第18話

 が、そのときだった。



 王宮の方から、今までで最も大きな地響きが鳴る。先ほどよりも大きく揺れ、地の底から何かが這い上がってくるような振動を感じた。深い唸り声はハッキリとしており、明らかに異様な何かがそこにいることを暗に示していた。


 と同時に、王宮の一部が音を立ててガラガラと崩れ落ちる。庭の方にも瓦礫や割れたガラスが降り注いできていた。ソリバは咄嗟にティフルに頭を抱えて伏せるよう言い、自身の剣を抜いて刀身を露わにする。


 その時、ひときわ大きな唸り声と共に、王宮の内部から何か大きな物体が突き抜けた。王宮の壁を破り、先端の指のようなものが痙攣しながら不規則に動く。ソリバは眼鏡を直しながら目を凝らした。



 それは、巨大な人骨の腕のようであった。



「……あっ、ディジャール様!」


 誰かが叫ぶ。ソリバは庭の方を見回すも、左大臣であるディジャールの姿はどこにもない。右大臣のアフラムもそうであった。もしや死んだのでは。そんな考えが頭をよぎったが、それはすぐさま打ち消された。


 ヒールの靴音と共に、どこか楽しそうな声が聞こえてきたからである。



「やあやあ、皆さん! どのくらい生き残っている? 陛下はご無事かい?」


 この事態に似つかわしくない、興奮の混じったような楽観的な声だった。ソリバが声の方に目を向ける。そこには、王宮から歩いて出てくるディジャールの姿があった。


 その隣を、アフラムが見たこともないような剣幕で歩いてきた。怒りをここまでハッキリと出した表情を、未だかつてソリバは見たことがなかった。


「ああ、陛下ァ! やはりご無事でしたかぁ。何より、何より。そうでないと……」



 ディジャールが言葉を切ると、彼らの背後の扉が、土煙を巻き起こして大破した。硬い木材の扉の破片が飛び散り、もくもくと上がる土煙の中から、白くて大きな何かが姿を現す。


 扉を破壊し、その周辺の壁をも破壊して、大きな何かはゆっくりと動いている。赤茶色の土煙がだんだんと晴れてきて、その白色が見られるようになったその時、ソリバは思わず剣を落としそうになった。


 それは先ほど見た通り、巨大な人骨のようであった。扉を破壊したそれは、完全に人間の骨の腕であり、関節がギチギチと音を立てながら曲がる。それはソリバを手のひらに納められるほどの大きさであった。巨大な人骨の手は、庭の地面にべったりとついた。


 土煙の奥から、その手の持ち主であろう者が姿を現す。それは巨大な骸骨であった。その形状は人間のものとよく似ているが、違う点を挙げるとすれば、その大きさと、こめかみから生えた大きな角であろう。


 巨大な人骨は両腕で地を這って進んでいるようである。ズルズルと引きずられた胸部の肋骨に瓦礫が溜まり、骨の一部がところどころ欠けている。


 しかし、肋骨の数も異常である。人間のそれよりも、明らかに数が多い。その中心の背骨からは、小さな腕の骨がちょろちょろと生えていた。両腕ほどに巨大ではないが、その数は多く、おそらく本来は腕が複数存在する生物であると予想された。


 ようやく王宮の外に這い出ることが出来た人骨は、ゆっくりとその動きを止め、アフラムとディジャールの後ろで大人しく腕を休める。



「こいつを用意した意味がなくなってしまうからね」


 ディジャールは平然とした様子で言った。その言葉で正気に戻ったソリバは、両手の中の剣を構える。


「どうです? こいつを呼ぶのに随分苦労したのですよ。クリミズイ人の子供の寿命を二十人分つぎ込みました。それでも完全形には至らず、まだ成長途中のモノなんです。恐ろしい奴だ」



 ディジャールは満足そうに言っていた。その言葉に反応し、衛兵隊長が隊列を引き連れて前に出る。



「貴様……まさか、イファニオンの者か」


 衛兵隊長は剣を抜きながら、ゆっくりとディジャールの方に歩いていく。しかし当の本人はさほど気にする様子もなく、飄々として言葉を続けていた。


「ああ、言っていなかったっけ。私も、このアフラムも、イファニオンの出自ですよ。それが何か?」


「ふざけるな! では一連の誘拐事件も、貴様らが主犯だったというのか!」


「ご名答。まあやったのは金で釣った悪党どもだったからねぇ、情報を吐かれる前に、もう全員始末してしまったけど」


 ディジャールが言葉を言う度に、衛兵隊長はわなわなと震えだす。剣がガチガチと音を立てて震え、眉間に皺が寄っていく。



「そんなことが許されると思っているのか……! 貴様らのせいで、何人が死んだと思っている!」


「数えてはいないけど、この国全体に嵐を起こすことが出来るくらいかな?」


「このッ……クソ野郎が!」



 衛兵隊長が怒りのまま切り込みにかかる。凄まじい速さで大きく剣を振りかぶり、目にもとまらぬまま、ディジャールに剣が入るかと思われた。

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