第20話 ドMのわんこ
「ちょっといい?」
「やだ」
休み時間に瑠伊と怜央と他愛ない話をしていたら、紗良がやってきた。
「何も言ってないでしょ」
「お前に時間を使うのがやだって言ったんだけど?」
「うわ、普通にむかつく」
そう言われても翔利には用はないから、話を聞く義理もない。
「翔利君、せめてお話を聞いてから断りましょ」
「そうだよ翔利。もしかしたら翔利に理のある話かもしれないよ」
怜央と知り合ってから少しが経ち、お互いに名前で呼ぶ仲になった。
ちなみに翔利は名前を呼ぶ気はなかったけど、怜央がしつこ過ぎて諦めた。
「絶対ないのが分かってるから断ってるんじゃん」
「じゃあ聞いてくれたらなんでも言う事聞いてあげるよ」
「な、なんでも!?」
「俺が言ったみたいに言うな」
翔利の後ろから新が出てきた。
「佐伯君。あの紗良がなんでも言う事を聞くって言ってるんだよ。紗良は約束は絶対に守るから、スカートの中を見せてとか言ってもしてくれるよ」
翔利が「さすがにそこまでしないだろ」といった視線を紗良に送った。
「そんな事でいいなら別にするけど?」
「するんかい。なんなの、最近の可愛い子って大胆なの? それとも痴女なの?」
瑠伊もだが、行動が激しすぎる。
翔利だって男の子だからいつ耐えられなくなるのか分からないからやめて欲しい。
「別に下着ぐらい店でも見れるでしょ?」
「そういう事なのか?」
「じゃあ俺は紗良のスカートの中見たい」
新がニコニコとそんな変態みたいな事を言う。
「セクハラで訴えるけどいいね」
「セクハラで男を脅すのはパワハラだよ」
「実際にセクハラしてるんだからパワハラも何も無いでしょ」
これは紗良が正しい。
でもそれなら翔利がスカートの中を見たいと言ったとしてもセクハラな気はする。
「つまり伊藤は痴女って事だな」
「どういう結論だよ。それより話聞く気になった?」
「何をどう思ったらそうなるんだよ。別にいいけど」
「いいの?」
「翔利君はひねくれてるだけで、最初から聞く気ですよ」
翔利は自他共に認めるひねくれもなので、何か頼まれたら一度断る。
それで相手が諦めたらそれまでで、もし引き下がらなかったら話を聞く。
要はめんどくさい男なのだ。
「瑠伊ちゃん相手でもするの?」
「私のお話はいつでも聞いてくれますけど、返事がひねくれてる事がありますね」
「あぁ……」
怜央が何か思い当たったように遠い目をしている。
「本人の居る前で陰口言うのやめろよ」
「本人の前なら陰口って言わないでしょ」
紗良が呆れたように言う。
「じゃあ悪口」
「私は翔利君の悪口なんて言いませんよ!」
「じゃあ集団リンチか。帰ったら枕を濡らしとこ」
瑠伊と一緒に暮らしている事は言ってないので、ここで「帰ったら慰めて」なんて事は言えない。
だから後で悲しむ事を遠回しに瑠伊に伝えて、帰ったら慰めて貰う。
「翔利ってそんなの気にしなそう」
「失礼な。俺にだって人の心はある」
「ほんとに?」
「正直知らない。今までこんなに人と関わった事ないから」
今まではとにかく人に興味がなかったから、たとえ何か言われたり、陰口を聞いたりしても何も感じなかった。
だけど瑠伊と出会ってからは、色々な感情が生まれてきた。
「なんかごめん」
「なんで謝る?」
「自己満足」
怜央はそう言って翔利の頭を撫でてきた。
傍から見たら顔の整った男子に一般男子が慰められてるように見えるのだろうけど、怜央は女子だ。
だからなのか少し違和感がある。
「佐伯君は今まで出会った人とか覚えてない人?」
「ないな」
「ふーん」
いつも笑顔の新が一瞬だけ真顔になり、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「ねぇ私のはな……」
紗良が話しかけてきたところでチャイムが鳴った。
「あ、紗良がイライラしだした」
「うっさい」
紗良の綺麗な正拳突きが新のみぞおちを撃ち抜く。
「伊藤の照れ隠しって過激だよな」
「照れ隠しじゃないし。次の昼休みで話すからどっか行くなよ」
「瑠伊と一緒に静かな場所に行く予定があるんだけど」
「すぐ終わらすよ」
紗良はそう言って自分の席に戻って行った。
「伊藤さんってわざと一人になろうとしてるの?」
怜央が教科担任が来ないからといって席に戻らずにそんなことを言う。
「知らない。俺、人の気持ちに疎いし」
「それは分かる。自覚あったんだ」
怜央が瑠伊の事をちらっと見てから言う。
「人がなに考えてるかなんて分からないだろ。お前だって色々思う事はあるんだろうけど俺には分からないし」
「それが分かれば十分だよ。まぁ瑠伊ちゃんの事はもう少し分かった方がいいとは思うけど」
「怜央さん!」
怜央の話を聞いた瑠伊が顔を赤くして怜央の席を指さした。
「お姫様が帰れって言うから帰るね。それと、僕の事は怜央と呼んでって言ったでしょ。照れてんの?」
怜央が翔利を煽るように言う。
「瑠伊の言う事聞いて帰れ怜央」
「そういうとこだよ。じゃあね」
怜央が少し嬉しそうに笑った。
「さて、今日はどこ行く?」
「翔利君……」
「ここに居ろって言ったよね?」
めんどくさいのに捕まる前に瑠伊とどこかに逃げようかと思ったら、瑠伊には呆れられ、結局紗良に捕まった。
