ダンジョンワンダラー!

はいぺりごん

第1話 それは突然に

 なんで…なんでこんな事に…!後ろを気にする余裕すらなく、全力で走る。地面が石畳で出来ているのは不幸中の幸いだった。もしこれが森林エリアや雪原エリアだったらまともに走る事すら出来ず、既に死んでいたと思う。


《レナちゃん頑張って!》

《やばいやばいやばい!マジどうなってんの今!》

《とにかく全力で逃げないと!!》

《くそ!誰か他にいないのかよ!?》

《これ逃げきれんの?残り時間あとどれくらいよ》

《だからソロでダンジョン潜るの止めとけつったのによ。ご愁傷様~》

《カスが!今そんな事言ってる場合じゃねえだろ!》

《階層閉鎖されたのが8:30頃だったから、後40分逃げ続けなきゃ…だけど》


 レナちゃんと呼ばれる配信者を心配する声と揶揄する声が入り交じり、高速に流れ続けるログ。幸か不幸か、登録者数10万人越えによる記念ダンジョン配信は、まさかのワンダラー出現によって、今までの配信の中で最高の盛り上がりを見せていた。当の本人は逃げるのに必死でそれどころではなかったが。


《つうかワンダラーって本当にいたんだな。作り話だと思ってたわ》

《年末宝くじの一等より遭遇確率低いらしいからな。しかも探索者人生で遭遇出来ても1度のみらしい》

《まじで?ならレナちゃん相当運が良いってこと?》

《お前それ本気で言ってる?遭遇出来ても1度=そこで人生終了って意味なんだが》

《え…そういう意味で一度なの?ならレナちゃんマジでヤバいって事じゃん!》

《だから皆やばいつってんだろうが!!》


 ワンダラー、それはダンジョン内で最凶のイレギュラーエンカウントである。ゆえに膨大な犠牲を出しながらも、数少ない生き残りの証言から、その発生条件や対処方法は検証されてきた。


《モンスターとあまり遭遇しなかったから嫌な予感はしてたんだよな》

《起こった後にそんな事言われても意味ないんだわ》

《警告してた奴はいたぞ。荒らし扱いされてすぐ消えたけど》


 ワンダラー発生前、その階層からはモンスターが消える。つまりモンスターと遭遇しなければ、それはワンダラー発生の前兆と捉える事が出来るが、そもそもワンダラー発生は極低確率であり、モンスターと遭遇しなくても、それは他の探索者が倒した後をリポップ前に通過していると判断するのが普通である。転移石や転層石はそれなりの値段がする為、モンスターと遭遇しないから使用するといったケースはまずありえない。


《お前ら探協には通報したよな?そろそろ応援来てもいいんじゃないのか?》

《確かに。この配信拡散されまくってるし、B級やA級探索者ならもう駆けつけてもいい頃だろ》

《情弱乙。ワンダラー発生時は階層転移は利用不能になるんだよ(笑)》

《mjd?なら応援来ないってこと?》


 ワンダラー発生中は、階層転移が出来なくなる。つまりダンジョンに入る事はおろか、脱出用の転移石や、階層移動する為の転層石も使用不可能となる。


《外からの応援が見込めないって事は、このまま逃げ続けても意味ないんじゃ?》

《そりゃ逃げ続けても意味ないだろうけど、だからってあんなの倒せるのか?》


 画面一杯に光る閃光、それを横っ飛びに倒れこんでかわすレナちゃん。後ろをチラと振り返るも、すぐに立ち上がりまた駆け出す。


《うわあああああああ!今のマジで危なかった!ナイス回避レナちゃん!!》

《後ろ見てないのによくかわせたな。俺だったら今ので死んでたわ》

《レナちゃんはソロでダンジョン潜るくらいだからな。さっきのビームも発動前の魔力感知したんじゃないか?》

《何で今あそこにいるのが俺じゃないんだ…今すぐレナちゃんと代わってあげたい》

《雑魚乙wwお前らなら遭遇即死亡だから。相手はA級のギガントゴーレムだぞ?C級探索者が未だに生きてること自体奇跡みたいなもんだから》

《そもそもそこがおかしいんだよ!ここは草原のC級ダンジョンだろ!なんでゴーレムがいるんだよ!》


 ワンダラーが最凶のイレギュラーエンカウントと言われる由縁。ダンジョンランクが最低でも1つ上のボスモンスターがワンダラーとしてダンジョンの枠を超えてランダムに登場し、なおかつそのモンスターに適した階層に変化するのである。


