第24話 死人に口なし
「いらっしゃい」
「ここはお前の家か」
「居心地はいいよ」
翔利と瑠伊が怜央の病室にやって来ると、怜央が軽口で出迎えてくれた。
「瑠伊はまだ怒ってるの?」
「怒ってるって言うよりかは気持ちの整理がついてないのかな?」
結局昨日は紗良の事も中途半端になって、途中から怜央の母親というイレギュラーが入ったので、瑠伊の頭はぐちゃぐちゃになっている。
「じゃあひとまず翔利が伊藤さんの事をどう思ってるのか聞こうか」
「どうって?」
「好きか嫌いかで言ったら?」
「好き」
「一緒に居て辛い?」
「辛くない」
「瑠伊と伊藤さんならどっちと居るのが居心地いい?」
「瑠伊」
「これでひとまず落ち着く?」
怜央が瑠伊に問いかけると、瑠伊がとりあえず頷いた。
「瑠伊の不安要素って、俺が瑠伊よりも紗良と仲良くなるかもって事?」
「鈍感だけど頭のキレはいいよね」
「分かるかよ。俺にとっての一番は変わらずに瑠伊なんだから」
翔利にとってそれは変わらない事だ。
だから翔利には他に目移りするかも、なんていう不安をされるなんて思わなかった。
「いつもの瑠伊に戻ったね」
怜央がそう言うので瑠伊の方を見ると、瑠伊が顔を赤くして俯いていた。
「これですれ違い嫉妬事件は解決だね」
「なにを言ってんだ?」
「翔利と瑠伊の関係を引き裂ける人はいないって事」
「怜央さん!」
瑠伊が今にも泣き出しそうにしながら怜央の名前を叫ぶ。
「病室で叫ばないの。それじゃあ今度は僕の話をしようか」
「もう一度言うけど話さなくていいんだからな」
「大丈夫だよ。話して大丈夫なやつだけ話すから」
その大丈夫が怜央の心的になのか、それとも母親を気遣ってなのか分からないが、どちらにしろ話せない事があるなら話さなくてもいいのにとは思うが、もう何も言わない事にした。
話して楽になるのならその方がいい。
「まずは瑠伊に謝るところからだね」
「謝るですか?」
「うん。実は僕、女の子なんだ」
翔利と怜央の二人だけの秘密はこうして終わった。
聞かされた瑠伊は無の表情だ。
「怒ってる?」
「これはどんな顔をしたら分からないんだよ」
「そうだよね。いきなり実は女子なんて言われたら」
「あ、違う違う。瑠伊は怜央が女子だって知ってたから驚いた方がいいのか、微笑んで受け止めた方がいいのか悩んでるの」
「翔利君!」
瑠伊が翔利の肩を掴んで揺する。
「え? なんで知ってる……翔利が言ったの?」
「多分紗良と平も気づいてると思うけど」
「な、なんで!」
怜央が両手を付いて聞いてくるので翔利が丁寧に怜央を寝かせる。
「俺に分かるんだから瑠伊に分からない訳ないだろ」
「る、瑠伊はいつから僕が女子だって気付いてたの?」
「えっと……」
「正直に言っていいよ」
何故か翔利がそう言う。
「最初からです」
「最初って言うと」
「怜央さんが私に嘘で告白した時には……」
それを聞いた怜央が毛布を頭から被った。
「だいたい、分かるだろ。瑠伊は男子は君付けで女子はさん付けなんだから」
瑠伊は翔利や新の事は君付けで呼んで、紗良と怜央の事はさん付けで呼んでいた。
だから普通に考えて瑠伊は怜央の性別に気づいている事を分かるはずだ。
「翔利は勘って言ってたけど、瑠伊はなんで分かったの?」
「なんででしょう。なんとなく怜央さんは女の子なんだって思ってました」
「分かった君達の勘がおかしすぎるんだ」
「見た目で判断しないんだよ。話せば男か女かなんて分かるだろ」
翔利の場合は興味がなければ性別以前に存在すら分からなくなるが。
「……」
「怜央さん?」
怜央の目元から涙が流れる。
「ごめ、嬉しくて」
「それが怜央の話したい事か?」
「ちが、くて。僕が、僕になった訳を」
怜央が詰まらせながらも言葉を紡ぐ。
「落ち着いてからでいい」
「ふー、大丈夫。僕の名前って女の子っぽくないでしょ?」
「無くはないけど、女子にしては珍しいよな」
少なくとも翔利の周りでは聞いた事はない。
「それね、昨日の母親がこじらせて付けたからなの」
「それって……」
