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火曜日・・・




クソ親父のクソみたいな会社は、騒然としていた。

騒然とさせているのは、他でもないこの私。




保険会社のフロアに、夜の女がいるから。

クラブで着ているドレス・・・

腕も背中も胸もよく見えるドレスを着て、

髪の毛もいつもの美容院で早朝料金でセットをしてもらった。




いつもより高いヒールで、保険会社のフロアをゆっくりと歩く。

私の姿を見せるように、ゆっくりと、ゆっくりと歩いていく。




「響華さん!?

今日そのまま来たんですか!?

それ・・・大丈夫ですか!?」




クラブによく来る男達が、驚きながら・・・でも少し喜びながらも私に寄ってきた。




この男達は“CLUB Toki”の店を接待でもよく使うし、個人的にもよく来ている。

仕事もよく出来て役職に就いていたり、営業成績も良い男達。




そんな男達に、言う。




「私の格好の心配する前に!!!

自分自身の仕事の心配しな!!!!!」




腹から、声を出した。

この男達にいつものように腹から声を出し、いつものように毒を吐き出した。




その毒を吸い込み、男達の目は輝き出す。




そんな私を、社員達が驚いた顔で見ている。




そんな社員達に、言う。

腹から声を出し、毒を吐き出す。




「こっち見てる時間があるなら!!!

さっさと仕事しな!!!!

仕事をするんだよ!!!仕事を!!!!

そのためにここに来てるんだろ!!!??」




驚いている社員の中、あの男・・・山ノ内だけは面白そうな顔で笑っている。

いや・・・テディベアのアフロも楽しそうな顔をしていた。




そんな2人に笑い返し、人事部の部屋へゆっくりと歩く・・・。




そして、当たり前たけどこうなった。




「響歌・・・。それ・・・。」




クソ親父がクソみたいな顔で、社長室に呼んだ私を見ている。

そんなクソ親父にも、言う。




「クソ親父、いい加減目を覚ましな。

兄貴も小太郎も何で親父の会社からいなくなったのか。」




クソ親父はクソみたいな顔で笑っている。




「その顔で、その姿で・・・そういうことを言われると、昔の峰子さんにまた会えたみたいだね。」




「家で缶ビールばっかり飲んでるから、そんなに腑抜けたクソ親父になるんだよ!!

たまには“ママ”のスナックに行って!!!

上等な酒飲んで!!“ママ”の料理食って!!

“ママ”の演歌を聞いて!!!

“ママ”の毒を吸い込んできな!!!」




クソ親父の目に、いくらか輝きが宿る。




経営者は・・・孤独で・・・。

孤独の中、会社という大きな大きな鞄の中に、沢山の従業員を入れて歩いている。




合っているのか分からない道を、たった1人で歩いている。




不安でもあるから、怖くもあるから、つい完成されている・・・舗装されている道を歩きたくなってしまう。




いくらか輝きが宿った目をしている親父に、吐き出す。

腹に力を入れて、毒を・・・吐き出す・・・。




「立ちな!!!歩くんだよ!!!!」




クソ親父が・・・“経営者”の顔に少し戻った。

でも、少しだけ・・・。

私が小さかった時は、もっと“経営者”の顔をしていたようにも思う。




社長のデスクに座っているクソ親父の腕を引き、立ち上がらせる。




「歩くんだよ!!!しっかりしな!!!」




まだクソみたいな顔をしているクソ親父を見詰める。




「茨の道でも、歩くんだよ!!!

兄貴も小太郎もいなくなった茨の道でも、歩くんだよ!!!」




「いなくなったね・・・。」




「それでも!!!それでも歩くんだよ!!!

その鞄には、沢山の従業員が入ってるんだよ!!!

減らすんじゃないよ!!!!

もっと重くするんだよ!!!

もっと重くして、歩き続けるんだよ!!!」




「凄く、重くてね・・・」




親父の上等な鞄を持ち、親父の胸に思いっきり押し付ける。




「だから!!!来たんだろ!!!!

小太郎が見付けてきたあの男が!!!!

上等なその鞄の荷物を分けて持ってくれるような男が!!!

この鞄みたいな上等な鞄を持てない男なのかもしれないけど!!!」




クソ親父に押し付けた上等な鞄を、優しく触る。




そして、腹から声を出す。

毒を吐き出す。

目には見えない空気に、私の毒を吐き出し・・・広げる・・・。




目の前の男に届くように・・・




この経営者に届くように・・・





「立ちな!!!!歩くんだよ!!!!」





経営者は、孤独だから・・・。

弱さを見せるのは、空が黒くなってから。

日の当たる時間に歩き続け、空が黒くなってから立ち止まる。




夜の街で、立ち止まる。




経営者は、孤独だから・・・。

弱さを見せるのは、夜の女達だけにしか見せられないくらいに、孤独だから・・・。




目に輝きが宿りつつあるこの経営者に、笑い掛ける。





「缶ビールを飲むのは、あのテディベアのアフロと2人で飲む時だけにしな。」

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