第14話 こんなの夏休みに望んでいないんだけど…

 明日から夏川先輩と一緒に過ごせるって、素晴らしいひと時になるのに――




 夏川美月なつかわ/みつき先輩と一緒に過ごし素晴らしいひと時が、一瞬で崩れるかのように、絶望的な気分に襲われる。


 本当に今日からなのか……。


 そう思いながら、対面上の席に座る、エプロン姿の幼馴染――伊藤佐奈いとう/さなの姿を見やった。


 自宅にいるはずなのに、他人の家に居るみたいな気分になる。


 ため息しか出てこなかった。


 リビングにて。いつも通りの席に座り、目の前のテーブルに並べられた料理の数々を見やる。


 思っていたのと若干違う。


 視界に映るテーブル上には、色とりどりの料理が多く目立つ。

 肉じゃが、味噌汁、ポテトサラダに、焼き魚。

 ご飯もすでに茶碗によそわれていて、普通の夕食らしい光景が、そこには広がっているのだ。


 佐奈がここまで料理を丁寧にするとは思ってもみなかった。


 こういう料理もできたのか。


 大野裕翔おおの/ゆうとは席に座り直し、一旦箸を手にする。


 まじまじと、料理を見てしまう。


 丁度いい感じの匂いを感じ、先ほど食事をしてきたのに関わらず、食欲を掻き立てられてしまうのだ。


 いや、少しだけ食べるって言ったんだ。

 今さら、考え方を変えるとか。


 自分のプライド的にも許せなかった。

 しかも、相手が幼馴染なのだ。

 裕翔は顔を上げ、対面上の席に座っている彼女へ視線を向けた。


「食べないの?」


 佐奈から威圧的に言われた。


「……一応、食べるから」

「じゃあ、食べれば?」


 そっけない言い方だった。


「わかっているから」


 裕翔は皿にのせられた食べ物を箸で摘まむ。


 普通の肉じゃかか。


 それを口にした。


「……」


 裕翔は無言で咀嚼する。


 実際に食べてみたが、そこまで悪い気分にはならなかった。


 美味しいのは確かではあるが……。


 視線を向けると、佐奈がまじまじと見てきている。


 感想が欲しいのだろう。


 言わないとダメか。

 まあ、何の返答もないと、異様な空気感の中、過ごすことになるよな。




「ふ、普通かな」


 簡単に思いつく程度の言葉を口にした。

 多くを語るのも嫌だったので簡潔に話し、裕翔は彼女の様子を見やる。


「普通? それだけ?」

「そ、そうだけど」

「あっそ」


 なんだよ、その態度。


 嫌味な奴だなと思う反面。自分も嫌な返答の仕方だったとも思う。


 だが、これ以上、彼女と一緒に空間にいるのも嫌だった。


 むしろ、このくらいのやり取りでいいと、自分の中で結論づけたのだ。


「というかさ、お前って料理作るんだな」

「は? 作ることあるし。私、中学時代だって、学校の家庭科で作ってたじゃない」

「え……ああ、そうだったな」


 裕翔は少し固まった。


 ずっと前のことで忘れていたのだろう。

 中学の三年間の内、一回だけ一緒のクラスだったことがある。


 振り返れば、料理を作っていた気がした。

 その当時、彼女が何を作っていたかまでは思い出せなかったのだが。




 肉じゃが以外の料理も食べてはみたのだが、幼馴染の作るモノは普通に出来が良かったと思う。


 だからと言って、あからさまに褒めるとか、そういうことはしなかった。


 険悪な関係性になっているのに評価するとか、自分の中ではあまり納得できなかったからだ。


「まあ……よかったと思うけど。こっちの味噌汁は確かに美味しいし、料理って上手いんだな」


 空気感が悪かったので、念のためにさらりと、佐奈に口頭で伝えておいた。


「……そう」


 え?

 それだけかよ?


 これだけ伝えておいて、返事がそれだけなのか?


 頑張って評価したのに、その反応はさすがにないだろ。




「なに? その顔」

「……別に、なんでもないですけど」


 他人行儀な話し方になってしまう。


 裕翔は内心ため息をはいて、気分を切り替える。

 元々、幼馴染はこういう風な奴だったと思うことにした。




「まあ、今日はこれでいいよ」

「食べないの?」

「最初も言っただろ。今日は食べてきたから、少しだけ食べるって」


 裕翔は箸をテーブルにおいて、席から立ち上がる。


「じゃあ、使ったモノだけは片付けて行ってよ」

「わかってるから」


 裕翔は使った箸や皿だけはキッチンに持っていき、自分で洗う。


 他の料理については、佐奈の方で料理がのった皿にラップをかけ、モノによっては冷蔵庫に入れて片付けていた。


 大体の片付けが終わった後、裕翔はリビングを後に、階段を上って自室に向かうことにした。


 そういえば、誰かと付き合っているとか言ってたな。

 それはどうなったんだ?


 佐奈は強気に付き合っている相手がいると言っていたのだ。

 という事は、夏休み中に、どこかに出かけたりもするのだろうか。


 気になったものの、裕翔はリビングに戻ることはしなかった。

 まあ、あいつがどこかに行ってくれるなら、どうだっていい。

 だから振り返ることせず、自室へと移動したのだ。






 今、裕翔は自室に一人でいる。

 佐奈と対面しないだけあって、先ほどよりも心が楽になってきていた。

 あいつが一週間ほどいると考えると苦しい。


 自分の家に居るのに、逃げ出したくなる。


「はあぁ……ダメだ、さっきからため息ばかりで」


 裕翔は頭を抱え、その後でベッドにジャンプして、天井を見る形で仰向けになった。


 天井を見ているだけでは何も変わらない。


「誰かに相談するか……」


 誰にと言われれば、一人しか思い浮かばなかった。


「姉さんにメールでもするか」


 相談に乗ってくれると、そんなことをこの前言っていた。


 裕翔はバッと上体を起こし、手にしたスマホで渡辺萌花姉さんに連絡をする。


 突然の送信に返答が遅くなるものかと思っていたが、意外と早かった。


 二分ほどの返しだったこともあり、驚きだ。




『どうしたの? 何かの相談?』


 姉さんからの返答は心が安らぐ。


 裕翔は迷うことなく、すぐにメールを打ち込んだ。

 数秒程度で、悩み相談なんだけどと――と送信をした。




『相談ね、この前の彼女の事?』

『そうだよ』

『今から直接、会って会話できる?』

『それは、難しいかも』

『どうして?』

『色々あって、今日は忙しくてさ』


 裕翔は簡単に、そして、光速で返答した。


 近くに何かしらのオーラを感じたからだ。


 嫌なオーラが背中に伝わってくる。


 だから、光速で返答したのだ。


 刹那、扉が開く。


 すぐに背後を振り返ると、エプロンを外した状態の佐奈が佇んでいた。


 その嫌な直観が当たった瞬間である。

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