第24話 ブラックホールジェネレーター

 G-LABOでは定期的にブラックホールエンジン「オッドボール(Oddball:異色)」の公開運転を実施していた。公開会場はグラビサイエンスの研究用宇宙ステーション「グラビサイエンス・エネルギーコア研究所(通称GECLI)」の居住区ホール。「ブラックホール生成再現実験」の時に使用された会場である。


 「ここに来るのは何度目ですかね?」

 「我々は近いところにいますからね。私自身は10回を超えるかと」

 会話をしているのは「エンリコンR社(Enricon- R Inc.)」の技術部長と営業部長。元々はエンリコン社の技術責任者とエーコアール社の常務である。二人は古くからの顔なじみであるとともに、ライバル会社として敵でもあり辛酸を嘗め合った仲でもある。

 エンリコンR社のブラックホール事業研究設備「ブラックホール開発エネルギー工房(Black Hole Exploitation Energy Foundry:通称BEEF)」は、地球の公転軌道に沿って60度前方に位置するラグランジュポイントにある。G-LABOにあるGECLIへは地球から来るよりも近い。

 営業部長は飛び回るのが仕事のようなものだ。とはいえ大気圏突入しなければならない地球へ行くことはほとんど無く、他の研究団体の視察と営業がメインワークだ。

中でもGECLIは次々と新技術を開発し、秘匿することなくすぐに公開するのだから、営業部長が足繁く通うのも無理ないことであった。

 「私たちがここで会った時は、お互い挨拶だけで雑談すらしなかったのに。こうして肩を並べて同僚になるとは夢にも思いませんでしたな」

 「現在は恐らく『時代の転換期』です。何が起きても不思議じゃありませんよ」

 技術部長の言葉に営業部長が答える。年齢は営業部長の方が5才ほど下になるが、人と接する機会が多いためか達観している雰囲気を醸し出していた。


 「・・・ついに完成してしまいましたな。またもや先を越されてしまった」

 悔しそうに語る技術部長。二人の視線の先にはGECLIの大型モニターに映るブラックホールエンジン「オッドボール」の姿がある。

 「当然じゃないですか?予想通りと言うべきか」

 技術部長の気持ちを逆撫でするように、営業部長はサラリと言う。

 「私たちは『技術屋』であって『研究屋』でも『発明屋』でもないんですから」

  営業部長の言葉に技術部長の頭に「?」が浮かぶ。

 「彼らは他所様の製品をメーカーよりも詳細に分析するんです。頼まれもしないのに。我々だって評価分析はしますけど、さすがにそこまではしないでしょ?」

 「まあ、確かに・・・」

 「料理に例えるなら、我々は料理人です。しかし彼らは違う。野菜を畑の土壌から作り、肉なら種付けから育て、この世に無い調味料まで開発するような連中です。我々が敵うわけがない」

  技術部長はそれでも納得がいかないような顔つきだ。

 「開発も大事ですけどね、一番大事なことは安全でコストパフォーマンスが高い製品を提供することですよ。アレを目指す必要はないんです」

 「・・・だからですか?方針転換を進言したのは」

 エンリコンR社もブラックホールエンジンを開発中だ。しかしスペックもプロセスも全く違う。


 エンリコンR社はブラックホール生成も自前だ。プルトニウム100㎏を一気に核分裂させる。爆発のようなエネルギーを磁場ではなく、直接重力線で圧縮するのだ。そのため超電導コイルを必要としない。生成された質量100㎏のブラックホールは、使用済み核燃料で10トンまで肥大化させる。

 質量10トン直径約6㎜のブラックホールは、直系2mという小さなウォールカプセルに移し替える。但し直径2mながら隔壁は500㎜の厚さだ。原子力発電を併設させているが、エンリコンR社製ブラックホールエンジンはエネルギーを必要としていなかった。

 使用されるのは原子炉から放出される放射性廃棄物。こちらをひたすらウォールカプセル内に充填させていくだけである。

 ブラックホールの解析により、放射性廃棄物を取り込むとホーキング放射で強烈な発光することが判明していた。エンリコンR社製はウォールカプセル内壁に光発電パネルを敷き詰めていて、発電に特化させるものだった。

 エンリコンR社製ブラックホールエンジンは、原子力発電とセットであり「オッドボール」とは全くの別物と言っていい。

 「目の前のモノと比べると、我が社のは『ブラックホールエンジン』とは呼べませんね」

 技術部長が苦笑する。

 「ならば名前を変えればいいではないですか。『ブラックホールジェネレーター』なんてどうですか?」

 あっさりと答える営業部長に、技術部長が固まる。

 「目の前のモノに繋がっている核融合炉を我々の『ブラックホールジェネレーター』にしてしまえばいいのですよ」

 営業部長の笑顔に、技術部長もようやく笑顔を見せるのだった。



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