第37話
「私があんたの目を覚まさせてやる! キルト!」
「ふふふ......。粋がっててかわいい。でも、このグルーヴはあなたには止められないわ」
私はキュルンのマネをしながら体全体をくるくると回転し、そして人差し指を立てて腕を斜めに上下させた。その後、波のような動きを取りつつ3人全員に指をさした。
「アクア・スプラッシュ!」
その指先から、勢いよく水を放出するとサキュバスたちがずぶ濡れになった。
だが、彼らの洗脳はそんなことでは解除されない。まあ、そうだよね。
「水を差す程度では私たちのグルーヴは止まらないわ。正直、操った人間一人でもあなたに勝つ自信があるわ。ぼうや、行ってきなさい」
キュルンがキルトの背中を押すと、キルトはさっきまで踊れないとビクついていたのにも関わらずステップを踏み、指パッチンをしながらこちらに近づいてきた。
「あんた、ダンスできるじゃない。なら、私と協力してよ!」
二人で円を描きながら、別々のステップを踏んでダンスを披露する。相手に洗脳されて操作されているとはいえ、やはり上手いわね......。こうなったら、一か八かね!!
「キルトって言ってたわよね? 後から文句言わないでよね!!」
私は勢いをつけてぐるぐると体を回転させた。何回も、何回も回転に回転を重ねてトップスピードになった時、私はその勢いを殺さずキルトの頬に思いきりビンタした。
「いたっ!?」
キルト君は洗脳から解除されたのか、びっくりしたような顔でこちらを見つめる。
「説明は後! 私に協力して!」
「え? あ、う、うん。わかった......!」
ようやくキルトが私の隣に来て、一緒にダンスを始めた。さきほどまでのキレはないが、二人で楽しくダンスすることで向こうの独壇場だったステージを取り戻しかけていた。
「そんな......。ビンタ一発でやられるなんて......」
「あんたのそのグルーヴっての、弱いんじゃないの? ただの独りよがりで、自分に酔ってるだけ。それじゃ、ダンスの神様は笑ってくれやしない。本当のダンスは、グルーヴってのは心の底から仲間と楽しむことなんじゃないの!?」
「ダンス初心者が、ダンスを語るなぁ!! まだだ! まだ、私のグルーヴは崩れてない! メテオ・ヘヴィレイン!」
天井から煌びやかな隕石が降りかかるも、私達二人は呼吸を合わせて開始していく。そのままキルトは生成魔法で壁を張っていく。さらに、彼はその壁を利用して別のものを生成していく。
「クラフト=ステア!」
ステージ上に階段が出来上がり、私たちはキュルンの魔法を避けながらそれを駆け上がった。さらにキルトは階段の踊り場に垂直な壁を作り、そこに私が足を駆けた飛び降りていく。
「スパイラル・キック=ドリル!!」
脚部の先端、つま先に魔法を付与してサキュバスの頭を狙う。サキュバスは自分自身のアフロヘアと防御魔法でなんとか耐えるも、勢い余ってステージの外に出てしまう。
「おおっと!? 俺はなにを......。 はっ!? クイーン! お前、ステージを降りてるじゃないか?」
「ついでにお前も!」
私はさっき実力で勝てなかったMCのオークに対しても魔法を付与されている脚で蹴りを入れた。オークはサキュバス同様フッ飛ばされて壁にめり込んでいく。ふぅ、すっきりした......。私たちは観客の居ないステージ上でお辞儀をした。
「ふふ、やるじゃない......。でも、次の相手はそうはいかないわ。そうでしょ、ハンジロー......」
キュルンがステージ奥に話しかけると、奥からボロボロの服を着た男が歩いてきた。その男の身体は服と同じようにボロボロで、骨も見えていた。あいつは多分ゾンビだ。ていうか、ダンスできるゾンビってなんだよ......。
「どうも、拙者の名はハンジローでざる。ダンス四天王は最後の砦。ブレイクダンスのハンジローでござる。よろしく」
「急にニンジャキャラ? よくわからないけど、よろしく......」
私とハンジローがステージで対面すると、音楽が流れ始めた。ポップスよりも少し喧嘩を彷彿とさせるような過激なリズムがゾンビの闘争オーラを増幅しているようだ。
「ブレイクダンスは個VS個。互いのダンスを見せ合うのが主義。でも、某はそうではござらん。忍烈爆風脚!!」
床に手をついて、下半身をぐるぐると回転していく。その動きはベイゴマのように変化していってその足がもろに私への攻撃に変わった。
「うわっ!! なるほど、魔法ではなく格闘スタイルってわけね。嫌いじゃないよ。私だって、ダンジョン仕込みの運動能力がある! なめてると後悔するわよ?」
私は前宙を何回も決めながら、ハンジローの格闘のようなダンスをかわして、彼の床に着いた手を足払いする。だが、その一瞬でハンジローは腕の屈伸で体を浮かせてひょいと躱してしまう。その勢いで彼の頭がもげるも、彼はその頭を曲芸のボールのように使って遊びだす。
「どうやら格闘のいろはあるようでござるな。だが、某に格闘スタイルを取り入れたブレイクダンスで挑もうなど100年早い。忍闘炎舞転!」
ステップを踏みながら、前へ前へと進めていると私の目の前まで来た。そしてハンジローはかかとを床に擦らせて火花を起こしてその炎を靴に纏わせて私の顎を狙おうとした。間一髪でのけぞってそのままブリッジになる。そのままゆっくり床に背中を合わせたあと、背筋と腹筋を使ってリズムに合わせてだんだんと起き上がっていく。
「どう? ちょっと無理したけど、私も結構やると思わない?」
「なるほど、3人を倒しただけはあるでござる。それでも、これには勝てまい! 忍兵人影舞!」
ハンジローがその場で走るような踊りを見せていると、横一列に彼の分身が生まれ始めていった。これは、いわゆる影分身ってやつかっ!!
