第17話 前夜のチェンジ
「翔利君……」
瑠伊が深刻そうな顔で、毛布を身体に巻き付けながら翔利の部屋に入ってきた。
「やめる?」
「やめないです。翔利君が優しくしてくれるのなら」
「当たり前じゃん。おいで」
翔利はそう言って瑠伊を手招きする。
瑠伊は顔を赤くして嬉しそうに「はい」と言って毛布を布団の横に置いて翔利の布団に潜り込んだ。
「優しくしてくださいね」
「可愛いなほんとに」
瑠伊が上目遣いで翔利を見るものだから、その可愛さに思わず抱きしめる……事はせず、瑠伊の頭を撫でた。
「ばあちゃんのしごきは辛いでしょ?」
「正直そうですね。でも理不尽はないので翔利君の為に頑張ります」
瑠伊は華と約束した日から毎日花嫁修業を受けている。
華は一切の手加減なく瑠伊に花嫁修業をつけているので、終わった後の瑠伊はいつも翔利に甘えたがる。
「毎回毛布持ってくる必要ないでしょ」
「これはあれです。巻いてきたら翔利君がいかがわしい気持ちになって事故が起こらないかなっていう期待を込めて」
「起こしていいの?」
「え、っと。翔利君なら、その……いいですよ」
瑠伊が恥ずかしそうに翔利の事を上目遣いでちらちら見る。
「じゃあ遠慮なく。いただきます」
翔利はそう言うと瑠伊の顔に自分に顔を近づける。
瑠伊は顔を真っ赤にして目を瞑る。
そしてそのまま顔を近づけて……通り過ぎた。
「んっ。しょ、翔利君。なにを?」
瑠伊が艶めかし声を出して、翔利に現状を問う。
「瑠伊の耳ってやわっこそうで食べてみたかったの」
翔利はそう言うとまた瑠伊の耳を唇だけではみだした。
「んっ。エッチです、卑猥です!」
「さっきはお上品にいかがわしいとか言ってなかった?」
翔利はそう瑠伊の耳元で囁く。
「はぅ。こ、これは事故じゃないです! 故意にしてはまだ駄目なんです!」
「普通に話逸らされた。事故だよ。瑠伊が来た時にはやる気なかったから」
これは瑠伊がして欲しいと言うから起こった事故だ。
「事故だからいつ終わるかも分からないね」
「そ、そん、んぁ」
翔利はそのまま十分程瑠伊の耳をはむのをやめなかった。
「私の耳の感想を聞かせてください」
瑠伊が少し怒った様子で翔利を睨んでいる。
「とても美味しかったです。また事故を起こして欲しくなったらいつでも言って」
「翔利君のバカ」
瑠伊がそう言って反対側を向いてしまった。
「どさくさ紛れに一緒に寝る気だな」
「翔利君が耳をはむはむするから立てなくなりました」
「はむはむって可愛い。もう一回」
「私は翔利君が嫌がる事を知ってるんですからね」
瑠伊の知っている翔利の嫌な事。
それは多分顔を見せてくれない事。
一番は口を聞いてくれない事だけど、それは瑠伊が出来ないと言っていたので、やるとしたらそれだ。
「ごめんなさい……」
「ずるですよ! そんな寂しそうな声で言ったら見たくなるじゃないですか!」
「じゃあこっち見てよ。瑠伊の顔見ないと寝れな……いのは見てたらか」
翔利は未だに瑠伊と一緒に寝るとまともに寝れない。
最初の頃に比べると寝れるようになったけど、それでもまだ一時間ぐらいが限界だ。
「何したら許してくれる?」
「……私を一人にしないでください」
言いながら瑠伊の背中が丸くなる。
「大丈夫だよ」
そんな瑠伊の頭を優しく撫でる。
瑠伊が心配なのは明日のクラス替えだ。
明日から翔利と瑠伊は二年生になる。
だからクラス替えで違うクラスになるのを瑠伊は恐れている。
「結局私は翔利君が居るから平気なだけなんです。もし隣に翔利君が居なかったら耐えられるか分からないんです」
「大丈夫。俺と瑠伊は絶対に離れないから」
「なんでそんな事が言えるんですか! この世に絶対なんてないんですよ……」
瑠伊の声がだんだんか細くなっていく。
「俺がばあちゃんの孫だから?」
「どういう事ですか?」
「明日になれば分かるよ。もしクラスが違ったら瑠伊の言う事をいつでもなんでも聞くよ」
「いつでも、なんでも……」
こちらを向いていないからよくは分からないけど、瑠伊が少しほわほわしているように見える。
「分かりました。翔利君の事を信じます。だけどもしも違ったら……」
瑠伊がそう言ってこちらを振り向く。
「ずっと一緒に居てくださいね」
「チェンジ」
「え?」
「そのお願いは聞く必要ないからチェンジ」
翔利は元から瑠伊と離れるつもりはない。
だからわざわざお願いされる事ではない。
「まさかなんでも言う事を聞くって言われてから嫌だって言われるとは思いませんでした」
「嫌じゃなくて、言われなくてもそうするものを叶える事はなんか勿体なくない?」
「それもそうなんですけど。じゃあ結婚してください」
「それもチェンジで」
瑠伊の表情が絶望に変わった。
「すいません、高望みしました。今日は一人で寝ます」
そう言って瑠伊が布団から出ようとしたのを翔利が手を握って止める。
「勘違いだから。なんかなんでも言う事を聞くって言った後に結婚ってなんか無理やり感があって嫌なだけ」
「じゃあもう普通に結婚しましょうよ」
「まだ結婚できないでしょ。どしたの、酔ってる?」
瑠伊の表情がふわふわしている。
「おしゃけなんてのんでましぇん」
「可愛い。お眠か」
瑠伊と一緒に寝て分かった事だが、瑠伊は眠気に逆らえない。
眠くなったらすぐ寝れるし、頑張って起きようとするとこうして呂律が回らなくなるか、とても甘えてくるか、その両方がくる。
「しょうりくんはじゅっといっしょにいてくれますか?」
「ちょっと可愛すぎて思考が止まりそう。一緒に居るから安心して」
翔利が瑠伊の頭を優しく撫でながら言う。
瑠伊は「えへへ」と嬉しそうにしている。
「ぎゅーしてくらさい」
「今日は両方か。頑張ろ」
翔利がそう決意を決めてから瑠伊を抱きしめた。
「あったかいれす」
「そうだね」
「わらし、しょうりくんのことがらいすき、れす」
瑠伊はそう言うと可愛らしい寝息を立て始めた。
「ほんと突然寝るよね。おやすみ。どうせ俺は寝れないけど」
翔利はそう言って瑠伊の肩に毛布掛けた。
「きっと『大好き』って言ってくれたんだよね」
瑠伊の呂律が回ってない時は解読にも少し時間がかかる。
「俺も瑠伊の事が大好きだよ」
翔利は寝ている瑠伊にそう告げて、抱きしめる力を少し強めた。
「寝坊して可愛い瑠伊を見逃さないようにしないと」
明日の朝は確実に可愛い瑠伊が見れる。
そう、確実に。
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