「擁護する訳じゃないけど、ホストに通ってたとかじゃないよ。ただ僕の父親が僕が生まれる少し前に事故に遭って死んじゃったんだ。だからあの人は僕に父親を重ねてるみたいなの」
事故という単語を聞いて、翔利と瑠伊は肩を震わせた。
さすがにないとは思いたいけど、二度あることは三度あるの可能性もある。
「だから僕は生まれてから男の子として育てられてきたんだ」
「一つ確認だけど、大事にはされてるんだよな?」
きっと頷いてくれると思って翔利は聞いた。
だって昨日怜央の母親は「死んだら駄目よ」と言ったから。
その時の顔が無表情だったのはきっと悲しさを堪える為のはずだから。
「ある意味ではされてるのかな。多分普通に暮らすってところでは大事にされてるよ。ただ……」
「あくまでそれは怜央じゃなく、怜央の父親に対してって事か」
「うん。僕は見た事ないけど、顔も似てるみたいだから」
「だから瑠伊が怖がったんだな」
瑠伊を引き取ったあのおばさんも瑠伊の事は見てなかった。
瑠伊の事はあくまで金づるとしか思っていなかったから。
「私を言うなら翔利君もじゃないですか」
翔利も翔利で、親から翔利自身は見られていなく、有名になった翔利を道具として使っていた。
「二人も大変なんだね」
「怜央の聞いたし俺のも聞く?」
「じゃあ話せるとこだけ」
「分かった」
そうして翔利は怜央に自分の過去を話した。
親に半ば監禁のような生活をさせられていた事や金を生む道具にされていた事。
そしてその両親が事故で死んだ事。
「重くない?」
「そう?」
「なんか僕の話が小さくて恥ずかしくなる」
「比べるものじゃないだろ。俺と怜央は違うんだから、感じ方だって違うだろ。それにこういうのは人にどうこう言われていいものでもないだろ?」
「そうだね、ごめん」
怜央が頭を下げて謝ってきた。
翔利も別にそこまでを求めた訳ではないけど、素直に受け取る。
「私のは……聞きますか?」
「瑠伊のはいいよ。話したくない感じなのは見て分かるから」
「ごめんなさい」
瑠伊が申し訳なさそうに頭を下げるので、翔利はその頭を優しく撫でた。
「翔利ってさ、頭撫でるの好きなの?」
「好きだけど、それが何?」
「撫で方が優しいからよくしてるのかなって」
「そんなにはしてないと思うけど」
「翔利君は落ち込んだ人を見過ごせないんですよ。だから『大丈夫』って意味を込めて頭を撫でてくれるんです」
翔利も知らなかった事実を瑠伊が言う。
でも確かに無性に撫でたくなる時はあるけど、それ以外は落ち込んだ顔を見た時に手が伸びる事が多い。
「優男だねぇ」
「うるさい。重い話に戻すけど、怜央の母親が言った『死んだら駄目』ってのは、怜央が死んだらまた父親を亡くしたと思うからって事か?」
「そうだけど、あの人は別に僕が死のうと生きようと変わらないよ」
「なんでだ?」
「いくら似てても僕は僕でしかないから。ずっと僕を父親の代わりにしてたけど、そこは変わらないんだよ。それに……」
怜央がそこまで言ってため息をついた。
「死んだら死んだで、父親と同じ末路だから正直どっちでもいいんだよ」
「そんな事はないのよ」
ちょうど時刻は三時を回っており、怜央の母親がやって来た。
「たまたま? それとも翔利の入れ知恵?」
「俺がどうやって連絡取るんだよ」
「それもそっか。じゃあ翔利が時間狙って話してたのね」
「今回はまじで偶然なんだけど」
これは本当に偶然で、翔利は何もしていない。
確かに「そろそろ来る時間か」とは思っていたけど。
「まぁちょうどいいか。それでなにが違うの?」
怜央が冷たい視線を母親に送る。
「あなたに
飛鳥とはおそらく怜央の父親の名前だ。
(飛鳥ね)
「本人の前で言える人なんてそうそういないよ」
「信じて貰えないだろうけど、あなたを男の子として育てたのは飛鳥さんに重ねたからじゃないの」
「ほんとに信じられないね」
「怜央……」
怜央の母親が初めて表情を崩した。
とても悲しそうな、とても辛そうな顔に。
「部外者から一言いいですか?」
「この人を容赦なく蔑むならいいよ」
「どちらかと言うと怜央のお母さんを擁護する方かな」
