十一.
「あたしら生徒会の心配する暇があるなら、もーちっとあたしらに迷惑かけない部活動を心がけてくれない?」
「心配なんかしないよ、優秀なきみに僕風情がそんな……でもきみこそ、よその部を抜き打つ暇があるなら先に自分の身の回りを洗ったほうが良いんじゃないかい。本当に贔屓なしの公平な生徒会活動をする気があるなら、だけど」
榊先輩は誰に許可を得るでもなくふらりと部室へ引き返していった。眉ひとつ動かさなかったりえか会長にこれ以上探りを入れるだけ無駄だと思ったのかもしれない。
そしてサバゲー部も、部室には人っ子ひとりいなかった。例のフィールドに出向いているのか、そもそも今日は活動なんかやっちゃいないのか。
部室となっていた元・三年二組の教室にはエアガンやロープ、迷彩服が散乱していて、あたかも教室が不当に占拠されているような錯覚に陥るほどの
……二年前、か。
なにがあったか知らないけれど、少なくとも二年前には、この教室は普通に使われていたという。二年二組も、一年二組も、本来は登山部やマジック部に遊ばせておくような場所ではなかったはずだ。
今年にいたっては一学年一クラスを揃えるのも苦労したらしい。入試の倍率を見れば一目瞭然か。私立の醍醐味とも呼べそうな部活動だってどこもかしこもこの有様、ただでさえ通いづらい廻谷。来年以降はもっと定員割れを加速させていくんだろうな。
なんで、そんなにも落ちぶれてしまったんだろう。
生徒会室に帰ってきたのは午後二時過ぎだった。りえか会長は回転椅子に腰掛けたまましばらく僕と口を利こうとしない。数々の失態を目にしてブチ切れているのだと最初は僕も静かにしていたけれど、どうも腹の内は違っていたようで、
「……明日、やっぱゴルフ行くの辞める」
おもむろにそんなことを言い始めるから、僕は慌てて思い留まらせようとした。
「そ、それはダメですよ。大事なグループの付き合いなんでしょう?」
「明日も活動してる部はいろいろあるじゃない。あんたにひとりで乗り込ませるほうがもっとダメだわ」
「いや、ひとりじゃないですよ別に。生徒会には──」
──早希先輩もいる、と言おうとしたのか。
最後まで言い切れなかった。なんて情けない。だって今の早希先輩は……。
「辰吾先輩もいるじゃないですか」
代わりに口をついて出たのは副会長の名前だ。
「もうちょっと強めに誘えば、明日はきっと手伝ってくれますよ。休日なら居残りもないでしょうし」
「あいつこそ今は暇じゃない。あのチャット打っても来ないってことはそういう意味よ」
……うん。
だから、あなたは辰吾先輩のいったいなにを知っているんだ。一応チャットには全員ぶんの既読が付いてたとはいえ。
「予定潰してまで調べるようなことでもないですよ、これは」
ソファに深く座り込み、諦めたように本音をこぼす。
「どうせ明日だって、今日みたいなくだらない結果になるに決まってます……」
すると、りえか会長は突然席を立ってつかつかと歩み寄ってくる。うつむいていた視界に上履きが映るなり、急に両頬を強い力で引き上げられた。
「ふわあっ⁉︎」
至近距離にりえか会長の顔があり、間抜けな声を漏らしてしまう。
「くだらなくなんかない」
「なっなんですかあ⁉︎ 離してください!」
「意味はちゃんとあったわ。あいつらが今なに考えてて、なにやろうとしてて、今の生徒会や学校をどう思っているのか。それを知ることに意味があるのよ」
いつになく真剣な眼差しで、
「あのね淘汰。ぶっちゃけた話、部活動なんてなにしてたって良い。成績が付く授業じゃあるまいし、本気でやりたきゃ個人でクラブ活動なり習い事なり、方法は他にもいくらだってあるもの。だからマジック部みたく遊んでるだけで、本来は学校の部活動なんてじゅうぶん成り立つはずなのよ。……それを許容する余裕が今の廻谷にはないってだけ」
大真面目に説教垂れてくるのが、僕はどうにもいたたまれない。相手を間違えている。それを告げるべき人間はもっと他にいるはずだ──さっきまで山程いたはずだ。
「ただ、これだけは忘れないで。廻谷生を名乗って廻谷の活動としてやってる以上、そこに注ぎ込まれたお金も設備も、先生や籠森の大人たちの協力も、すべてはあたしら高校生に対する未来への投資だから。ボランティアや慈善事業だと思ってるんなら大間違いよ」
「だから、なんで俺に言うんですかっ!」
強引に手を引き剥がし、りえか会長から逃げるようにしてソファの隣のスペースへ身を移す。
