第35部 fu

 布団に入って眠っていると、突然目が覚めた。喉が渇いているようだ。背中に奇妙な汗をかいている。意識的にかいたのではない。


 起き上がって額に触れる。額は熱く、対照的に掌は冷たかった。発熱しているようだ。またか、とシロップは思った。自分にとっては珍しくないことかもしれない。熱が出ることはあまりないが、特にいつも元気というわけでもない。必ずどこかに不調を感じる。つまりは、それがノーマルということでもある。


「ドコヘイクツモリデスカ?」


 机の上からデスクの声が聞こえた。話すのに従って、彼の表面にある赤いランプが暗闇の中で点滅していた。


「公園に行ってくる」シロップは正直に答える。


「ナゼデス?」


「今、行かないといけないから」


 熱があるというのに、頭は案外クリアだった。ほかの感覚もしっかりしている。寝間着の上からジャケットを羽織い、手袋とマフラーをつけた。しかし、今は、そんな装備が必要な季節だっただろうか? 分からない。ともかく、外は寒いような気がしたから、そうした。


 玄関のドアを開けると、案の定冷たい風が顔に吹きつけてきた。反射的に目を閉じる。空に雲は一つもなく、真空の天空に光の固化した星々が散らばっていた。月は見えない。


 カーブした坂道を上り、家々の前を通り過ぎて公園へ向かう。歩くと、歩いた感覚はちゃんと生じた。ここは夢の中ではないようだ。


 二車線、計一本の道路。


 左右に立ち並ぶ街灯。


 丘の上にある公園の入り口に立ち、シロップは眼前に広がるグラウンドを見る。そちらには誰の影も見えない。ここに来る前から分かっていたことだが、ブランコの鎖が擦れる音が聞こえた。見るまでもなく、そこで遊ぶ彼女の存在が認識される。


「押してよ」


 シロップが背後に立つと、ルンルンがそう言った。シロップは要求された通りにブランコを押す。繰り返すと、振れ幅の最大値が徐々に大きくなっていき、一定の値に達したところでそれ以上変化しなくなった。


 隣に移動して、シロップもブランコに座る。金属音が微かに響く程度に漕いだ。


「ルンルンは、物の怪なの?」シロップは尋ねた。


「そうだよ」シロップの質問が終わる零コンマ二秒先にルンルンが答えた。


「私も?」


「それは知らないけど」


 ルンルンは子どものように笑い声を上げている。確かにブランコは楽しそうだった。


 シロップの方も楽しくなってくる。


「私、いつか死んでみたいな」シロップは言った。


「死ねば?」ルンルンが応じる。「殺してあげよっか?」


「そう……。いつか、そのときが来たら頼むかも」

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