攻撃に出るような真似はせず、私の攻撃を捌く事に主眼を置いている。


 星上さんは元々二刀流じゃなかったよね?なんで今更二刀なんて使ってるんだろう?…ま、他人が何を使おうと外野が口を挟む事じゃないけれど。自分でそれを選択した以上、結果は自分に跳ね返ってくるのだから。そもそも守り一辺倒じゃ相手を調子付かせるだけだよ。主導権を握らなきゃ。こんな風に…ね!!


 ―――草薙流、四百拾弐式・穿うがち


 恥ずかしいから勇輝みたいに技名なんて言わないし、これだとただの威力の乗った刺突なんだけどね。でも十分だろう。星上さんの肩口目掛けて放たれた刺突は、目論見通り彼女の着ている巫女服を突き破る。肉に食い込み、骨を削り、血が噴き出る感覚…ああ、気持ち悪い、吐きそう。だからこんな事したくなかったのに。そもそもモンスター相手ならともかく、人同士で怪我してまで争うなんて馬鹿げてる。でも流石にこれで終わ――――ッ!?


 視界の端に何かが奔る影。咄嗟に刀を手放し後退する。同時に今私が居た場所、それも首の辺りを星上さんの刀が横凪に通過した。切っ先が僅かに、ほんの微かに首元を掠める。


 ……は?今何が起こった?


「…外しましたか…絶好の機会だったのに。後で師匠に怒られそうですね」


 目の前には、肩口に刀が刺さったままの星上さん。分かる、状況としては理解できる。星上さんが私の穿を受けながら、反撃してきたという事くらいは。


「当たり前ですが、まだまだですね私も」


 だけど…


 星上さんは苦痛に顔を顰めながら、肩口に刺さった刀を抜くと、私の足元へと放り投げる。


「どうぞ、お返しします。ありすに対してあれだけ配慮してくれたのですから、私も貴女に配慮するのは当然です」


 なんなの、この子…ただの凄く運が良い子じゃなかったの?目の前にいる彼女が、急に不気味な存在に映った。

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