第8話 家族との誕生日

「翔利、瑠伊さん、お誕生日おめでとう」


 全てを知り合いの刑事さんに一旦丸投げした華が、帰宅してすぐに二人の誕生日会を始めた。


「ばあちゃんありがとう」


「私まですいません」


「瑠伊さん、それだとばあちゃんの善意の全否定だよ」


「すいま……、ありがとうございます」


 瑠伊の言葉を聞いた華が嬉しそうに頷く。


「先にめんどくさい話を済ませとくね」


 そう言って華が事の成り行きを話し始めた。


 最初はおばさんを虐待で警察に突き出すつもりで動いていて、病室で言っていた事を斉藤さんに証言して貰うはずだったみたいだ。


 だけど色々と調べていくうちに瑠伊の両親を殺したのがおばさんの可能性が出てきたので、泳がせていた。


 結果として翔利の両親も殺していたという事でおばさんは逮捕される事になった。


「そうなんですか」


 瑠伊が何の感情も感じられないような、いわゆる普通の声で返す。


「ばあちゃんの事だから瑠伊さんがここに居ても大丈夫なようにはしてるんでしょ?」


「事情が事情だから少し話を通しただけだけどね」


 学校への連絡や住所の変更なんかのめんどくさい事の準備を全てこの一ヶ月で済ませたようだ。


「ほんとに何から何までありがとうございます」


「いいんだよ。どうせ近い未来でやる事になる事ばっかりなんだから」


「なんで?」


 翔利が聞くと華が「教えない」と言って顔を逸らした。


 瑠伊の方を見れば顔を赤くして俯いている。


「それよりだよ。翔利は瑠伊さんの事で気づく事ないのかい?」


「可愛くなった事?」


「なんで可愛くなったと思う?」


 瑠伊はこの一ヶ月でとても可愛くなった。


 雰囲気が変わったのもあるけど、それだけではなく何かが変わった。


「女の子の変化に気づけない男は嫌われるよ」


「それは大変だ」


 翔利に取って瑠伊に嫌われる事は死活問題だ。


「あの、無理しなくても」


「これも変わった事の一つだよね」


「はい?」


「会ってすぐの時は俺かばあちゃんが話しかけるまで口を開こうとしなかったよね」


 一ヶ月前の瑠伊は自分から話に入る事はしなかった。


「喋ったら怒られてたので」


「瑠伊さんの綺麗な声を聞きたくないとか馬鹿なんじゃないのかな」


「私は佐伯さんの声の方が綺麗だと思いますよ」


「ありがとう」


 瑠伊が顔を赤くしながら言い、それに笑顔で翔利が返す。


「翔利、瑠伊さんの変わったところをとりあえず全部言ってみな」


「えと、髪が綺麗に整ったのと血色が良くなってるのと今でも細いけど、心配では無くなる程度にはなった事しか分からない」


 瑠伊の髪は最初こそ適当に切られていたけど、いつからだったか綺麗に切り揃えられている。


 顔色も良くなかったけど、今では血色の良い顔になっている。


 そして皮と骨だけしか無いのでは? と不安になるぐらいの細さだったが、手や頬に柔らかさがついた。


「分かってるんなら言いなさいよ」


「だってそんなの見れば誰でも分かる事じゃん。変わったって言うから化粧でもしてるのかと」


「私は見てくれてる事が分かるだけで嬉しいです」


「俺はずっと瑠伊さんを見るよ」


 翔利が瑠伊に笑顔を向けると、瑠伊が顔を赤くして俯く。


「わたしゃ何も言わないよ」


 華がもう諦めたかのようにため息をついた。


「俺が生きてたのって瑠伊さんが軽すぎたからなんだよね?」


「そうだね。あの時の瑠伊さんは女子高生の平均の半分あるかないかってとこだったんだよね?」


 瑠伊が小さく頷く。


 瑠伊が落ちたのは学校の屋上らしく、そこから落ちた人を下で受け止めようとしたら普通に死ぬか、良くてもっと酷い複雑骨折だ。


 なのに翔利が普通の骨折で済んだのは瑠伊が軽すぎたのが一番の理由らしい。


 後は翔利がサッカーをやっていたから普通の人より筋力があり、尚且つ衝撃を流す意味で後ろに倒れたのもあるらしい。


 と言っても、全部が奇跡のようなもので、同じ事をしたらまた助かるかと言ったら無理だ。


「瑠伊さんを二度と飛び降りさせない為に瑠伊さんを幸せにするのは俺の仕事として、とにかくこれからはいっぱい食べよ」


「そのですね。私実は飛び降りた訳ではないんです」