「俺なんか成り行きで生徒会に入ったような、元サッカー部ベンチ組の取るに足らない生徒ですから。俺にそんな話したって、それこそ廻谷になんの利益も生みませんよ。そういう話は、見込みがありそうな海堂先輩あたりにして差し上げてください」
「……バカね」りえか会長は目を細めた。
「早希に誘われて生徒会来たんでしょ。それだけでじゅうぶん見込みはあるわよ」
なんなんだ、この人は。常人ではまったく理解に及ばない。
その早希先輩がこういうことになっているから、生徒会は生徒にナメられて、今も窮地に立たされているんじゃないか。
「とにかく、今の自由な時間がいつまでも続くなんて考えないこと。ただでさえ高校なんて三年しかないんだから、この自由を担保するためにあたしたち生徒会がいるってことを常々忘れないでちょうだい」
「……自由に不自由してませんか、今の俺らって」
高ぶる思春期男子の鼓動をどうにか鎮めつつ、
「あんなに好き勝手させて、言いたい放題言わせて、それでも学校中駆け回りながら守らなきゃいけないような自由だと呼べるんですか」
「もちろん。ここまで好き勝手して許されるのってうちくらいでしょ」
りえか会長に胸張って言い切られると、僕は諦めの境地に達した笑いを返す。
やっぱり理解できない。理解はできなかったけれど。
「……そんなに、廻谷が好きなんですね」
「別に? そんなに好きじゃないわよ」
嘘付け、とは笑ってやらなかった。
やっぱり三十万やら予算増額やらは見て見ぬフリ、聞いて聞かぬフリをしておけば良かったんだろうか。らしくもなく変なやる気や真面目さを出してしまったばっかりに、こんな酔狂な生徒会長の当たり前に付き合わされて。
なあ頼むよ早希先輩。もうあなたが犯人で構わないからさ。
生徒会執行部の穏やかな日常のためにも、どうか早く戻ってきてくれ。
× × ×
優雅な心持ちで下り坂を眺めている。
結局ゴルフの予定はそのままに、明日は午前だけ調査に加わると決めたりえか会長が、早めの解散にともなってタクシー会社に連絡を入れた。
「あんた、家どのへんだっけ?」
「
部長たちに振り回された疲労が一瞬で吹き飛んだのが自分でもわかる。さっきまで卑屈だったのがあからさまに態度を変えた僕に、りえか会長は肩を上げておどけた。
「贔屓しないんじゃなかったんですか?」
「ちゃんと仕事した奴を労うのも上司の務めなんじゃない? ま、これは休日出勤の必要経費として落としておくわよ」
その経費ってどこから出るんだ。りえか会長の小遣いか、生徒会の活動費か。もし後者だとしたら、生徒会も大概、限りある学校の予算で悪いことをしている。
タクシーで下山し、鳩ノ巣駅も通り抜けたあたりで僕らは一台のワンボックスカーとすれ違った。
スピーカーから大音量で流される中年男性の演説に、籠森町のあちらこちらで見かけるポスターを思い出す。
「もうすぐ選挙ですね」
籠森町民でない僕にはあまり関係がなかったけれど、町議会議員を決める次の選挙の話題はクラスでも時折耳にする。町でも学校でも過疎化が進んでいく中、クラスメイトの半分ほどが町民であれば図らずともそういった内輪話で盛り上がる日も出てくるだろう。
……別に盛り上がってはないか。せいぜい現職の議員が続投できるかどうかくらいだ。
「りえか会長はもう十八歳だから投票できますね。誰に入れるんですか?」
「言わないわよ。……言わなくてもわかるでしょう?」
わからない、って言ったら無知の恥と罵られるんだろうな。そうか、『鳩ノ巣グループ』の場合はなんだったら選挙の当事者か。
「大事なのはそっちより次の町長選のほうだから。ほら」
窓をこんこんと突いた先、ちょうど政治家のポスターがでかでかと張り出された一軒家が見えた。ナントカ事務所という看板も玄関に掲げられていた気がする。
「かなり若そうでしたね。次の町長選に出るんですか?」
「そ。今からあの男とメシに行くから」
さらりと言ってのけるりえか会長に、自然としかめ面を返してしまう。まさかプライベートなデートではないだろう。
誰に投票するんだなんて聞いた僕が愚かだった。
「ひょっとして賄賂とかもらいに行くんですか? ははは」
冗談半分で茶化すと、りえか会長はタクシーの中で足を組み、心底つまらなそうに息を吐く。
僕はどこまでも愚かだった。
未来への投資──なんて部活動ごときに大袈裟なことを口ずさむ彼女の、言葉には裏さえなかったことを、少しも読み取れやしなかったんだ。
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