第21話 楽園から追放された日

 今日は月曜日。

 ようやく決まったことがある。

 それは、生徒会長――、夏川美月なつかわ/みつき先輩と一緒に海に行くといった日程だ。


 今週の火曜日。

 海開きらへんの時期であり、海に行くのにはタイミングがいいと思う。


 これを逃したら、絶対に後悔する。

 今こそが最大のチャンスなのだ。


 水着に包み込まれた、先輩の爆乳を拝めるひと時を過ごせるだろう。


 大野裕翔おおの/ゆうとはワクワクした感情を胸に秘め、夕暮れ時の今、自室で明日に向けての準備を整えることにした。


 手元には少し大きめのリュックがあり、その中身を確認しながらモノを詰めていく。


 他に、どういうのを持って行った方がいいだろうか?


 自身が着る水着は必ず必要だとして、遊ぶ道具などは持参した方が良いのか。

 しかし、裕翔は遊ぶものは殆ど持っていない。


 今の時間帯から購入しに行くというのも難しいか。


 手にしているスマホ画面に表示された時刻は、夕方の四時ごろ。

 自転車を使って街中に行けば、すぐには店屋には到着するだろう。


 んん……まあ、行ってみるか。


 そう思い立ち、自室から出ようとする。


 ん?


 扉から出た直後、幼馴染の佐奈と視線が合う。


 彼女は丁度、二階に上ってきたようだ。


 タイミング最悪だろ。




「あんたさ、何か、嬉しそうね」


 佐奈さなは裕翔の表情から、そう察したらしい。


「別に関係ないだろ」


 顔に気持ちが表れていても、頑なに違うといった姿勢で彼女とのやり取りを続ける。


「というか、今からどっかに行くの?」

「まあ、そうだな」

「……」


 彼女からジッと見られている。


「なんだよ」


 佐奈からの視線に嫌気が指し、反論した。


「それで何しに行くの?」

「ちょっとした買い物だから」

「あっそ……」

「……」


 佐奈と関わっていると、極限状態まで気まずくなる。


 適当に受け流すくらいなら、聞いてくるなよと思う。




「というかさ、明日、どっかに行くの?」

「え?」

「昨日、電話越しに話してたじゃん」


 佐奈の口からとんでもないセリフが飛んでくる。


「は? き、聞いていたのか?」


 開いた口が閉まらなくなる。


「何となく聞こえてきただけ」


 そんな馬鹿な。

 夏川先輩とスマホでやり取りはしたが、それは自室で行ったはずだ。


 こいつはどれだけ地獄耳なんだよ。




「どこかに行くなら、私も行くから」

「な、なんで⁉」


 佐奈のさらなる発言で、裕翔は飛びかけていた意識を取り戻し、彼女の方をパッと見やった。


「だって、一緒に過ごす予定だったでしょ」

「そ、それは母親とか、お前の家庭の都合で自宅でってことだろ。外に行くなら話は違うだろ?」


 嫌だ。

 佐奈と海まで一緒とか耐えられない。


 そうこう思っていると突然、手にしていたスマホが鳴る。


 なんだよ、このタイミングに――


 モヤモヤした感情を抱いたまま、スマホ画面を耳に当て、通話する態勢を整えたのだ。






『もしもし、裕翔。今、どこにいるの? 自宅?』


 お母さんか。


「ああ、そうだけど」

『明日はどこかに行くんでしょ? 幼馴染の佐奈ちゃんのこともよろしくね。それを伝えたかったの』

「え⁉ なんで⁉ というか、お母さん、なんでどこかに行くって知ってるの?」


 母親からもとんでも発言が放たれたのだ。


『だって、昨日ね。佐奈ちゃんの方から、裕翔と一緒にどこかに行きたいっていう話を聞いてね。じゃあ、裕翔にはしっかりと見守ってほしいと思って。その確認なのよ』


 母親は嬉しそうな口調で話を進めていた。

 が、スマホを耳にしている裕翔の脳内は混乱状態。


 そんな中、視線の先に映る佐奈を見やると、ニヤッと口角を上げていたのだ。


 これはまさかの彼女の策略の一つだったのか。


 嵌められた⁉


 先ほどまでの、夏川先輩と一緒に海へ行けるという楽園的希望から、地獄のような牢獄へと追放された感じになっていた。




『じゃあ、裕翔。あとのことはよろしくね』


 ――と、気が付けば、母親は通話を切っていたのだ。


「……え、ちょっと、お母さん⁉」


 その後の返答はない。


 おい、勘弁してくれよ。




「まあ、そういうことね。私も準備するから」

「なッ、お、お前! 勝手にそんな発言を母さんにするなよ!」

「いいじゃん、別に」

「んッ」


 こんなのないって。


 最悪だ。


 この前の土曜日。必死に校舎周辺の草むしりをした苦労がバカバカしくなってくる。




「そもそも、お前には付き合っている相手がいるだろ」

「そ、そうよ」

「じゃあ、そいつと一緒に行けばいいだろ」

「でも、さっき、そういう話になったでしょ」


 佐奈は意見を変えるつもりもなく、母親ともう一度、会話し、説得してくれる素振りもなかった。


 嫌だ。

 海でも、こんな奴と一緒に過ごすことになるなんて。


 地獄の入り口じゃないか。


 スマホを手から落とし、その場に跪いてしまうのだった。






 翌日から憂鬱だ。


 当日の火曜日。

 昨日の夜のうちに準備は済ませることは出来たが、あまり生きた心地がしない。その上、物凄く眠かった。

 今、ギリギリの精神力で、生き残っている感じであった。




「アレ? その子も一緒なの?」


 朝、九時前の時間帯に、先輩と約束の場所で合流する。


「はい……色々なことがあって」

「そう? じゃあ、昨日の内に行ってほしかったかな」

「すいません」


 地元。学校近くのバス停。

 そこに今、三人が集まっていた。


 夏川先輩は大きめの荷物を用意していたのか、キャリーケースを所有していたのだ。

 その中には、水着が入っているのだろう。




「変態じゃん」

「は?」


 夏川先輩の水着のことを考えていると、隣からボソッと嫌味な口調で言われた。

 裕翔は佐奈にうるさいと、小声で対抗したのだ。


 やっぱり、佐奈とはいきたくなかったな……。




 気分が落ち込んでいる裕翔。先輩と幼馴染で待っていると、遠くの方からバスがやってくる。


 この場所から海まで二時間ほどかかるのだ。

 二回ほど乗り換えがあり、ちょっとした長旅になるだろう。


 現時刻、九時。

 もしかすると、海に到着する頃には昼を過ぎているかもしれない。


 食事に関しては、先輩の知り合いが、海近くの宿を確保しているようだ。


 停留所前に到着したバスに、三人は乗る。


 朝早い為か車内は空いており、いたとしても五人程度。三人は一番後ろの席に腰を下ろす。


 裕翔は二人に挟まれたまま、海への長旅が始まるのだった。

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