【悪友時代】Birthday



 ふと目に入ったカレンダーで今日の日付を確認して、「あ」と一人呟く。



「今日って誕生日だったっけ……」



 もっと前、こんなにひねくれた性格になる前は、誕生日と言えば一年の一大イベントで一週間以上前からそわそわして友達から誕生日プレゼントをもらえるだろうかなんて可愛らしい心配(むしろガメついか?)をして。とにかく当日になってやっと自分の誕生日だったと気付くなんてことはなかった。

 親元に居ればまた違うのだろうが、生憎と今は一人暮らしだ。自分で自分の誕生日のために料理作ったりするなんて嬉しくも何ともないというかはっきり言えば面倒だ。



「あー……。自分で自分に誕生日プレゼントってのも何だかな……」



 料理を作るのが面倒なら奮発してどこかに食べに行くとか、せめて何か誕生日プレゼントとして買うとか考えてみるものの、自分で自分にやるのではなんだか味気ない。わざわざ誕生日だからってそんなことをしなくても、気が向いたときにやるほうが数倍いい。

 そう思い、まぁいいやと考えることを放棄した。


―――ピーンポーン。


 少々音の悪くなった呼び鈴が鳴る。誰だろうと一瞬考えて、こんな微妙な時間に来るなんて一人しかいないな、と思い直した。

 外は暗闇、時計の短針は文字盤の2を指している。すなわち午前2時。まず常識のある人間なら来訪などしない。


―――ピンポンピンポーン。


 じれったそうに何度も鳴る呼び鈴に意識を傾けつつ、動く気がしないので放っておく。

 しばらく呼び鈴が鳴っていたが二十回を過ぎたあたりで止んだ。その数秒後にテーブルの上の携帯が震えだした。

 ソファに寝転びながら手を伸ばして震えるそれを掴む。ディスプレイには予想通りの名前が表示されている。

 無造作に通話ボタンを押して耳に当てれば、うんざりするほど聞きなれた声が機械処理で少しだけ違う風に聞こえてきた。



『居留守使うなよ。メンドくさがってないで早く開けろ。不審人物だと思われるだろうが』


「アンタって常識ないわけ? 今何時だと思ってんの。真夜中、つまり二十四時間営業の店しか開いてないような時間だってわかってる? ていうかアンタは立派な不審人物だっての。いっそ警察に捕まって世間の荒波にもまれて来い」


『お前起きてっだろ。なら店が開いてなかろうが真夜中だろうが俺の目的は達成できる。……つーか早く開けろ』


「………………」



 思いっきり無言で返して、仕方なく玄関の鍵を外しに向かう。あいつならピッキングとかやりかねない。


―――ガチャ。



「遅ぇ」


「偉そうに言うな。開けてやっただけありがたいと思え」


「冷てぇの。せっかく一人寂しいバースデーだろうと思って祝いに来てやったのに」



 意外なような予想がついてたようなそんな言葉を吐いてあいつはズカズカと部屋に上がりこんだ。



「一人寂しいバースデーだから何だって訳でもないし。……で、どうしてこんな時間なわけ」



 いくらなんでも非常識すぎる。せめて朝だろう。もしくは夕方。



「あ? 別に何時だろうが問題はないだろ。それともなにか? お前はきっちり自分が生まれた時間じゃないと祝わないとかそういう奴なわけ?」


「そういう意味じゃない。祝うにしたって真夜中である必要はないだろうって言ってんの」


「思い立ったら即実行だろ。ちょっと店寄ったせいで遅れたんだよ」



 ホントは日付変わる前に来ようと思ってたんだけどな、と「そこまでやらなくても」と思うような科白を呟いて、あいつは持ってきた袋から色々なものを取り出した。



「お前外で食うのあんまり好きじゃねぇから、作ってやろうかと思ってな。言っとくが並みのシェフより美味いもん作る自信はあるぞ」



 今更言われなくたってこいつの料理の腕が一流レストラン並みだってことぐらいは知っている。しかも好みを知っている分アレンジを加えて食べやすくしてくれるため、一流レストランよりも良いと言える。



「作ってくれるってんなら喜んで食べさせてもらうけど。今日用事ないの?」



 新しい彼女ができたって聞いたからしばらくはこういうこともないと思っていたのだが。



「いちいち俺の行動に干渉してくるから振った。今は恋人ナシ」


「今回は短かったわけね。……一週間ちょいってとこか」


「メール打ってるだけで誰宛かしつこく聞いてくるんだぜ? ウザ過ぎ」


「恋する女の子はそういうもんだと思うけど。ていうかいい加減とっかえひっかえやめれば?」


「恋人がいないとうじゃうじゃ集まってくるんだよ。しばらくでも遠ざけとかないとこっちが参る」



 顔よし頭よしついでに金持ちともなれば仕方のないことではあるが、大変そうではある。

 心の中で少し同情しつつ顔には出さずに質問を投げた。



「で、これから作るわけじゃないでしょそれ。つーか夜にしかそんなの食べないし」


「まぁそうだな。とりあえず……」



 ごそごそとまた別の袋を探るのを見て、何を探してるかは大体想像がついた。



「ハッピーバースデー。お前確か時計欲しいとか言ってたろ」



 言葉とともに差し出された小ぶりの包み。なんとなくいやな予感がしながらも開けてみると。



「……げっ」


「げってなんだげって」


「……もうちょっと扱いやすいのにしてくれればよかったのに」



 開けた包みの中身は案の定時計だった。しかしブランド物。



「一応安めにしたんだけどな」


「有名ブランド物の時計とか普通つけようとか思わないっての。高いのだと気ィ使うし」



 いまいち相場は知らないけれどほいほい庶民が買える物ではないだろう。



「まー気にすんな。プレゼントなんだしよ。お前の好きそーなの選んで来たんだから」



 もう一度時計を眺める。確かに趣味にはあっている。



「……うん、デザインいいしね。ありがと。大事にする」



 結局二人で無駄話して、空が白んできた頃に寝て。

 昼に起きてからあいつがご飯作って、それを二人で食べた。



「夜はもっとスゲエもんつくってやっから楽しみに待ってろよ」


「ハイハイ楽しみにしとくよ」



 誕生日に恋人と過ごすってのが定番なんだろうけど。

 悪友と過ごすのだって負けないくらいいいものだと思った。


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