3-2



 一行はもと来たルートを引き返し、ダムサイトの方に向かった。


 ダムサイトまでは、バッテリーのパワーを節約した省エネ走行だと小一時間もかかる。その間に、三人は昼食を摂ることにした。久太郎と久明は、コンビニ袋から握り飯や菓子パンを取り出して頬張る。隼人は母親が作ったサンドイッチが入ったバスケットをバックパックから出して、二人の前に広げた。


 彼方から、大型オートバイの大集団が走る爆音が聞こえてくる。


「さっきコンビニにいたおじさんたちかなあ」


 久太郎は隼人のサンドイッチを手に取りながら、音のする方角に顔を向けた。


「そうかもしれないね」


「でも、ジャイアンの母ちゃんが作ったサンドイッチ、すごくうまいなあ」


 久太郎は、レタスやトマトと焼いたベーコンをトーストで挟んだものが気に入ったらしく、次々に手を伸ばしている。


「同じものばかり取るなよ。隼人君の分がなくなるぞ」


「だってうまいんだもん。うちの母ちゃんが作るのより、断然うまいよね」


「うん、確かにそうかも知れん……。おっと、これは母ちゃんには内緒だぞ」


「んー、どうしようかなー、言っちゃおうかなー。母ちゃんは怒ると恐いぞ~」


 久太郎はもったいぶった口調で言いながら、右手を差し出した。


「なんだその手は。脅しても父ちゃんは買収要求には応じないぞ」


「あ、そ~。じゃあ言っちゃおーっと」


「こらっ!」


 サンドイッチはほとんどが久太郎の胃袋に収まり、バスケットはあっという間にからになった。


「ジャイアン、足りなかったらオレたちが買ってきたコンビニ弁当あげるよ」


「おい久太郎、お前が食べ過ぎるからなくなったんだぞ。隼人君に謝れ」


「だって、うまかったんだもん。なんかジャイアンが羨ましいな」


「そんなことないよ。それに他にもお弁当持ってきてるから大丈夫だよ。でも、本当はあんまり食べたくないんだ……」


 隼人はバスケットをバックパックにしまいながら、弱々しく言った。


「ふーん、お前らしくないな。どっか悪いのかい?」


「なんかだるくなってきちゃった」


「だるく……? 大丈夫か?」


「うん……、多分……」


 昼になって陽射しはますます強くなり、遮る物が何もないダムサイト付近の広い湖面では、それは肌を刺すように痛い。


 涼をもたらすべき風もなく、たまに吹く微風もヘアードライヤーから出る熱風とさほど違わない。


 あまりの暑さに、湖岸にせり出した木の陰に避難しているボートも多く、早々に納竿して引き揚げる釣り人もいる。


 はるか遠くの西の空では、真っ白い入道雲がモクモクと成長しているのが見えるが、亀山湖の上空は湿度が低く、真っ青に澄みわたっている。このような空を通過して降り注いでくる太陽光線には、おそらく街中のそれよりもたっぷりと紫外線が含まれていることだろう。


「これはたまらん。少しでも日陰が多い方に行こう」


 さすがの久明も音を上げた。


「賛成。このままじゃ熱中症になっちゃうよ。ジャイアンなんか、もう半分死んじゃってるし」


 隼人はぐったりとして膝に腕を乗せ、力なく俯いている。顔は真っ赤で、すでに初期の熱中症にかかってしまったようである。


 久明は、湖岸に立っている大鳥居をかすめるようにして、ボートを押切沢おしきりざわに向けた。


 両岸が鬱蒼と繁る森と崖に囲まれた、細長い谷間の押切沢は木陰の部分が多く、中に入るとひどく涼しかった。物音は全くなく、聞こえるのは微かな耳鳴りだけである。


「あー、極楽だなあ。なんか別の国に来たみたい」


 久太郎の大声が周囲の森に反響した。


 幹の半ばまで水没して立ち枯れた木の枝に、細長いくちばしに真っ青なボディーのカワセミが止まっている。ボディーの青と胸の辺りのだいだい色とのコントラストが実に美しい。


「本当だねえ。涼しいし静かだし、青い小鳥はいるし、まるで別世界みたい」


 隼人も生き返ったように、にわかに元気になった。バックパックからおにぎりを取り出して食べ始める。


「あれはカワセミという鳥だよ。水がきれいな水辺に生息していて、小魚を獲って食べるんだ」


 久明は隼人に言った。


「あれがカワセミですか。意外に小さいんですね。でも図鑑で見るより綺麗だなあ」


 カワセミは木の枝から水面に向かって飛び立つと、細長く鋭いくちばしを水中に突き刺し、何かを咥えて飛び去った。


「これなら別に釣れなくてもいいや。超極楽だから、昼寝でもしたくなってきちゃったな」


 久太郎は両手を上にあげて、大きく伸びをした。


「ふーん、いいの? でも釣れてないのはチョロQだけだよ」


 隼人が間延びした口調でからかうように言うと、久太郎の顔が険しくなった。


「うるさいな。ジャイアンのだって、魚が勝手にくっついただけじゃん! それにリール巻いて引っ張ってきたわけじゃないし」


「でも一匹は一匹だよ。釣れないよりはいいじゃん」


「………」


 久太郎は黙って釣りを再開した。それを小馬鹿にするかのように岸辺でバスが跳ねた。ボートのすぐ脇をゆったりと泳でいるバスまでいる。



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