「え?」
怜央の母親が驚いたような顔で翔利を見る。
「じゃあやだ」
「後でなんでも言う事聞くから」
「じゃあいいよ」
(単純で助かる)
「擁護って言ってもただの思いつきを話すだけですからね。怜央を男子として育てるのを決めたのは怜央のお父さんですよね?」
「何故それを?」
「強いて言うなら勘ですかね」
怜央の父親の名前が飛鳥と聞いてそう思った。
「怜央のお父さんが飛鳥って名前なら、怜央と逆の立場だったんじゃないかなって」
「逆?」
「ずっと女子扱いされてたって事」
飛鳥と言葉だけ聞いたら男と言うより女のイメージがある。
だからなんとなくそう思った。
「え、何、あの人自分がされて嫌だった事を娘にやったって事?」
「それか死期を悟って、母親を守って欲しいって意味合いを込めて男子として育てようとしたのかだな」
どっちにしても親のエゴに振り回されているのに変わりないが。
「まぁ死人に口なしって言うから真実は分からないけど、怜央のお母さんが怜央をこれからどうするのかに怜央のお父さんの言葉は関係ないと思うんだよ」
それこそ死人に口なしだ。
「そうだね。どうするの? 僕は僕でいるのか、普通でいいのか」
怜央が母親に視線を向けて聞く。
「……飛鳥さんに縛られ過ぎてたのね。それで私が怜央を縛ってた。ごめんなさい。怜央は怜央として生きて」
「じゃあ遠慮なく。これからは僕がお母さんを守るよ」
「私でいいのよ?」
「今更変わんないよ。なんか恥ずかしいし」
照れる怜央を怜央の母親は嬉しそうに見つめる。
「これで怜央も立派な僕っ子だな」
「馬鹿にしてるね。そうだ、言う事聞くんだよね」
怜央が翔利に笑顔を向けながら手招きする。
「嫌な予感しかしない」
「翔利が言ったんだから仕方ないよね」
「好きにしてくれ」
翔利は諦めて怜央の隣に立つ。
「ほら屈んで」
翔利はため息をつきながら怜央の目線に合わせる。
「ありがと」
怜央はそう言って翔利の唇に自分の唇を付けた。
「お前な」
「男の子のフリは終わったからね。これからはちゃんと男の子に恋していいんだもん」
「練習台かよ」
「何回されたら本気だって信じる?」
怜央はそう言って翔利のおでこに自分のおでこを付けながら言う。
「離れてください」
隣からとても冷たい声と、翔利と怜央との間に手が差し込まれたと思ったら瑠伊が蔑みの視線を送ってきていた。
「なんで? 翔利は別に誰のものでもないけど?」
「予約済みです」
「一方的な予約は解消だよ。瑠伊はもう少し焦った方がいいからね」
「……うるさいですよ」
瑠伊が頬を膨らませて怜央を睨む。
正直可愛いという言葉しか出てこない。
「よくお母さんの前でそんな事できますね」
「お母さんは僕の幸せを願ってくれるでしょ?」
「え、ええ」
怜央に聞かれた怜央の母親は引き攣った顔で答える。
「瑠伊にいい事教えてあげる、本当に大切なものは手放したり、目を離したりしたら駄目なんだよ」
「体験談ですか?」
「そう、瑠伊がこれから体験するの」
怜央にそう言われた瑠伊が怜央を襲いそうだったので翔利が抱きしめて止める。
「ほら瑠伊帰るよ。あんまり可愛いところは外で出さないでって言ったよね」
「翔利君のせいですよ!」
理不尽に怒られた翔利だが、可愛いからと気にせずに瑠伊の手を握った。
「俺と瑠伊は帰るな。気が向いたらまた来る」
「毎日でも来ていいよ。ありがとうのキスぐらいならいくらでもあげるから」
「軽すぎないか? まぁ気が向いたらな」
翔利はそう言って怜央に威嚇している瑠伊の手を引いて病室を出た。
そして不貞腐れてる瑠伊を宥めながら院内を歩いていると……。
「佐伯 翔利君だよね?」
後ろから白衣を着た人が息を切らしながら聞いてきた。
名札には『院長』と書かれていた
「何か?」
「落ち着いて聞いて欲しいんだけど、華さんが……」
それを聞いて翔利の頭はショートした。
しばらく何も考えられずに時間だけが進んだ。
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