ナラティブ編
暁の空に確かな光はない。雲がかった細い月の光は、桂川の水面までは届かない。水は
明智光秀は自身の手が小刻みに震えていることに気づいた。武者震いではなかった。怯えていた。戦を前に恐怖したのは、初陣のとき以来である。一転して危機に瀕した金ヶ崎の退き口のときでさえ、光秀は冷静であったというのに。
桂川を渡って、洛中へと兵を進めれば、もう後には退けない。
ひとり密かに企てた謀反である。重臣に打ち明けたのは、昨夜のことだ。漏れていようはずはない。それでも光秀の胸には一抹の不安が付きまとう。
気づけば、東の空が薄紫色に染まり始めていた。それに急かされるように、光秀は手綱を取った。
声が震えぬように、光秀はぐっと食いしばってから口を開いた。
「敵は本能寺にあり!」
光秀は、主である織田信長を討つ決意を胸にゆっくりと渡渉をはじめた。
* AI *
信長と対面するのは久方ぶりであった。しかし感慨はなかった。光秀にとって主君とは仕える者ではなく利用する者であったからだ。
そんな薄情な自分に嫌気がさすこともあったが、それも今日までだと思った。
これまでよく耐えたと思う。天下布武という大望のためにひたすら働いてきた。それなのに、当の主君はそれを望んでいないのだ。
なぜ織田家の家臣たちは気づかないのか?
家中で重用されていないことも原因の一つだろうが、それだけではないように思えた。
家臣たちの望みが理解できなかった。彼らの願いは、ただ一つだけなのだ。それは――天下人である。
この乱世を終わらせるには、天下人が必要だ。そのことは誰よりもわかっているはずだ。だが、信長はその座につくことを良しとしてこなかった。
理由など知らない。知る必要もないと思っている。
今となってはどうでもよいことだ。重要なのは、目の前にいる男を討ち滅ぼすことだけだ。
光秀は馬上で刀を抜き放った。そして鞘を捨てると、それを両手に持ち替えて上段に構えた。
振り下ろせばすべてが終わる。そう思うと、不思議と心が落ちついた。
光秀は馬を降りた。そして、ゆっくりと歩を進めた。明智軍の兵は動揺していた。総大将が自ら斬りこむつもりなのかと驚いたのかもしれない。しかし、制止する者は誰もいなかった。皆が承知の上での行動だったからだ。
光秀は信長との距離を詰めた。
まだ遠いと思った瞬間、信長の姿が小さく見えた。その一瞬の隙を突いて、信長の手が伸びてきた。
反射的に体をひねりながら刀を振り下ろしたが、遅かった。肩口に激痛が走ると同時に視界が大きく揺らいだ。地面に叩きつけられた衝撃はあったが、痛みはなかった。斬られたと認識したのは数秒経ってからのことだった。
やられてしまった。まさかこんなにもあっけなく……。
光秀は起き上がろうとしたが、体の自由がきかなかった。手足を動かそうとするたびに鈍い音がするだけでぴくりともしない。
このまま死ぬのかと思うと恐怖に襲われた。
自分の死はもちろん怖い。だがそれ以上に怖かったのは、自分がいなくなったあとのこと――すなわち、織田家の行く末であった。
信長亡き後の織田家はどうなる?
誰が織田家を背負うのだ?
考えなければならないことが山ほどあるはずなのに、何も思い浮かばなかった。
もはや考えるだけの体力すら残っていない。光秀に残された道はもうひとつしかなかった。
光秀は瞼を閉じると、静かに息を引き取った。
羽柴秀吉は愕然とした。
明智光秀が謀反を起こした。
その報せを受けたとき、秀吉はすぐ信じることができなかった。あの男が裏切るなどと、とても信じられなかったからである。
確かに光秀は不気味であった。秀吉自身、何度か命を狙ったことがあるだけに警戒すべき相手だと認識している。だからといって、あそこまで忠実に尽くしてきた者を疑うことなどできるわけがなかった。
~ 感想 ~
信長と対峙する光秀!
これはいきなり信長を討ち果たして、1回目で終了か!?と思いきや、まさかの討ち死にエンド。
『主君とは仕える者ではなく利用する者』とか言いながら、死に際に織田家の行く末を心配する光秀。命がけのツンデレ?
というか、信長を殺そうとしたのは、光秀さん、あなたですよ? それにそもそも討ち損じてるというか、逆に討たれてるので、信長死んでないし、信長死後の織田家の行く末を案じる必要はないですよ!
しかし、秀吉がさらりと最後にすごいことを言ってるなぁ。
警戒すべき相手だから命を狙ったことがあるならわかるんだけど、もしかして暗殺を試みて、失敗した相手は警戒すべき相手っていう認識なのかな?
秀吉恐るべし。
AI明智光秀は本能寺で織田信長を討とうとして、逆に討たれてしまいました。
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