「落とされたとか言う?」


 もしそうなら翔利は全てを持ってそんな事をした奴の人生を社会的に終わらせる。


「ち、違いますよ。私を嫌う程興味を持ってる人いないですから」


「無知無能しかいないんだね」


「佐伯さんって実は毒舌ですか?」


「瑠伊さんには負けるよ」


 翔利は基本的に興味のない人には辛辣だ。


 逆に瑠伊のように仲良くなればとても優しい。華が呆れる程に。


「私そんなに毒舌じゃないですよ?」


「言葉が強いって言うのかな。まぁ可愛いからいいよ。それより落とされてないなら落ちたの?」


「……はい。確かに死んでお父さんとお母さんのところに逃げたいって気持ちがあって屋上には毎日行ってましたけど、実際にそこに立つと怖くなって帰ってたんです」


 瑠伊がその時の事を思い出したのか、震えながら自分の身体を抱くようにしている。


 翔利と華は瑠伊の言葉を静かに待つ。


「だからあの日も本当に落ちるつもりはなかったんですけど、急に風が吹いて、それで……」


 確かに瑠伊みたいな軽さなら突風じゃなくても少し強い風で飛ばされてもおかしくない。


「じゃあ俺がしたのは良かった事なんだね」


「それは、はい。ですけど私の不注意のせいで佐伯さんにお怪我をさせた事は忘れずに償います」


「お世話してくれたじゃん。あ、もしかして怪我が完治してからもお世話してくれるの?」


「そうですね。私の一生を持って佐伯さんのお世話、もといお手伝いをさせてください」


 翔利は冗談のつもりで言ったのだけど、瑠伊の目は本気だ。


「……まぁいっか。瑠伊さんとずっと一緒に居られるって事だもんね」


 翔利は考える事を諦めて、とりあえず喜ぶ事にした。


「完全に告白なんだよねぇ。言うのは野暮だから言わないけど」


 華が翔利と瑠伊には聞こえない声でそう言う。


「重い話はここまでにしよう。私が腕によりをかけて作ったご飯を食べておくれ」


「本当にすごいよね。俺の好きなものばっか」


 華が作った料理は、翔利の好きなオムライスを初め、きんぴらごぼう、そして白身魚のフライ。


「佐伯さんの好きな食べ物だから和洋折衷なんですね」


「翔利はキャベツの千切りの上にホットケーキが載せてあっても普通に食べる子だから、和洋折衷なんて気にしないんだよ」


 華の言葉を聞いた瑠伊が翔利に「え?」みたいな目を向ける。


 翔利は言ってしまえば食べる事に興味が無い。


 何かあればその日の晩御飯を抜かれる事が多々あったので、食べられるだけで嬉しいのだ。


「瑠伊さんは好きな食べ物なに?」


「私ですか? 私もオムライスが好きです。昔お母さんがよく作ってくれたので」


「同じだ」


 翔利が嬉しそうに瑠伊を見る。


「冷める前に食べとくれ」


「うん。いただきます」


 翔利はそう言って箸を持ってから止まる。


「どうしたんだい?」


「腕が痛い事にして瑠伊さんに食べさせて貰うか悩んだ」


「自分で食べれるなら自分で食べてください」


「うーん、今日はいっか。今度食べさせて貰えば」


 そう言って翔利はきんぴらごぼうを箸に取ってぽりぽりと食べ始めた。


「甘えたさんなんですから」


「甘えられなかった反動がすごいね。私の時もすごかったけど」


「佐伯さんと華さんって一緒に暮らすようになったのは一ヶ月前なんですか?」


「そうだね」


 翔利の両親が亡くなったのは一ヶ月と少し前。


 だから翔利と華が一緒に暮らすようになったのは瑠伊と出会う少し前になる。


「だから実は翔利より瑠伊さんの方が一緒に暮らしてる時間は長いんだよ」


「でもその割には佐伯さんの事をよく知ってますよね」


「一緒に暮らし始めたのは最近だけど、翔利はちょくちょくうちに遊びに来てたからね」


 翔利はサッカーの練習がめんどくさくなった時に華の家に来ていた事がある。


「あの時に翔利の事を気づいてあげてれば少しは違ったのかもしれないんだけどね」


「華さんなら気づきそうですけど、やっぱり分からないものなんですね」


「……ま、まぁね」


 華が気づかなかった理由は単純だ。


 初孫が自分の家に遊びに来てくれたのが嬉しかったから。


