第7話 返事がないことへの、先生の返事

 そして、ふう、っと息をついて、教子のりこ先生は菜津子なつこのその目を見下ろす。

 「だって、肉とるために殺されて、革を捨ててしまう、なんて残酷でしょ? もちろん自分で革なめしなんかできないから、牧場のひとから業者さんに頼んでもらって、デザインはわたしが決めて」

 それで、この、ひもの飾りがすそのところに入った短いスカートができたのだ。

 教子先生は、そのよく動く体をくるんと動かし、菜津子のすぐ横に座る。

 座っても、教子先生のほうが背が高い。

 きゅっ、と、肩。

 うわっ。

 声は立てないつもりが、のどの奥が「こっ」と鳴る。

 その教子先生の両手が、菜津子の腕沿いに下りて来る。

 「肉をとるために殺すのは残酷」

 菜津子の左耳のすぐ後ろで教子先生がささやく。

 優しいささやき声だけど、その声にはしんのような硬いところが通っている。

 逆らえない……。

 「その革をこうやって身にまとう。それはもっと残酷なのかなぁ、それとも違うのかなぁ」

 声は小さくなって、左の耳もとでささやく。

 「どう思う?」

 返事……。

 どうすればいいだろう?

 「な、つ、こ?」

 ますます喉がまって、答えが言えない。

 それに。

 何を言えばいい?

 菜津子の返事がないことへの、先生の返事。

 迫ってくる、教子先生のひらぺっちゃい頬の触覚。

 盛り上がりが耳たぶを通り過ぎる。

 先生は笑っているのだ。

 耳の下、首筋と頬骨ほおぼねのあいだくらいに続いていた肌の感覚が、さっきよりあいまいにやわらかいものに変わる。

 「あ」と「か」の中間の音が、喉から短く出る。それに答えるように。

 ちゅっ。

 「ふふーん」

 先生の柔らかい鼻と頬と唇の感覚が頬と首筋を行ったり来たり。

 「安心して。キスマークつけたりはしないから」

 「い、いや」

 しかし、「いや」というと、先生は「キスマークをつけたほうがいい」と解釈してしまうかも知れない。

 「むむーん」

 鼻から息を出して「調音ちょうおん」する音を「鼻音」というと教子先生は教えてくれた。

 その「鼻音」で鼻から漏れる音が菜津子の体をこわばらせる。

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