来たよ

 いつものように、森で採ってきた素材を仕分けていると、窓の外を眺めていたベネットが、唐突に振り返った。


「ねー、ウィルー、来たよ」


「何が?」


「リーナとヴェザルナ」


「はぁっ!? もう来たの? ……今の俺たちで勝てそうなのか?」


 俺の疑問に、ベネットは小首を傾げた。


「うーん、ヴェザルナは思ったより強くないかも。でも、力を隠してるかもしれないし、私が倒すね。リーナはウィルと同じくらいの強さかな? 油断しなければ勝てるよ。あともう一人いるけど、こっちは全然だねー」


 ベネットの態度は、余裕そうなのでホッとした。だが、油断しなければ勝てるということは負ける可能性もある。腹に力を入れて気合を入れ直した。


「行こうか」


「うん!」


 ベネットに続いて森を駆け抜けると、丘の上で二つの人影が待っていた。赤髪のリーナと、白髪の少女だ。


 俺は彼女たちの前に立つと、愛想よく話し掛けた。


「久しぶりだなリーナ。そっちの白髪の方は初めまして、だよな?」


 リーナは眉間にしわを寄せ「気安く私の名前を呼ばないで」と吐き捨てた。白髪の方も黙って俺を刺すような目つきで睨んでいる。


「おいおい、若い子にそんな目を向けられるのは地味に辛いかな」


 リーナは俺の軽口を完全に無視して、ベネットを指差した。


「ヴェザルナ、あれを抑えなさい」


 その言葉に応えるように、リーナの影が立ち上がり、黒いドレスを着た女の形になった。炎のように揺らめいていて、実体のない幽霊のように見える。


 あれが魔炎妃ヴェザルナなのか。どことなく女王様みたいだ。その威圧感はかなりのもので、Sランクモンスターというだけのことはある。


 ヴェザルナはベネットを見て、ポツリと漏らした。


「あれが、ブラッディマッシュ……?」


 ヴェザルナの声はわずかに震えていた。ベネットを警戒しているのだろう。そんなヴェザルナをリーナは嘲笑う。


「怖いの? 同じSランクモンスターなんでしょ?」


「冗談言わないで。人間みたいな見た目だったから、少し驚いただけよ。すぐに灰にしてみせるわ」


 ヴェザルナが強気で返すと、ベネットも余裕の笑みを浮かべた。


「あなたが私を灰にする? 面白い冗談だね」


 ベネットは跳んで、俺から遠ざかった。俺を巻き込まないために、気を使ってくれたのだろう。


 次いで、ヴェザルナも黒炎を噴き上げながら飛びあがった。二つの強大な力が激突した瞬間、空気が裂け、地面は悲鳴を上げてひび割れる。森の匂いを塗りつぶすように、焦げた匂いが広がった。


 あれがSランクモンスター同士の戦闘か。まさに災害そのものだな。


 ベネットは大丈夫だろう。そもそも、俺が心配すること自体が無意味だ。それよりも、俺は自分の心配をしなくては。


 俺は、リーナと白髪の少女に意識を向けた。

 

「君らみたいな綺麗な子に相手してもらえるなんて、おじさん嬉しいねぇ」


 リーナは鬼のような形相で、剣を抜いて切っ先を俺に向けた。


「減らず口を!!」


 隣にいた白髪の少女が、一歩前に出た。


「こんなおっさんごとき、リーナお姉さまの手を煩わせない。私にやらせてください!」


「待ちなさい! あれは私の獲物よ!」


「私にもリーナお姉さまの復讐のお手伝いをさせてください! 腕の一本くらいは取って見せます!」


 白髪の少女はリーナの制止を聞かずに、剣を抜いて迫ってきた。


「私はシェリー。私のリーナお姉さまを悲しませるあなたを、絶対に許さない」


 俺は直接この子と接点はないはずなのに、なんて目つきで睨んでやがる。


「シェリー、俺とは初対面のはずだが、俺とリーナの間に何があったのか、きちんと聞いているんだよな?」


「バカにしてるの? もちろん聞いているわ。あなたはブラッディマッシュを使って、リーナお姉さまの妹を全員殺したんでしょう?」


 まぁ、それは事実だが、そこに至る経緯を何も聞いていないんじゃないのか? いや、考えるのはやめだ。俺に殺意を込めた刃を向けている以上、自分も殺される覚悟ができているということだ。


 俺が剣を抜くと、シェリーは跳びあがって剣を振り下ろす。彼女の剣から黒炎の刃が飛んできた。俺は剣に闘気を込めて振り、それをかき消した。


 お返しとばかりに、氷の矢を数発撃ち込むと、シェリーは黒い炎で壁を作って防いだ。


 シェリーは空中で加速して、突進してきた。あの黒い炎は防御や加速にも使えるのか。便利そうだな。なんか禍々しいから、使えるようになりたいとは思わんが。


 二人の剣が交錯するたびに、金属音が連続して響く。


 彼女の剣は黒い炎で覆われていて威力が大きい。闘気を込めた剣でなければ、簡単に折られていただろう。


 シェリーの剣技は、年の割には良く鍛えてはいる。黒炎を絡めた技は、そこらの奴じゃあ対応できないとも思う。それに、急所を狙うのを躊躇わないところを見ると、この若さで、何人も殺しているんだろう。


 だが、経験が足りなすぎる。前座に時間を掛けても、体力の無駄だ。さっさと退場願おうか。


 俺はフェイントを絡めてシェリーのペースを乱すと、闘気をより強く込めて、一気に振り抜いた。対応に遅れたシェリーが苦し紛れで剣を出すが、それは悪手だ。


 俺はシェリーの剣の側面に剣を叩きつけ、へし折ってやった。


 シェリーは動揺して、一瞬動きが止まった。俺は足を払って転倒させ、彼女の喉元に剣を突き付けた。


「恨みはないが、命は貰っておく」


 シェリーは目を見開いて瞳を揺らしている。お前の事情は知らんが、他人の復讐に加担するということは、こういうことだ。


 剣を握る手に力を込めようとしたその瞬間、黒炎の弧が俺めがけて飛んできた。


 跳躍してそれを躱すと、リーナはシェリーを抱え、離れた場所へ跳び退いた。リーナはシェリーを地面にそっと下ろした。


「あなたはここで見ていなさい」


「リーナお姉さま……」


 リーナはシェリーに背を向けると、俺に向き直った。彼女の瞳には、今まで以上に怒りの炎が宿っているように見えた。


 さて、ここからが本番だな。


 俺は息を深く吸って、剣を握り直した。

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