 その事だけしか頭になかったから翔利の両親がやっていた事に気づけなかった。


「瑠伊さん瑠伊さん」


 華の返事に違和感があった瑠伊がどうしたのか聞こうとしたら翔利に肩を指でつつかれたのでそちらを向いた。


「なんですか?」


「あーん」


 翔利がきんぴらごぼうを箸で持って瑠伊に差し出した。


「えと」


「瑠伊さんへのお返し。今日は瑠伊さんのお世話する」


「いえ、あの、私は大丈夫ですよ?」


「あーん」


 今日の翔利はテンションが高い。


 退院できた事もあるけど、何よりこれから瑠伊と一緒に暮らせる事が嬉しくて仕方ない。


「瑠伊さん諦めな。食べるまでその箸は引かないから」


「そ、そんな……」


 瑠伊が絶望した顔をする。


 嫌な訳ではない。


 ただ単に恥ずかしいのだ。


「あーん」


「あ、あーん」


 瑠伊が顔を真っ赤にしながら翔利の箸からきんぴらごぼうを食べた。


「美味しい?」


「お、美味しいです」


 実際は味なんて分からない。


 だけどそんな事を言ったら延々と続きそうだから美味しいと答えるしかない。


「良かった」


 翔利はそう言って白身魚のフライを食べ始めた。


 それを見た瑠伊は何も考えないように視線を自分の前の皿に移した。


「仲良しだ事。誕生日プレゼントはあそこにあるからね」


 華はそう言って居間の隅っこにある二つの包みを指さした。


「ありがとうばあちゃん。そういえば瑠伊さんは欲しいもの決まった?」


 入院中に翔利と瑠伊はお互いの誕生日を知り、なにをプレゼントして欲しいが考えておくという事になっていた。


「まだこれというのは……すいません」


「いいよ、じゃあ俺が欲しいプレゼント言っていい?」


「お願いします」


「瑠伊さんが欲しいって言わなくても一緒に居てくれるんなら一つお願いがあるんだ」


 本当はまた瑠伊が欲しいと言うつもりだったけど、それを言わなくても瑠伊は一緒に居てくれると言ってくれたから次点でしたいお願いをする。


「俺の事名前で呼んで」


「考えたね翔利」


 こんなの普通に頼めと思うかもしれないけど、瑠伊には散々頼んでいるけど「その時が来たら呼びます」みたいな事を言って一向に翔利の名前を呼ばない。


 だから瑠伊の律儀さを利用して、誕生日プレゼントにした。


「瑠伊さんは俺に誕生日プレゼントをあげるのは嫌?」


「嫌じゃないです。でも他のには……」


「しないよ?」


 翔利は瑠伊の嫌がる事はその影が見えただけでもやめるけど、今回はやめる気がない。


「名前で呼んで欲しいな」


「……しょ、翔利、さん」


 瑠伊が顔を真っ赤にして翔利の名前を呼ぶ。


 呼ばれた本人は嬉しさのあまりに固まっている。


「もう一回。今度は呼び捨てで」


「もう呼んだから終わりです!」


「一回だけなんて言ってないよ? 名字で呼ぶの禁止だから」


「じゃあ私へのプレゼントは私の名前の呼び捨てで!」


 瑠伊が「これならどうです」といった感じに翔利を見る。


「瑠伊」


「はぅ」


 瑠伊の顔がぼっと赤くなった。


「どうしたの瑠伊」


「華さん。私はこれから自衛するのでケーキの事はお任せしていいでしょうか?」


「いいよ。翔利を止める方法はあるけど、私も見てたいから任せな」


 瑠伊がそれならと助けを求める視線を華に送るが華はスルーして冷蔵庫に向かった。


「食べるのは後でいいけど、これが誕生日ケーキね」


 そう言って華はピンク色で三角形のチョコが刺さったチョコレートケーキを持ってきた。


「可愛い」


「下のケーキは私が作って、上に刺さってるのは瑠伊さんが考案者だよ」


「瑠伊の?」


 見た目ではチョコレートケーキにいちごが乗っているみたいに見える。


「翔利には分からないだろうけど、そういう事だよ」


「え?」


「瑠伊さん、が楽しみだねぇ」


 翔利の頭にははてなマークが浮かび、瑠伊は顔を真っ赤にして耳を塞いでいる。


 これが正しい家族の形なのかなんて分からないし、関係もない。


 これは家族を失った二人の新しい家族との物語だから、全てが正解なのだ。

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