「どうだ! 某の忍術! ゾンビニンジャ・フォーエバー!」
「意味わからん......。ただ、数だけがダンスじゃないってさっき学んだもんね」
私は見様見真似でハンジローの足さばきをダンスに取り入れつつ彼を倒そうとするも、彼は文字通り手を抜いたり足を抜いたりしてうまく攻撃をかわし続けていく。
「一朝一夕でできるダンスじゃあないでござるよ。ブレイクダンスは......。だが、中々筋がいい」
魔力もこの間の配信分からだいぶ減って来てる......。大技も、下手すりゃ基礎魔法も打てやしない。こんな途中から配信しても楽しくないだろうし、このままダンス勝負しかないってことかっ!?
「姐さん! これを使って下さい!」
ステージ外で見守っていたキルトが投げたそれは長剣だった。片手で振り回せるくらいの長さの両刃剣だ。短剣より距離を詰めなくてたしかに使えるかも......。
「ありがと! 使ってみる!」
私はその剣を振り下ろし、再度前宙した。その勢いを剣に乗せていく。ゾンビの胸部に傷が入るものの、ゾンビはいまだビクともしない。
「剣で某が倒せると思っているのか? だとすれば笑止! ぬ......? ぐわぁ!?」
叫び声が上がるとすぐに、ハンジローの左腕がボトリと落ちて彼がまたくっつけようとしても再生できなくなっていた。
「い、痛みがぁ......!! どうして!!」
「ふふふ......ふっふっふっ! アンデッドタイプは、前回の騒動で研究済みなんだよね。君たちの再生能力を相殺する毒属性の魔法石でその剣をクラフトした! 名付けて」
「ポイズンソード、なんて安直な事言わないでしょうね」
「あー、ごめんなさい......。でも、僕が編み出したんですから僕に名付ける義務があります! ヴェノムセイバーで、どうでしょう!」
「ま、マシかな......。これで、押し切ってやる!!」
「は、反則でござる!!」
「今際の際で言わないでよ。 この剣を投げ入れる時、あなたは何も言わなかった。なら、別にメンバーからのもらいものは使ってもいいって思ってたんじゃないの? これが、今の私の、私達のグルーヴだ!!」
私は剣の先端を床に刺して、そのままコマの軸のようにしてぐるぐると自分自身を回転させていった。その回転は風を生み、風はステージを混沌に変えていく。
「こんなダンス、ありえないでござる!!」
「初めから、何でもありっていったのはそっちだからね!」
剣ごと引き抜いて空中を駆けていく。その先には、ゾンビにも関わらず死に恐怖するハンジローがいた。ただ、私はそこで完全に真っ二つにしたりはしなかった。情けとかじゃなく、単純にダンスの演出として剣のきらめきが必要だった。私は剣をハンジローの目の前で左右に、そして天高く掲げた。
「う、うわああああああ!? あぃえ!?」
そして、そのまま剣先を彼の首元に突きつけた。
「降参しなさい......」
彼の眼差しはゾンビとはいえないほどに生き生きと輝いていて、感動しているようだった。ハンジローは膝から崩れ落ちていった。
「某は......。俺は、負けたのか......」
「なによ。やっぱり忍者語録はキャラ付けだったの?」
私は少し自信満々に笑みを浮かべていると、ハンジローは少しおかしなことを言い始めた。
「そう。俺達はただのキャラに過ぎない。負けキャラだ......。どうしたっても、どうしても君たち配信者に勝てないようになっている。潮時か......」
「その言葉......どこかで」
どこで聞いたかははっきりとは覚えていない。ただ、心の中の深いところで彼の言葉が引っかかった。彼らは、ただのイベントのキャラだってこと? 他に倒したモンスターも全部......。よくわからないけど、勝ったことに変わりはない。
「やりましたね! 姐さん!」
「ええ。あなたのお陰ね」
キルトとハイタッチをしていると、ステージの照明が暗くなってスモークがたかれ始めた。
「四天王を倒したダンスの英雄よ、よくここまで上り詰めた」
渋く、奥に響くような声がステージ上に反響していく。すると、スモークから私よりも一回り大きいゴリラが姿を現した。それも、ただのゴリラじゃない。黒いハットと手袋をしたシブいゴリラだ。
「なにこの激渋イケゴリ......。もしかして、あなたがドッキリコング?」
「ロッキン・コング。敬愛するロッキンダンスの申し子にして、フロアボスだ。私が直々相手になろう、
コイツに勝てば、ダンジョンのこといろいろと知れる!
これは配信のしがいがある!!
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