第49章−7 異世界の書類は間違いだらけです(7)

 オレが異世界に召喚されて四十六日目。


 ドリアの執務の手伝いは昨日でいったん終了になった。


 処理待ちの書類はまだたくさん残っていたから、今日も手伝ってあげたいところなんだけど……あまり甘やかせすぎるのもよくない、と、フレドリックくん、リニー少年、そして書記官たちまでもが、手伝いの終了をオレに宣言してきたのである。


 ダメダメっこちゃん全開だったドリアも、ずいぶんと書類処理に慣れてきた。

 ドリアはやらないだけで、やればできる子だからね。


 がんばったかいあって、フレドリックくんの足元には及ばないけど、この国のことをよく知らないオレよりは、できるようになっている。


 ドリアがそこまで成長したので、最初の頃に紛れ込んでいた不備だらけの書類は、書記官たちがチェックして返却するようになったということも大きい。


 つまり、オレたちがやっていた仕事を書記官たちがやりはじめたということだ。


 そろそろドリアがちゃんとひとりで書類の処理ができるようになったか見定めないといけない時期になったってことだよね。


 それに……


「あまりこちらに長居しすぎると、宰相閣下からそんなに執務がやりたいのなら王配にならないかと打診されますよ」


 と、フレドリックくんに恐喝……いや、忠告されたので、オレはさくっと断念した。


 もっとフレドリックくんの講義を聞いていたかったし、ドリアと同じ空間にいて、一緒に作業をしたかったんだけどね。


「マオとの共同作業だな!」


 と、ドリアはこの五日間の執務に大変満足されていたようだが、ちょっと意味が違うと思う。


 というか、すっかり『王太子様』になっちゃって、以前のようなガツガツしたところがなくなったのは……ちょっぴり残念だ。


 リニー少年の情報によると、十五人の奥様方とよろしくやっている宰相サンが、色々と王太子殿下に『勇者様を確実に堕とす方法』とやらを伝授しているらしい。


 どうせ、ろくなことを教えていないのだろうが、はっきり言って、迷惑極まりない。

 オレをダシに使わないでほしいよ。


「マオは仕事のできる『オトナなオトコ』に弱いと聞いた。わたしもそういうオトコになってみせるから、フレドリックと大人しく待っていてくれ。いいか、フレドリック以外はだめだぞ! フレドリックが許したとしても、わたしは許さないからな!」


 とかもう、わけのわからないことを言う始末だ。


 そもそも、『オトナなオトコ』はそんな残念なセリフを発することはないと思うよ。そこから間違っているからね。


 宰相サンの定義する『オトナなオトコ』

と、ドリアが解釈した『オトナなオトコ』と、オレが好きな『オトナなオトコ』が同一だとは限らない……なんとなく言いそびれてしまった。


 ただ、これはちょっと……働かせすぎでドリアの判断能力が落ちているのではないだろうか? と心配になった。

 フレドリックくんも同じようなことを思ったようで、仕事は日付がかわるまでにして、休息はしっかりとりましょう……ということになった。


 眠たそうにしているのに、必死でオレたちにつきあっているリニー少年も視野に入れての判断だ。


 子どもは早寝早起きが大事だからね。

 夜更かしなんかさせられないよ。


 早く仕事を片付けたいドリア、仕事が大好きなオレとしたら、徹夜もありだけど、書類処理の指揮権をがっちり握っているフレドリックくんの言うことには逆らうことができない。


 継承権第二位モードになっているフレドリックくんは、カッコいいくらいに傲慢で、惚れ惚れする支配者だった。


 こんなカッコいいフレドリックくんを不特定多数に見せちゃだめだ。

 絶対に、王太子派と元王太子派ができてしまう。


 その辺りのことは、リニー少年も宰相サン厳選の優秀な書記官たちも心得ているんだろうけど、このことは内密にするように、とオレの方からも念押ししておいた。


 だって、みんながフレドリックくんに惚れたら困るからね。


 リニー少年ってば


「勇者様、そのように心配なさらなくても大丈夫です。この部屋にいる者は、若干一名を除きまして、みな、口が堅い者ばかりです。フレドリック様の雄姿が漏れることはございません」


 と、自信満々に宣言する。

 いや、まあ、その若干一名が致命的とは思うのだけど。そこはあまり触れたくないね。


「フレドリック様のことを漏らせば、騎士団長様に家族まとめて消されることぐらい、みな知っております」

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