第14話
クリミズイ王国の隣には、ドワネスフという国が存在していた。
そこは鉱山や洞窟が豊富で、重化学工業から軽工業まで、様々な技術革新がなされてきた民主国家である。現代までに多くの産業革命を起こしており、「技術の国」、または架空の生物になぞらえて「ドワーフの国」などと呼ばれている。
ドワネスフはクリミズイ王国の友好国の一つであった。クリミズイ王国が誇る最先端の医療技術も、その多くはドワネスフの協力によって発展してきたものである。
その技術の国へ、アフラム一行は足を踏み入れた。
ドワネスフに観光客は滅多に来ない。観光名所と呼べるものはほとんどなく、国の多くは工場と、作業小屋が占めているためである。職人気質で小難しい性格のドワネスフ人は、外から面白半分でやってくる客人をあまり歓迎しない傾向にあった。
そのため、ドワネスフにやってくる外国人は、大抵は旅商人か、職人に弟子入りを頼みに来る若者である。
アフラム一行も、どうやらそのどちらかに見られているようであった。平均的に背の低いドワネスフ人の町を歩くと、彼らの姿は嫌でも悪目立ちしてしまうものである。
「この国を渡るのか」
ソリバが銀縁眼鏡を直しながら言った。
「そう。イファニオンへはここから三つ国を渡るのが近道だ。ここは技術の国だし、何か役立つ物も得られるかもしれない」
答えながら、ディジャールは歩いている大通りの左右を物色している。有力な武器か、馬車の一つでも探しているのだろう。
彼らの所持品は簡素なものだった。長い旅をするために、あまり多くの物品を運ぶことは出来ない。最低限の衣類と携帯食料、そして王宮から施された金品を麻袋に入れて、肩から斜めに下げている。
ソリバと衛兵は腰に剣を納めているが、アフラムとディジャールが持つのは刃渡りの短いナイフだけであった。
魔法で加工してこしらえたものであるが、簡易的なものなので強度は十分でない。まともな攻撃を受ければ、三、四発程度で壊れてしまうだろう。
ディジャールの持つそれは、すでにソリバの一撃を玉座の間で受け止めている。そう長く持つとは思えない。
「ひとまず解散しない? 買い物がしたいんだ。荷物が心許なくてね」
ゆっくりと歩きながらそう言うディジャールに、ソリバが即座に食って掛かった。
「許可出来ないに決まっているだろう。俺の目の届かない所で、何をするか分かったものじゃない」
「ただの買い物だってば。鍛冶屋に行くだけ」
「駄目だ」
厳しく言い切るソリバに、ディジャールは苦笑する。頑固で馬鹿みたいに真面目なところは、出会った頃から何も変わっていなかった。人の顔を伺わずに空気を読まない発言をするせいで、上官から嫌われていたのを本人は知らないらしい。
「じゃあ、こうしよう。二手に分かれる。ソリバと衛兵君が、それぞれ私とアフラムに付いて見張っていれば、それでいいでしょ?」
「……」
ソリバは無言で、隣の若い衛兵の顔を見る。その目は今にも「任せてください」と言わんばかりに輝いていた。ここにいるのが副隊長や隊長補佐であれば、大きな不安はなかっただろう。しかし両名はすでに病に侵されており、旅の同行は出来なかったのだった。
ディジャールの指名によってこの新人が選ばれたのであるが、ソリバは当初からこの選択が最適だったのか悩んでいた。明らかに使えない、経験の浅い者を指名している。それがディジャールの思惑が働いているようで、ずっと落ち着かなかった。
ちらとアフラムの方を一瞥する。彼はいつもの不機嫌そうな顔をして、我関せずの態度を保っていた。あまり積極性のないアフラムならば、この新人にも任せられるかもしれない。
まだ本性を現していないだけかもしれないとも考えた。しかしその思考には、地下牢獄で枯れたように呼吸している彼の姿がよぎる。
「……わかった。ではディジャール、お前には俺が付く。新人はアフラムに付いて見張れ」
「話が分かるようで助かったよ」
そう言いながらも、まだ心の中ではソリバは迷っていた。意気揚々と返事をする新人の襟首をつかみ、
「いいか。絶対に目を離すなよ。これが逃亡すれば、王国の衛兵の名折れだ。その剣を持つ者として、職務を全うしろ。いいな」
と、いつも兵に命令するときよりも念を押して言った。新人はその剣幕に震え上がり、上ずった声で何度も返事と敬礼を繰り返す。
「よし。では分かれる。三十分後、再びここへ戻ってくるように。……行くぞ」
「私たちは衛兵じゃないんだけど……。まあいいよ。どこの鍛冶屋がいいかなぁ」
命令しているような口調に不服そうながらも、ディジャールとソリバは大通りの奥へと進んで行ってしまう。
そこに取り残されたアフラムと新人である。新人は恐る恐るアフラムの方を見るが、当の本人は興味なさげに明後日の方を見ていた。
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