第12話

 次に生かすため。次があるかわからないけど。


「そういう問題なんですか……」


 そう言って、目線はまだ下のままブランシュはニコルの袖を離す。なぜ自分は、と思い返してみた。もう引き返せない。頭の中がぐちゃぐちゃになっている。


 「ふぅん」とニコルは含みのある納得をする。そして得意げに周りを見渡した。蛍光灯に照らし出された、胸ポケットのサングラスが鈍く光る。


「しかし、こんな簡単に入れるなんて、モンフェルナ学園もセキュリティ甘いんじゃないの?」

 

 チラッと横目でブランシュを見る。未だにうなだれたまま。かすかに唇を噛んでいる。悔しいような、自分に対する怒りのような、そんな複雑な表情だ。


「……私が言えば、終わってました」


 絞り出すようにブランシュは言の葉を発す。内側からの爆発しそうななにかを抑えているように、ピクピクと時折、体が痙攣する。


「でも言わなかった」


「…………」


 どうするべきか、わからなかったから先延ばしにした。知らぬ間に口の中を噛んでいたらしい。かすかに鉄の味がする。


「どうしても会ってみたいんだねぇ」


 やれやれ、といった風にニコルはおどけてみせる。


(まだ……信じることはできません。けど、これでダメなら私は……)


 そうこうしているうちに、三階の自室に到着した。途中からどんな風に階段を登っていたのか、ブランシュは覚えていない。あまり疲れていないからエレベーターだったのかもしれない。いつもは体を動かすために階段なのに。カードキーをかざすと「ピピッ」という音と共に解錠される。


 手洗いうがいは大事だ。台所で済ませると、まるで自分の部屋であるかのように、ニコルはベッドの下段に頭から突っ込んだ。二段ベッドがギシギシと音を立てる。数秒静止し、寝る寸前の意識のところで勢いよく上半身だけ上げると、周りを見渡す。約三五平方メートルのひとり部屋には充分すぎる大きさ。元の二人部屋でも問題ない。


「殺風景すぎやしないかねー、華の高校生よ? ぬいぐるみとか、ポスターとか」


 たしかに、年頃の女子の部屋にしては生活感がない。まるでまだ引っ越してきて荷物が届いていないかのような、生きていくのに必要なものだけ置いてあるような。机もなければ服もほとんどない。折りたたみテーブルとイス二つと勉強道具が少し。色で例えるならオフホワイト。壁紙の色そのままの部屋。


「あまり物を置きたくないんです。備え付けのもので事足ります。それに、ここに長居するかわかりませんし」


 場合によっては、もうパリにいる必要もないため、出て行くこともブランシュは想定している。大都会パリでの学園生活なんていう、故郷の友人達からしたら垂涎もののオシャレパリジェンヌロードではあるが、彼女には興味がなかった。花とミツバチに囲まれた生活のほうが恋しい。

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