「あれか、かまってちゃんなのか?」
「甘えたと言え」
「自分で言うな。そして誇るな」
「いやさ、今まで誰にも構って貰えなかったから、今の状況が嬉しくて……」
翔利が悲しみを全面に出して紗良に言う。
「そう、なの?」
「伊藤って実は優しいよね。ツンデレ?」
「一発必要?」
紗良が真顔で右手を構える。
「病み上がりに暴力か? 頭いいなら口で暴力しろよ」
「正論過ぎて腹立つ。てか、病み上がりって何?」
紗良が本気で何も知らないような顔をする。
「トップシークレット」
素直に骨折の話をしてもよかったが、それだと瑠伊の心を抉る事になるので控える。
「つまり嘘ね」
「嘘じゃないですよ」
(後で土下座案件だな)
後の祭りだが、言ってしまった事を後悔する。
「翔利君は二月の半ばまで入院していたので……」
「……了解。じゃあ完治したら一発殴る」
頭のいい紗良は瑠伊の説明で大体理解したようだ。
そして最後の一発殴るはきっと場を和ます為の嘘だ。
……きっと。
「嫉妬……」
翔利達の会話を静かに見ていた新がいきなりそんな事を言う。
「何に嫉妬してんの?」
「なんか紗良と佐伯君仲良すぎじゃない?」
「あ、僕も思った」
「それは私も思いました」
新の言葉にこれまた静観していた怜央とまさかの瑠伊も同意した。
「別に仲良くないでしょ」
「そうだよな。俺はただ脅されてるだけだし」
「は? あんたがふざけてるからまともに会話させようとしてるだけでしょ?」
「それが暴力ってのがおかしいんだよ。なんなの、暴力でしか問題を解決できないの?」
「私は効率を考えてるだけですけど? あんたみたいに屁理屈ばっか言う奴は言葉よりもそっちの方が理解が早いでしょ?」
「その発想が馬鹿。暴力振るえば相手が言う事聞くとかどこのガキ大将ですか?」
「仕方ないでしょ、私は……」
そこで紗良の言葉が止まった。
「翔利君。やっぱり仲良しです」
瑠伊が空気が変わったのを察してそんな事を言う。
少し拗ねているように見えるけど他意はない……はずだ。
「伊藤さんも翔利君がどれだけ優しい人か分かりましたよね」
「……ノーコメント」
紗良が翔利を見て、ぷいっとそっぽを向いた。
「はいはい可愛い可愛い。それで話はなんなの?」
「可愛い言うなし。話ってのは、次のテストで私と勝負して」
「だよね」
前に瑠伊から紗良はテストで常に一位を取っていたと聞いた。
それが前回の一年生の最後の学期末テストで翔利に負けた。
だから紗良に話があると言われた時に勝負とか言われるような気はしていた。
「断る」
「負けるのが怖いの?」
「俺に煽りは無意味だぞ。何せ勝つ気が無いんだから」
前回の一位は言ってしまえば不慮の事故。
入院中にやる事がないからと、瑠伊と一緒に勉強をしすぎた結果だ。
「俺はいつも通り十位以内を目指すよ」
「それじゃ……」
紗良がなにかに絶望したような顔をする。
(嫌な顔をするなよ)
この顔には見覚えがある。
「俺が勝ったら?」
「え?」
紗良がキョトンとした顔をする。
「ご褒美無し? それだとほんとに受ける必要なくね」
「あ、ある。勝負してくれるの?」
「ご褒美次第かな」
「じゃあ負けた方は勝った方の言う事をなんでも聞くで」
「だと思った」
正直ご褒美なんてなんでもいい。
翔利はただ人の絶望した顔を見たくないだけなのだから。
「伊藤ってさ。可愛い自分がなんでもするって言えば男なんて手玉に取れるって思ってる?」
「いや、可愛くないし。私はただ相手の求めてるものが分からないから内容を相手に決めて貰ってるだけ」
「考え方似てて腹立つ」
おそらく翔利も紗良の立場なら同じ条件を言う。
なにかをすると言うより、なにをして欲しいのか聞いた方が楽だから。
「ちなみにわざと負けたら?」
「五発殴る」
「平」
翔利が優しい目つきで紗良を見ていた新に声をかける。
「ん、何?」
「伊藤のあれってどれぐらいやばい?」
「俺は紗良からなら全部嬉しく感じるから佐伯君がやられたらどのぐらいになるのか分からないけど……」
そう言って新は翔利の耳元に顔を近づける。
「前に紗良がセミに『黙れ』って言って言ってセミの止まる木を殴ったら揺れてたよ」
その木の大きさなんかは分からないが、木を揺らすのは男が蹴ったとしても難しい。
多少は揺れるかもしれないけど、目で分かる程度に揺らす事は全盛期の翔利でも出来たか分からない。
「よし、気合い入った」
つまりはわざと負ける事は死を表すと分かり本気を出す事に決めた。
「なにを教えた?」
「紗良の武勇伝を」
「後で二発」
紗良はなにがとは言わない。
だけど新には「ご愁傷さま」という視線だけ送っておく。
「時間を取らせてごめんね。じゃあ」
そう言って紗良は自分の机に帰って行った。
「俺もじゃあね」
それに新も付いて行く。
「犬みたいだな」
「失礼だよ」
「犬ってドMって言わない?」
「ほんとに失礼だよ」
そんな事を言いながら自分の席で栄養補給用のゼリー飲料を飲みながら勉強している紗良と、その紗良に自分の菓子パンを渡そうとしている新を眺めていた。
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