後編

* * *




「ええと……ありがとうございました……?」


「身内の不始末の結果ですから、お礼はいりません。……兄上のなさりように、傷つきはしませんでしたか?」


「いえ……あまりにも身に覚えのないことすぎて……。あとそれどころではなかったといいますか……」



 急展開した状況についていけずにどこか呆然としながらアリシアが言うと、カイン王子はクスリと笑った。



「そうですね、とても必死に精霊さまたちを説得していらっしゃいましたし」


「……! き、聞こえて……!?」


「懇意にしている精霊さまが聞かせてくださいました。あなたの素はあちらなのでしょう?」


「……それも、精霊さまが?」


「はい。『精霊のいとし子』さまのお話は、どの精霊さまも好きなものですから」


(何を話したのあなたたち……!)


〈アリシアが本当は田舎に戻りたいこと。王家に嫁ぐための教育が苦痛だったこと。それでもひとりで頑張ってきたこと〉


〈『ぜんせ』のきおくがあること! しせいにおりるのがすきなこと!〉


〈ぼくたち精霊への考え方が特異なこと。それがぼくたちには心地いいこと〉


〈みんなみーんなアリシアがだいすきなこと!〉



 矢継ぎ早に伝えられた内容に、アリシアは頭痛を堪える。プライバシーも何もあったものじゃない。いや、精霊のすることなのでどうしようもないとは思うが。基本人間の都合なんか知ったこっちゃないのが精霊なので。



「……本当に精霊さまに好かれてらっしゃるのですね。私に憑いてくださっている精霊さまも、傍に居られてとても嬉しそうです」


「……カイン殿下に精霊が憑いてらっしゃるというのは、本当のことだったのですね……」


「はい。公表してしまうと、私を王に、という声が高まるので、秘密にしていたのですが。精霊さまからお聞きになりましたか?」


「ええ。精霊さまは噂話がお好きなので」



 アリシアは精霊をおおむね悪戯好きな妖精か、八百万の神々のようなものと捉えている。この世界の人々はすべての精霊に対して恐れ敬うべき神様のように接するので、アリシアの考え方はちょっと特殊だ。そうなったのは、『精霊のいとし子』として幼いころから精霊たちが話しかけてきたからでもあるし、前世の記憶からでもある。



「実は、アリシア殿にはずっと会ってみたかったのです。精霊さまたちが楽しそうにあなたの話をするたび、その思いは募っていました。……けれど、会ってしまえばこの気持ちが抑えられないと思ったので」


「……え……?」


「アリシア・デ・メルシス殿。どうか、私の伴侶となってくださいませんか?」



 膝をつき、アリシアの手を取って、カイン殿下は真摯な瞳でそう言った。



「は……!?」


「兄上の婚約者であるあなたにこのような想いを抱くべきではないと思ってきました。けれど、兄上は愚かにもあなたを手放した。ならば、私にも機会があると思ったのです」


「いや……そもそも出会ったばかりですし……?」


「私にとっては出会ったばかりではありません。あなたの望みを叶え、幸せにする自信もあります」



 凪いだ湖面のようなその瞳に紛れもない情熱がこもっているのにたじろぎながら、アリシアは訊ねる。



「私の望みを……幸せをご存じだとおっしゃるのですか?」


「はい。あなたが望むのは家族に囲まれた平穏な日常。王家のしがらみから逃れること。……『精霊のいとし子』を王家は逃しません。けれど、私ならばあなたにご実家での暮らしと、平穏を差し上げられる」


「……本当に?」


「国守の精霊さまに誓って」


「……!」



 精霊に誓うのは定型句だ。けれど、王家の者が『国守の精霊』に誓うのは、それが虚偽となればその加護を失うことになるというのに──。


 カイン王子の本気を悟って、アリシアはごくりと息を呑む。



「……私、あなたのことを好きになれるかまだわかりません」


「努力します」


「王家に嫁ぐための教育ももう受けたくないですし」


「全権力を使って阻止しましょう」


「……あなたの得になるようなこと、ないと思いますし」


「あなたの傍にいられるなら、それが私への報酬です」



 揺らぐことのない瞳に、アリシアは負けた。



「……まずは婚約者からよろしくお願いします……」


「もちろんです」



 輝かんばかりのカイン王子の笑顔と気の早い精霊の祝福に目をちかちかさせながら、アリシアもまた、この先の幸せを想像して、口元に笑みを浮かべたのだった。



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