第2話クール系元ヤンお姉さん異世界転生する

「おお……」


 流理は急に異世界の家にいた。口にはタバコをくわえたままだった。


 家のなかを見てまわった。ウッドベースの造りは、どことなくアメリカの荒野にポツンと建つ一軒家を思わせた。


 二階にあがり、出窓を開く。


「う〜ん、大草原の小さな家かな?」


 外は、荒野ではなかった。春を思わせる陽気と緑が一面にひろがっている。


 嫌いじゃない、と流理は思った。


 すこし暑かったので、スカジャンを脱いだ。ニット・セーターとジーンズという出で立ちになる。スカジャンの内ポケットからタバコを抜き出し、尻ポケットに入れた。スカジャンは無造作に出窓に置いた。


〈お気に召していただけましたか?〉


 頭のなかに声がひびいた。


「うわっ、ビックリした」


 天使だった。


〈あっ、すいません。うるさかったら、そちらからミュートできますので……〉


 直接テレパシーのように声が届けられるらしい。


 これも体を作り変えられたということなのかな?と流理は思ったが、ここまできたら気にしないことにした。


「べつにいいよ。うん、良い家だね」


〈よかったです〜。あっ、ちなみに馬ですこし行ったところに街がありまして、おヒマになったらそこでいろいろ買えますよ〉


「馬なんて乗れないし、なんだい?ここは山のなかのド田舎ってわけでもないんだね」


〈はい〜、なるべくこの世界を気に入ってもらおうと思いまして〜、それにみなさん結構ひとりぼっちだと飽きちゃうんですよ〜〉


「なるほど。ま、そんなものかもね」


〈はい〜。あ、あと、馬は乗れるようにしておきました〜〉


「こわ」


〈え〜〜、怖くないですよ〜。あっ、そこにある果物はウェルカムフルーツということで、どうぞお召し上がりください!ではでは〜〉


 通信終了。


 テーブルの上には見たこともない果物がおいてあった。形はリンゴに似ているが、色が真紫だ。まるで毒リンゴだと自己主張しているかのようだった。


 流理は手に取り、匂いをかいで、かじってみた。


 舌がしびれる感じはしない。


「ふむ、うまい」


 流理はリンゴ?をかじりかじり、家の外に出てみた。


 家を外から眺めてみると、なかなかにおおきく、ひとりで住むには十二分という感じだった。


 家のわきには井戸があり、すこし離れて厩舎がある。


 流理は厩舎に行ってみた。


「でか」


 そこにはラオウが乗っていたような馬がいた。頭上高くから流理を見下ろしていた。


 馬は顔を近づけてくると、フンフンと鼻を鳴らした。


「ん?食うかい?」


 流理がリンゴ?を差し出すと、馬はハモっと前歯でリンゴ?をはさんだ。器用に口のなかに転がり入れて、ムシャムシャと食べる。


「ふふっ、おいしかったかい?」


 馬は流理の体に頬ずりした。こしょばゆい感触と草原の香りが流理の体全体をなでていく。


 馬は自分で柵をあけると、ついてこいとでもいうように流し目で流理を見た。


 厩舎のまえの広場で、馬は座った。


 へえ、馬って座るんだ、と流理は思った。


 ヒヒン


 小さく馬はいなないた。しかも、こちらを見てアゴをクイッとするような仕草つきだ。


「う~ん、乗れってことなのかい?」


 流理はとりあえずペタリと背中に触れてみた。すごい張りがある。ナデナデ。馬に触ったのははじめてだったので、ちょっとした感動があった。


 ヒヒン


 またいななく。


「わかったよ」


 流理は、馬の背中に勢いよく飛び乗った。


 すると、馬は待ってましたといわんばかりに立ち上がった。


 たっか、流理は思った。馬の背中は想像以上に高い。さらにこの馬はふつうの馬の何倍もデカいように、感じられた。しかし、流理は近くで馬を見たことがなかったので、判断はつかなかった。


