第3話 青い女に出会う

 しかし森だなぁ。ずっと森。

 たまに川がある。普通の小川……。


 美しい風景なんだけど三日も経てば飽きるものだ。


 今日はここで一泊しよう。


 おっと!


 また巨大ハムスターに襲われるが間一髪。

 僕はやつのタックルを闘牛士のごとく華麗にかわし。


 やつの足元に向かって、石を削って作ったナイフを投げる。

 地面に刺さったのを確認すると呪文を唱える。


「忍法! 『影縫い』!」


 『影縫い』は敵の影に刃物を刺しこんで動きを止める。所謂、ファンタジー系忍者の必殺技の一つだ。


 ぴたりと動きを止めた巨大ハムスターに近づき。奴の首をもう一つの石のナイフで切り裂く。

 大量の血を流し、死んだのを確認すると『影縫い』を解除する。


 血抜きをすればモンスターの肉とはいえマシになるだろうか。

 調味料が欲しい、せめて塩さえあればと前回食べた肉のまずさを思いだしながら、巨大ハムスターの死体を川に運ぶ。


 しかし、この森はモンスターが多い。これじゃ人間は住んでいないだろうな。

 女神と別れてからの僕は、このモンスターたちとのバトルしかしていない。


 だが、おかげで僕の戦闘力をある程度は把握できた。

 この世界は標準的なファンタジー設定で魔法が使えるのだ。


 神力は使えないがモンスターのいるこの世界で生きていける程度には身体能力と魔力を持っているようだ。


 この世界の魔法がどういう物かは分からない。

 だが、僕の知ってる知識で言えば、魔法とは体内をめぐる魔力を形ある姿に組み換え現実世界に影響をもたらすもの。

 その組み換え方は長年の研鑽によって生み出され、呪文や術式といった形で次世代に継承していく知的財産の一つだ。


 であるならば、僕が使える魔法。忍法が使えるのは理解できる。  

 前の人生で得た忍術というイメージが僕の体の魔力を活性化させ魔法という形で発動したのだろう。


 生半可なイメージでは魔法は発動しない。


 特に生まれながら魔力があっても人生経験の足りない若い人間には難しい。

 だから一般的なファンタジー世界の場合は魔法学校のような施設で先人たちの知識を学び魔法のイメージを養っていくのだ。


 ちなみに僕の場合は問題ない。忍術のイメージは完璧だ。原作漫画は全て読んだし、何度も監督と演技の相談をした。それに原作者の意見も聞いたのだ。


 ……まあ、この魔法は当面は僕だけの魔法にしておこう。うっかり書物にまとめて世に広めては女神シャルロッテの世界への冒涜だしね。


 


 こうして、僕はひたすら森の中を歩いた。

 相変わらずの森の風景だ。


 そしてモンスターを狩って焼いて食べる。

 不味いけど慣れてきた。それにこの身体、というか消化器官は丈夫なようだ。


 健康そのものなのだ。

 思えば野生動物を焼いて食うだなんていつ以来か、遊牧民時代の経験が生きているということだろうか。おそらくは僕の今までの人生の経験値がこの身体に宿っているのだろう。


 しかし、この村人Aの服は優秀だ。

 さすがは神がつくった服だ。一か月は着っぱなしだが臭わない……いや、臭う。

 服自体は泥やモンスターの血、脂などの汚れはあるが臭いはない。これは僕の体から直接発せられた悪臭だろう。


 やれやれしょうがない。


 川で洗濯ついでに体を洗うとしよう。


 

 しばらく歩くと川に着く、僕は服を脱ぎ川岸に立つ。

 手を水に入れる。水温はやや冷たいが慣れれば気持ちのいい温度だ。


 絶対ほつれない神の衣服。信じてるぞシャルロッテ君。


 水に浸すとごしごしと力強く擦る。

 勢いよく汚れが落ち、濁った汚水が下流に流れているのが見えた。


 むう、肝心のシミ汚れがとれない。これでは洗濯した意味がないではないか。

 肉を焼いたときについた脂汚れだろうか。ガビガビになって落ちない。


 シャルロッテは言っていたな。こまめに洗濯せよと。

 ちっ、汚れたときにすぐ落としておくべきだった。せっかくの清潔な村人Aの服がシミでだいなしだ。


「お姉さん、そんなに擦っても脂汚れは水では落ちませんよ。洗剤を使われては?」


 後から女性の声が聞こえる。

 ふん、そんなことは分かっている。


「その洗剤がないから水で洗っているのだよ。背後から聞こえる声の主よ」


「ですから、洗剤ならここにありますよ? ほら、そこの森で取れた木の実ですけど、脂汚れを落とすのに効果があるのです」


 ほう、それはありがたい。

 僕は布を擦る手を止め。後を振り返る。


 そこには居た。モンスターの徘徊する森には場違いな、青いドレスを着た、青いロングヘアーで歳は20代位の美女が両手に木の実を持って僕に差し出している。

 違和感はとりあえず後回しにして、せっかくだから洗剤だという木の実を受け取り、石で潰してシミにこすりつけてみた。

 再び水ですすぐと不思議。脂のシミは綺麗に落ちている。 


「おお、シミ汚れが綺麗に落ちている。ありがとう。ところで失礼なことを聞くけど、なんでそんな超絶美女の姿なんだい? 君、人間じゃないよね?」


 終始笑顔だった謎の青い美女の表情は僕の言葉を聞き一瞬でこわばる。


「……あなた、なぜ私がドラゴンだと分かったの?」


 いや、ドラゴンかどうかは知らない。

 なんとなく溢れんばかりの魔力に加えて。

 こんな場違いな場所に軽装で、しかも一人でいる女性に違和感を感じないほうがおかしいから聞いてみただけだ。


 それにしても……やれやれ彼女はドラゴンだったか。

 ドラゴンといえば、人化をするのはファンタジーの常だ。


 おっと、それよりも今受けた恩に対してちゃんとお礼をしないと。

 僕は洗濯物を広げて木の枝に吊るすと彼女の正面に立つ。


「いやー親切なドラゴンさん、ほんと助かりましたよ、すっかり綺麗になりました」


「そんなことはどうでもいい、怪しい奴、それにお前からは異質な臭いがする。お前、この世界の理から外れた存在のようね、ならば消す!」


「異質な臭い……あ! ごめん、ずっと風呂に入ってなかったから臭いよね。失敬、失敬。今水浴びをするから、それに素っ裸の僕を襲うというのもちょっとあれだぞっ!」


「あっ、それはごめんなさい、水浴びの途中だったのね。なら、そこで待ってるから……ごゆっくり」


 ドラゴンの女性はすぐその場を離れていった。

 まあ、悪い奴ではなさそうだし話せばわかるだろう。

 

 しかし、久しぶりの水浴びも悪くない。

 前の人生ではセレブ生活をしてたから川で水浴びなんて本当に久しぶりだ。

 

 少し離れた川岸の岩に腰を掛けている青い美女は靴を脱ぎ、素足を水につけて遊んでいた。


 絵になる光景だ。


 しかし、今の僕じゃ彼女には絶対勝てないだろうな。

 なんとか穏便に済ませたいところだ。


 まあそれはそれ、今は水浴びを全力で楽しむだけさ。

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