空から美少女が降ってきたから助けようと間に入ったらその子がなんでも言う事を聞くお世話係になった

とりあえず 鳴

第1話 お世話係

「自由って退屈なんだよな」


 一月の寒空の下、白い息を吐きながら退屈そうに歩いているこの男子高校生は佐伯さえき 翔利しょうり


 最近念願だったを手に入れたが、あまりの退屈さに全てのやる気が無くなった男。


「寒い。防寒具って大事」


 今の時刻は十一時になろうかといった時間だ。


 翔利は数日学校を休んでいて、その間に色々とあったのだけど、それとは関係なく普通に寝坊した。


 なのにこんなのんびりしているのは諦めることの大切さを知っているからだ。


 どうせ急いでも遅刻なことには変わらないから急がば回れということでのんびり歩いている。


「ばあちゃんお手製のマフラーと手袋はあったかいな」


 祖母お手製のマフラーで口元まで覆って暖まりながら学校を目指す。


 翔利の家から学校までは十分程度で着く。


 だからもう目と鼻の先だ。


「門閉まってたら帰っていいのかな」


 そんな淡い期待を持ちながら翔利は手袋越しに校門を掴んで横に力を入れた。


「まぁ空くよね」


 案の定開いた校門から入って、校門を閉めた。


 さっきまではのんびりだけどちゃんと歩いていたのに、学校の敷地に入った途端に翔利の足取りが重くなった。


「あぁ、帰ってばあちゃんの煮物が食べたい」


 翔利はおばあちゃんっ子で、好物は祖母の作る煮物だ。


 自分でも真似して作ってみたことはあるけど、同じ味にはならなかった。


「まじで帰ろうかな」


 そう言って本気で帰ろうと振り返った瞬間に何かを目の端に捉えた。


「なんでそういうの見つけちゃうかな」


 翔利はそう言いながら走っていた。


 翔利は反射神経と動体視力が人より優れている。


 だからなのか、目で何かを捉えるのが上手い。


「今日の天気は晴れのち女の子ってか」


 翔利は空から降ってきた女の子と地面の間に間に合い、お姫様抱っこで支え……ることが出来なかった。


「ですよね」


 そのまま翔利は後ろに倒れて気絶した。




「え、痛い」


 翔利が目を覚ますと知らない場所の知らないベッドに寝かされていて、更に腕と足に激痛が走った。


「おはよう」


「あ、ばあちゃん。おはよう」


 翔利のベッドの脇の椅子に背筋がピンと伸びて座っているのは翔利の祖母の佐伯さえき はな、もうじき七十を越えるというのに元気が有り余っており、見た目も若々しいから翔利の母親と間違えられることが多々ある。


「翔利、あんたどこまで覚えてる?」


「えっとね、空から女の子が降ってきて、それをダメ元で受け止めに行って倒れたとこかな」


「記憶に間違いはないね。とりあえずは安心だよ」


 華が安心とは言いつつも険しい顔をやめない。


「翔利。あんたがやったことは結果的にはいいことだよ。だけどあんまり私を心配させないでよ……」


 華が今にも泣きそうな顔で翔利に言う。


「ごめん。ばあちゃんに迷惑はかけないって決めてたのに。だけど約束するよ。俺はばあちゃんを残したりしないから」


「私が死ぬ前にひ孫を見せる約束も忘れてないね」


「それは善処するって言ったじゃん」


「そこは譲らないよ。翔利の子供が見れないと死んでも死にきれないからね」


「ばあちゃんに死んで欲しくないから子供は作らないって言ったら?」


「その時は寂しく死んでいくよ……」


 華がわざとらしく泣いたフリをしながら言う。


「俺一人でどうにかなることじゃないから善処はするって。それよりさ」


「落ちてきた子のことなら心配はいらない……とは言えないけど命に別状はないよ」


「あの子も俺みたいになってるってこと?」


 翔利の今の状況は、両手両足を骨折している。


 どのぐらいの高さから落ちたのかは分からないが、翔利が見た時は少なくとも三階ぐらいの高さにはいた。


 そこから落ちた人を受け止めた場合、助かる可能性の方が低い。


 なのに翔利は生きていて、女の子も生きていると華は言う。


「少なくとも翔利程の怪我はしてないよ。あって打ち身程度」


「なら良かった」


「確かに良かったよ。だけど覚悟はしておいた方がいいよ」


「なんの?」


「昔を思い出す覚悟」


 華がそう言うと病室の扉が開いた。


 この病室は個室ではないのでカーテンで翔利や華から入口は見えない。


 だけど華には分かるようで、翔利に「頑張るんだよ」と小声で言った。


 そして翔利のベッドの前に化粧の濃い女の人とその人に腕を掴まれている細身で髪の短い美少女が来た。


「早く謝りなさい」


 化粧の濃い女の人が美少女を見下しながらそう命令する。


「あ、あの」


「このグズが! さっさと頭を下げろって言ってんの」


 女の人が美少女の頭を鷲掴みにして無理やり頭を下げさせる。


(確かに既視感ある)


 翔利はそんなことを思いながら女の人に軽蔑の目を送る。


 女の人は怒りでその目には気づいていない。


「早く謝れ」


「こ、この度は、私の身勝手のせいでお怪我をさせてしまい大変申し訳ありませんでした」


 美少女が声を震わせながら翔利に謝る。


「それで今回のことだけど、あんたが勝手にこれを助けようとして怪我した訳だから治療費やらなんやらはうちに請求しないでよ」


「は?」


 女の人の言葉に思わず翔利は素の反応をしてしまった。


 別にお金を払わないことに怒った訳ではない。


 態度に腹が立つのもそうだけど、美少女のことをこれ呼ばわりしたのが気に食わなかった。


「何? あんたはこれを助けたかったんでしょ? ならいいじゃない。うちとしては居なくなって貰っても良かったのだからむしろ迷惑なんだから」


(既視感なんて無かったな)