「お、おお……」


 馬がゆっくりと歩きだした。


 自然と流理はタテガミをつかんだ。


 痛がるような素振りはない。それどころか、馬はキチンとタテガミをつかむのを見計らって、スピードを上げはじめた。


「おおっ……!」


 開けた大草原を馬に乗って走るのは、爽快そのものだった。


 ふつうなら、すんなり乗れるはずもない。流理は魔法か天使の力が働いているのだな、と思った。なにより、全然揺れないのだ。まるで高級車のラグジュアリーシートのようだった。


 トラックも良いけど馬も良いじゃないか、流理は思った。



 流理はトラック乗りだった。


 子どもが飛び出してきたのを避けて、横転。電信柱につっこんで死んだ。


 幸い、子どもは無事だった。


 恋人もいないし、責任をもたなきゃいけない家族もいない。ちなみに、家族仲は悪くなかった。

 

 友達も含めて、ちょっとは悲しんでくれるかもしれない。

 

 けど、人間、いつか死ぬものだ。


『死んじまったのに、いつまでもクヨクヨウジウジしてたって仕方がないさね』


 流理はそういうふうに考えるタイプだった。

 


「ふふ、ラオウ、あんたタテガミフワフワだね」


 流理は、馬にラオウと名付けた。


 ヒヒーン!


 ラオウは返事をするようにいなないた。


「ん?アレはなんだい?」


 上半身裸で腰ミノをつけた集団が走っている。


「アレはゴブリンですね、ご主人」


 急にダンディな声でラオウがしゃべった。


「えっ!?ラオウ、しゃべれるの?」


「ああ。ご主人がイヤな奴ならずっとしゃべらないでいてやろうかと思ったんだが、自慢のタテガミをほめてくれたからな」


「そ、そうなのかい。今日一驚いたよ。で、ゴブリン?」


「まあ、モンスターの一種だな。群れだとめんどくさい相手だ」


「モンスターいるのかい……」


 流理の脳裏には天使の脳天気な笑顔がうかんだ。


「どうやら狩りのようだな」


「んん?」


 ゴブリンたちの先に走っている人影が見えた。


「アレ、追われてるのは人間かい?」


「そのようだ」


「う〜ん」


 流理は一呼吸分うなって、いろいろ考えた。


「まあ、見ちまったもんはしょうがない!助けよう!ラオウ、お願いできるかい?」


「承知」


 ラオウは速度を上げた。



 コートを頭までかぶった人物が、ゴブリンたちの前を走っている。


 ゴブリンの放った矢がコートに弾かれる。どうやらコートには魔法がかかっているらしい。


 しかし、ゴブリンたちの体力は無尽蔵で、息も切らさずに追いつき、囲んでしまった。


 対して、息も絶え絶えにコートを着た人物はなにやらつぶやく。


 ゴブリンの内、一人が飛びだし、躍りかかろうとした。


 その眼前で爆ぜたように炎が生まれた。風圧がゴブリンを押し留め、コートを着た人物の素顔を露わにした。


 少年だった。それも妖精を思わせる美少年だった。陽の光に透ける金髪と白い肌が、みずからの生み出した炎に煽られている。


 少年は手をかざし、炎をコントロールした。ゴブリンたちの足もとに炎を走らせる。


 ゴブリンたちは叫び、隊列が乱れた。


 その隙をねらって、少年は包囲から抜け出そうとする。


 しかし、少年は疲労困憊していた。さらには魔法には過度な集中力が必要なようだった。


 少年の背後に、ゴブリンが忍び寄る。


 ゴブリンは、手にした棍棒を振り上げた。


 その時、地響きが近づいてきた。異変を感じたゴブリンは、棍棒を振り下ろす手を止め、うしろを振りかえる。


 そこには、すでに巨大な馬が踏み潰さんばかりに、ゴブリンの目の前に迫っていた。反射的にゴブリンたちは身を低くした。


 少年は魔法の集中からか、一拍おくれて振りかえった。


「わっ!」


 フワッと、襟首をもたれて浮き上がると、少年は流理の胸のなかにスッポリおさまった。


 少年は、なにが起こったのかわからなかった。ただ前をまっすぐに向く、流理の凛々しい表情を見上げるしかなかった。


 少年の心臓のリズムは、ラオウの走るリズムよりも速く打っていた。


 ゴブリンたちは、悔しそうに届くはずのない矢を射っていた。



 

 

 

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