第27話

 アフラムがイファニオン人の女を追う十数分前のこと。古びた工房にくっつくように拵えられた小屋の中で、ソリバが少年の手当をしていた。


 右足に刺さっていた破片は、幸いにも奥の方まで行っていないようだった。ソリバは器用に破片を取り除き、手慣れたように処置を行っていく。その間、少年は気まずそうに表情を暗くさせて黙っているだけだった。


 あっという間に包帯がきっちりと巻かれる。ハサミで余分な包帯を切り取ると、ソリバはようやく口を開いた。



「軽傷だ。二、三日清潔にしていれば治る」


「あ、ありがとうございます……?」


「いい。しかし、これは一体?」


 ソリバは傍らに置いておいた、少年の足から取り出した破片をピンセットで掴む。黒く尖った金属のようだが、それ以外には分からない。小さいながらもそれなりの重さがある。破片の尖ったところには、血液が絡みついていた。


「えっと……ただの、破片っていうか」


「何の破片だ?」


「んーと……わ、忘れた……的な……」


 明らかに何かを隠そうとする態度に、ソリバは容赦なく詰問する。


「それでは困る。これが毒素を含む金属だったらいけない。こんな簡単な処置ではなく、専門医に見せなくては。これは何だ」


「て、鉄です。ただの鉄……まあいろいろ混ぜてあるけど……でもこの形なら何もついてないし……」


 ボソボソと呟くように言う少年は、服の袖を握って落ち着きのない様子だった。困ったような表情で目を泳がせ、緊張しているようだ。




 と、不意に小屋の扉が開いた。ディジャールが手に何か道具のようなものを手にして入ってくる。それは工房の棚から手に取っていたものであった。


「ねえ君。これ、本当に君が作ったの?」


 挨拶もせず、唐突に訪ねる。少年が振り返ると、突然血相を変え、ディジャールの手からその道具を奪い返そうと掴みかかった。


「おっと」


 しかしディジャールはひらりと躱す。少年は先ほどのような落ち着きのない態度とは打って変わり、怒りを露わにした様子であった。


「返せ! 僕のだ!」


「悪いね。でもその前に私の質問に答えてくれるかい? そうしたら返すから」




 そう言って少年を躱しながら、ひそかにディジャールは少年に対して催眠をかけていた。低コストでできるまじない程度の魔法であるが、催眠は年齢が幼いほどよく効果が表れる。




 少年はしだいに行動が鈍っていく。大人であれば毛ほども感じない脳の変化であるが、発達段階の子供の脳には十分であった。少年は疲れたように体をグッタリとさせ、木製の椅子に大人しく腰かける。


「良い子だね。じゃあいくつか質問するから、正確に答えるように」


「……うん」


 すると、その一部始終を見ていたソリバが立ち上がり、少年の目の前に立ちふさがった。


「おい、この子供に何をした」


「何も。ただ簡単な催眠をね」


「今すぐ解け」


「何故? 大丈夫だよ。ちょっとの間だけだし、コインぶら下げて揺らしたのと変わらない」


 ディジャールはソリバを半ば強引に押しのけ、少年の目線に合わせて膝をつく。顔をよく近づけ、少年の様子を確認しているようだった。


「君の名前は?」


「……ラニ」


 そう名乗った少年は、居眠りでもしているようにぼうっとして、瞼を半分閉じかかっていた。


「じゃあラニ。これは君が作ったの?」


「うん」


「どうやって使うの?」


「そこの筒に金属玉を入れて……引き金を引く」


「爆発と関係ある?」


「ある」



「おい……もういいだろう」



 手慣れたように尋問をするディジャールに、ソリバが横やりを入れた。催眠のかかった状態でも応答しやすいよう質問を簡潔にしていたところを見るに、何度も同じことをやったことがあるのだろうと予想される。それに少し恐ろしくなり、ソリバは咄嗟に止めに入ったのだ。


「これを使うと爆発が起きるの?」


 しかし、彼はそれを無視して質問を続けた。


「そう。未完成だから……。上手く玉が出ないし、火薬の暴発が起きる」



「おい!」



 そのソリバの怒声で、ラニと名乗った少年が目を覚ます。閉じかかった瞼が開き、混乱したように周囲を見回していた。


「……あれ?」



「まったく……。まあいいや。じゃあこの入っている金属玉を発射する兵器ってことだね」


 それだけ言うと、ディジャールは踵を返して小屋の外に出て行ってしまう。ラニはまだ混乱しているようで、必死に自身の記憶を思い起こそうと、頭を抱えて黙っていた。





 突如として爆発音が鳴り響く。小屋の外からのようだ。ラニはビクリと肩を震わせ、すぐに表へと走っていった。


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