第10話

まるで話をさっさと切り替えたいかのような素振りで、ニコルは学食に興味をうつす。そういえばここ数時間なにも食べていないことに気づいた。学校といえば食堂!と、張り切って進んでいく。しかし。


「今日は日曜日です。やってません」


 休日だからこそ、橋の下でヴァイオリンを弾いていた。日曜日は実家に帰る生徒も多い、いつも人で溢れ騒がしいほどの校内が、水を打ったように静かだ。自分達の靴音すら反響する。大きく聞こえることで、またさらに孤独感が増す。


(なんで、こんなことに……)


 今一度、整理してみよう。私はブランシュ・カロー。パリへは、調香の勉強のためにやってきた。そうしたら休日、見知らぬ女性に犯罪に巻き込まれそうになり、結果、私の部屋に行くことになった。うん、おかしい。


「ニコルさん……」


「なに?」


「今までにお会いしたことありましたっけ……?」


 もしかしたら自分が忘れているだけなのかもしれない、この人はそれをからかっているだけなのではないか。そんな疑問が浮かんでいた。でなければ、アトマイザーと香りだけでズバズバと推理できるだろうか。小さく震えながら問いただす。自分には余裕がない。


「いや。今日が初めて。名前も知らなかったし。ブランシュ……ファミリーネームは?」


「カローです。ブランシュ・カロー」


 一応、訊いてはみたものの、信用はしない。名前もきっと偽名だろう。


 ブランシュはニコルの行動を一挙手一投足、見逃さないように凝視する。


 時折、学校に残っている生徒とすれ違うが、さほど気にはされていない。私服で帰省する者も多いため、ニコルも生徒だと思われているようだった。当の本人は「制服っていいよね。普通ないからさぁ」と、羨ましがっている。


 校門をくぐってから並木道を二分ほど歩くと、寮が見えてくる。警備員が常に二四時間体制で交代しながら警備についている。寮生は出る時と戻る時に必ず学生証のICチップで確認されるため、誰がいて誰がいないかも全て把握している。至るところに監視カメラはあるのだが、それでも夜間に逃げ出す者はいる。


「おかえり。えっと、キミは……どちらさん?」


 確認もなく、まるで顔パスとでも言いたげにそのまま通り過ぎようとするニコルを、老年の警備員が止める。なにかあったらすぐに連絡できるよう、無線機を視野に入れた。普段、こういったことがないのだろう、驚いたような表情をしている。


「お姉ちゃんの妹なんです。会いたくなって田舎から出てきちゃいました」

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