 翔利も翔利で親には恵まれなかった方の人間だから、美少女に同情していたけど、翔利の親でもここまでクズでは無かった。


 華はそれを知っていたのか、目を閉じて翔利に全てを任せて静観している。


「次は誰にも迷惑にならないように上手くやりなさいよ。いっそ馬鹿な妹と一緒に死んでたらうちで引き取る手間が無くて良かったのに」


 それを聞いた美少女が身体を大きく震わせた。


「ほんとに無駄な時間を取らせて。あんたを見てると馬鹿な妹を見てるみたいで嫌なんだよ」


 化粧の濃い女が美少女を睨み、美少女を掴む腕に力を込めたように見える。


「ばあちゃん。迷惑かけていい?」


「いくらでもかけな。愚息のした事に対する詫びだって済んでないし、何より翔利のお願いならなんでも聞くよ」


「ありがとう」


「話が終わったなら私は帰るよ」


 女が美少女を連れてその場を離れる。


「待ってよケバいおばさん」


「あ?」


「一言多かった。待ってよおばさん」


「口の利き方を知らないみたいだな」


 ケバいおばさんが美少女の腕を離して翔利に近づいてくる。


「待ちな」


 それを華が一睨みで止める。


「翔利に何かしたらあんたの人生を破滅させるからね」


「ひっ」


 普段は優しい華であるが、翔利に何かしようとする者に対しては眼光が光る。


「ありがとうばあちゃん。それでおばさん、その子いらないの?」


「いらないよ、それが何」


「じゃあちょうだい」


 翔利が満面の笑みで言う。


 もちろん貼り付けた作り笑いだ。


「くれてやりたいけど、死んでないこれには使い道があるんだよ」


「どんな?」


「馬鹿な妹に似て顔はいいから売れば金になる」


(死ね)


 翔利は口に出さなかった自分を内心で賞賛している。


「くれないならそれでいいけど、その場合は治療費とか払って貰うからね」


「それは話ついたでしょ」


「そっちが勝手に決めただけだから。被害者はこっちだからね」


 ケバいおばさんが顔をしかめた。


「どっちにする? 全額負担かその子を俺にくれるか」


「ちっ、いいよくれてやるよ。せいせいする」


 そう言い捨ててケバいおばさんは病室を出て行った。


「話の通じない相手と話すの疲れるね」


「お疲れ様。大変なのはこれからだけど」


「ほんとごめんね」


「いいよ。それより」


 華がさっきからどうしたらいいのか分からなくなっている美少女を手招きして呼ぶ。


「ごめんね、なんか勝手に話進めて」


「い、いえ。私なんかの身一つで話が解決するのなら」


 美少女が俯きながら弱々しく言う。


「俺のやったことは迷惑だった?」


「そんなことはないです」


「正直に」


「……正直怖いです」


 美少女が肩を両手で抱きしめるように抱えながら言う。


「あの人はなにをするのか分からないので、私のせいで……」


「名前?」


 翔利が聞くと美少女がこくんと頷いた。


「佐伯 翔利と華ばあちゃん」


「佐伯さん達に何かあったら私は……」


 美少女が今にも泣きそうになっている。


「それは大丈夫だよ。


 これは強がりやそんなことはされるはずがないとかの油断ではない。


「だから君の名前も聞いていい?」


「は、はい。私は大内おおうち 瑠伊るいです」


「大内さんね。あらためてよろしく」


「あ、あの」


 瑠伊が弱々しい声で翔利に問いかける。


「私はなにをすればいいのでしょうか」


「え、別に何もしなくていいよ?」


「え?」


 翔利は瑠伊をケバいおばさんから離したかっただけだから、特に何かして欲しいことがある訳ではない。


「勝手に同情しただけ。落ち着くまでばあちゃんの家で暮らして、後のことはそれから考えよ」


「……」


「同情って言葉嫌だった?」


「い、いえ。その……」


「ばあちゃんは平気だよ。普段は優しいから」


 翔利がそう言うと華が「普段はってなにさ」と軽く翔利の頭を小突いた。


「翔利、無償の親切より信用できないことはないよ。それともありがた迷惑なのが言えない方かな?」


「その、あの家には帰りたくなかったので助かったのは事実です。佐伯さん達も優しいのは分かります。でも」


「まぁ初対面で信用しろって方が無理か」


「じゃあこうしよう。瑠伊さんには翔利のお嫁さんになって貰うことにして、翔利の身体が治るまでお世話をして貰うってことで」


 華の突然の発言に翔利と瑠伊が絶句する。


 翔利は呆れで、瑠伊は戸惑い。


「ばあちゃんさ、何かにつけて子供を作らせようとしてない?」


「翔利に怪我させたんだから身体で償う必要があるでしょ」


「だからって大内さんの気持ちも考えないでお嫁さんとかさ」


「私はそれでも」


「いいんかい」


 まさかの瑠伊が許可を出してしまったから華がとても喜んでいる。


「じゃあ決まりね。これからよろしく瑠伊さん」


「よろしくお願いします」


 話が勝手に進んでいく。


 瑠伊が翔利の怪我が治るまでのお世話係になり、更に翔利のお嫁さん(予定)になった。


「……よろしく」


 翔利が諦めたようにそう言った。

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