狂闘イファニオン

かえさん小説堂

第1話

 玉座の間は震撼した。


 書類が散らかった大きな長机を取り囲むように国務大臣たちが立ち、それをかばうようにして、屈強な衛兵たちが剣を構えて臨戦態勢をとる。先ほどまで彼らが座っていた椅子は、音を立てて床に転がった。


 玉座の間の大きな扉は音を立ててゆっくりと開いていく。その場の空気に、鋭い糸が張り詰められたかのようだった。


 長い礼服を着た国務大臣たちは皆怯えたような表情を作り、自らの背後に座っている国王の視線を感じながら、どよめいて、貧弱な細い四肢を漂わせていた。


 それに対し、彼らの数段上の玉座に腰かけた黒ひげの男は落ち着いている。


 頭上に輝く王冠をピクリとも乱さず、ただ黙って、目の前に起きた出来事を傍観しているようであった。


 扉の半分が開く。衛兵たちは身構えた。中でも玉座の一番近くにたたずむ、銀縁眼鏡をかけた衛兵は、レンズの奥から鋭い目を一心に扉へ向けていた。



「やぁ、会議は順調ですかな?」

 


 扉の影から、若い男の声が響く。


 聞き馴染んだその声に、一同は目を見開いた。玉座に腰かける男だけが、静かに瞳を据えていた。


 やがて扉が全開となる。部屋の明かりが漏れ出て、扉を押し開けた人物の影が伸びる。



 そこにいたのは二人の男であった。


 一人は端麗で整った顔の口角を上げ、人のよさそうな笑みを浮かべている。もう一人は背が高く、ひどくやせ細った体をやっとのことで支えているようだった。機嫌が悪そうに眉を寄せ、見るからに苛々としている。


 二人はいずれも、黒を基調にした丈の長い服を身にまとっていた。


 笑みを浮かべる男の方には青い糸で蝶の刺繍が施され、不機嫌な男の方には、赤い糸でサソリの刺繍が縫い付けられている。


「お困りのようだったから立ち寄ってみたのですがね」


 青い刺繍の男が口を開いたその時、銀縁眼鏡の衛兵が駆け出した。


 彼が足を踏み出したかと思うと、その場から姿が消える。次の瞬間、その衛兵は目にもとまらぬ速さで抜刀し、笑みを浮かべた顔にその刀身を振りかけた。


「……礼儀がなっていないなぁ」


 が、笑みを浮かべた男は顔をのけぞらせてひらりとかわし、ゆらり、と動いてあっという間に衛兵の背後へと回ってしまう。


 衛兵はすぐさま振り返って刀身を振る。


 しかしその刃は金属音と共に虚空で止まり、男の細められた目から放たれる異様な影を反射させた。


「不敬罪に処す」


 玉座の間の時間が止まる。一連の出来事に、その場のほとんどの者がついていけていなかった。


 あまりにも速すぎる。先ほどまで身を固くしていた衛兵たちも、ぽかんとした顔で、剣を握る手を緩めていた。


「なぁんて、ね」


 男は笑い声をあげた。その場の空気にそぐわない明るい声に、かえってその場は静まり返る。重なり合った白い刃は拮抗し、一寸の乱れもなく虚空にとどまっていた。


「まぁ、落ち着いてください。私がこの城に戻ってきたのには、きちんと理由があるのですから。……わざわざ、嫌がるコイツを連れてね」


 不機嫌そうな男は顔を背けた。焼け焦げたかのように汚らしく伸びる白い長髪は、かつての艶を完全に失っていた。


「今こそ、王の両腕の出番でしょう、ね?」



 黒い服に赤と青の刺繍。それは、この国の右大臣と左大臣にのみ着ることを許された、礼服であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る