《まあでもギガントゴーレムだったのは不幸中の幸いだったな》

《ゴーレム系は素早さ低いからな。攻撃も大味だし》

《これが鳥や魚系だったら詰んでただろうな》

《これなら倒せなくても時間一杯逃げきれそうじゃないか?》

《いやいやお前ら、普通のギガントゴーレムならワンチャンあるだろうけど、こいつワンダラーだからな?素早さとかある意味関係ないし》


 それなりに強力な攻撃だったのか、ビームを撃った後一時停止するギガントゴーレム。これ幸いと距離を離すべく出口、この場合は登り階段のある方向へ駆け出すレナちゃん。このままいけば逃げ切れる…!心に灯る微かな希望、それはしかし、目の前の空間がブレると同時に現れたギガントゴーレムによって即座に潰える。振り下ろされる巨腕、何がなんだかわからない!全力で回避。直撃だけは避けれたけれど、衝撃波で吹っ飛ばされて、壁に叩きつけられる。砕け散った床の破片が体を強かに直撃する。


 なん…で…


 体がろくに動かせない…このままじゃヤバい。だけどそれ以上に混乱していた。なぜこいつが目の前にいるのか理解できない。さっきまで自分の後ろにいた筈、距離を稼げた筈なのに。


  衝撃で普段は切っているコメント読み上げ機能がONになったのだろう。配信機材が視聴者のコメントを読み上げ始めた。怒涛の勢いで読まれ続けるコメント。ワンダラー遭遇という奇禍、視聴者による無責任な拡散、生放送という極限のリアルタイムショーにより、今やレナちゃんの生放送は視聴者100万人を超えていた。今の彼女にそんな事を気にする余裕はないが。


 そして垂れ流され続けるコメントから、不幸にも疑問の答えを拾ってしまう。


《ワンダラーから逃げ切れるわけないだろ。ワンダラーは出現階層外に移動しないけど、出現階層内ならどこにでも瞬間移動できるからな》

《ワンダラーに遭遇した時の対応は2つ。時間一杯逃げ切るか、倒すか。でも実質選択肢外の強制一択なんだよね》

《自分より遥かに格上で瞬間移動する相手に1時間逃げ切る、もしくは倒すとか今年の糞ダンオブザイヤーはこれで決定だわ》

《逃げ切るといってもなぁ。それって同じ階層にいた奴らがレイド組んだけど、全滅一歩手前だったってやつだろ?急に消えたからおそらくワンダラーには時間制限あるんじゃないかっていう。それもあくまで予想だけど》


 瞬間移動!?そんな相手に1時間逃げ切る?レイドPTを全滅直前まで追い込む相手に?目の前にはボスモンスター。壁に叩きつけられて全身が痛い。足もダメージを負っている。後ろは壁で逃げ道はない。何より今の攻撃をくらったお陰で体がろくに動かない。こんな状態でどうしろって…


 せっかくここまで頑張ってきたのに…こんな所で終わるなんて。ダンジョン配信は危険が伴う。そんな事は分かっていた。分かっていたつもりだった。でもなんで…よりにもよって、10万人登録記念という、私にとって一つの節目、とても大事な放送で、ワンダラーになんて遭遇してしまったのか。


 いや、わかっている。悪いのは自分だ。少しでも目立つために、特徴を出すためにソロでのダンジョン配信を選んだのは私。記念配信でこのダンジョンを選んだのも私。モンスターと遭遇しないから探し回ったのも私。ワンダラーの出現条件は聞いてたけど、気にしてなかった。遭遇するなんて考えもしなかった。だって宝くじに当たるより低いのよ!?そんなかもしれないで行動するわけないじゃない!!


 ギガントゴーレムは動かない。もしかしたら動けないのかもしれないが、瞬間移動をするなら関係ない。動けない私を見て心なしかニヤついているようにも見える。ゴーレムだから表情なんてないはずなのに。


 チラッと左腕に付けたカウンターを見る。数字は120万を超えていた。思わず笑みがこぼれてしまう。まさか私の配信を120万人が見てるなんて。これを普段のダンジョン配信で成し遂げられたのならどれだけ嬉しかったろう。でも私はここで死ぬ。配信が切れたら良かったんだけど…きっと色々言われるんだろうな。お父さんやお母さん、友達にも迷惑かけるだろうし…


 私が動けないのが分かっているのだろう、ゆっくりと近づいてくるギガントゴーレム。きっとわざとだろうな。私が少しでも怖がるように、絶望するように。本当にモンスターってのは性質が悪い。それを倒して生活してる私たち探索者も似たようなものだけど。


 せめて…せめて最後に、お父さんとお母さんに伝えなきゃね。ここまで育ててくれた感謝と、そしてここで死んじゃう事への、娘が殺される所を見せられる事へのごめんなさいを。そっか…私の死に様が世界中に配信されちゃうのか…うぅ…嫌だ…死にたくなぃ……


 ギガントゴーレムが私を掴もうと手を伸ばす。喚きたいけど…泣き叫びたいけど…

せめて最後くらいは、少しくらいは、皆に迷惑をかけたくないから…死への恐怖を、殺される事への発狂を、ほんの少しだけでも抑え込む。


「おと…うさん、おかあ…さん…ばかな…むすめで…ごm

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