第41話

 すると、周囲の白装束の男たちが懐から各々の武器を取り出し、ソリバの方へと走り出す。その数は6人。ソリバは人数をさっと数えてから、片手に握っていた宝剣を握りなおす。それと先頭を走った装束の男がナイフを振りかぶるのが、ほとんど同時だった。


 カァン……という、低い独特な唸りを響かせ、宝剣はナイフを受け止めた。すぐに刃を弾き、次の攻撃へと備えるも、間髪入れずに二人目がソリバの懐へと入った。


 短刀が彼の首筋に伸びたその瞬間、ソリバは右足で装束の男のみぞおちを蹴り飛ばす。装束の男はグッと息を詰まらせ、咳き込んだ。


 右足をそのまま前に出して踏み込み、左足に力を溜めながら、宝剣を一度鞘の中に納める。ふっと息を吐き、鞘をほぼ水平に傾け、居合の構えを取る。


 装束の男の一人が、瞬きをした。


 強風が巻き起こったかのようだった。武器を構えていた者たちはことごとく弾かれ、後方へとよろめく。ソリバは抜刀して宝剣を振りぬいただけであるが、その勢いは凄まじく、大の男の体幹を揺るがしてしまうほどであった。



「何のつもりだ!」



 気を失ったラニを抱えた男が言った。長い髪を後ろで団子にした、屈強な男である。


「これは我々への妨害行為に当たるぞ。たとえ一般人であろうと、処分の対象になる! それを分かっているのか!」


 妨害行為、一般人、処分、それらの単語の意味を、ソリバは正確に理解していない。しかしそれが理不尽な強硬手段であることは、何となく頭の隅に感じられた。


「君たちってどうしてそう偉そうなのか知らないけどさ……。ちょっとは話をしようって気にならないのかなぁ。私たちは彼がどうして連れていかれるのか分からないだけ。納得のいく説明をしてくれるなら、何も手出しはしないって」


 ディジャールが壁にもたれかかりながら言う。その軽々しい語気は張り詰めた空気を和らげるが、未だ両者の間で生じる狭間は埋まる気配がない。


「貴様、無礼な……」


 屈強な装束の男が怒鳴りかけたとき、仮面の者が左手を掲げる。その意図を悟った男は、開いた口をすぐに閉じた。どうやら、明確な上下関係があるようだ。



「貴君らの言い分も理解できよう。しかし今は緊急のことでな。この子供を早急に本部へと連行しなければならない。そこを通していただけないだろうか」




「……うーん、イマイチ話が通じないみたい。どうする?」


「ラニを救出する。それ以外ない」


 だろうねぇ、とディジャールが笑う。手助けはしない、とでも言いたげに腕を組み、肩をすくめて見せた。その後ろで、話について行けていない新人が、おどおどと肩を迷わせている。


「致し方ない……。非礼ですが、お許しを」


 ソリバが再び剣の鞘を水平に傾けた、その時だった。ラニを取り押さえていた男が懐から何かを取り出し、ソリバ達の方へと投げつける。彼は宝剣を抜いて、投げられたそれを刃で切り裂くも、それはボフン、という音を立てて暴発し、白い煙を辺りに充満させた。


「煙幕ねぇ……」


 白い煙の中から、ディジャールの声がかすんで響く。催涙の類のようで、煙が目に触れると、途端に痛みが走り、涙がにじんだ。


 煙の中で複数の人間が動いている。その気配は感じながらも、大量の煙に咳き込みながら、それを正確にとらえて攻撃することはできなかった。


「痛っ! なにこれ? 痛い!」


 新人が情けない声を上げて目を抑える。しかしディジャールだけは、その煙の中でも平気そうに敵の姿を捕らえていた。装束の男たちの姿を捕らえていながら、ディジャールは足を踏み出そうともしない。


 ようやく煙が薄まる。ソリバは辛うじて目を開け、色のついた景色を見回した。白装束の男たちの姿はなく、どこかへ忽然と消えてしまったようだった。


「どこへ行った……」


「本部とやら、だろうね。……文字通り煙に巻いて逃げられたみたいだけど」


「追う方法はあるか」


「なんで追うの? 厄介事に自ら首突っ込む気? ……もう兵器のことはいいからさ、早く次の国に行った方がいい気がするけど」


「……それはそうだが」


「ね、ほら行こう。この間にも呪いは進行しているんだから」



 晴れていく煙の中、ソリバは迷いながら剣を抑えた。あの晩に話した少年にまったくの情がない、と言えば、真っ赤な嘘になる。しかしディジャールの言う通り、今はゆっくりと出来る旅でもない。幼さを残した瞳が脳裏に映る。ソリバは首を振った。



「ああ、もう行こう」


「おい」



 ふと、薄れた煙を腕で払いながら、鬱陶しそうに眉を寄せて歩く男が現れる。



「ああ、アフラム。やっと来たの」




 遅いよ、と言いかけて、ディジャールは言葉を詰まらせた。



「こいつに話をしに来たんじゃないのか」



 アフラムが雑に放り投げたその子供は、まさしく、気を失ったラニそのものであった。

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