25. 初回配信

 胡桃は緊張した面持ちでB2階に降り立った。黒い三角帽子を被って、先端が渦巻き状の杖を装備し、黒い魔導士のローブを着ている。胡桃は、佐助とカベツヨに見せるように両手を広げた。


「どうかな? 変じゃないかな?」


「変じゃないでござる」


「うん。似合ってるよ、胡桃」


「へへっ、ありがとう」


 佐助はカベツヨの装備も確認する。赤い道着を着て、手にグローブをはめている一般的な格闘家の装備だった。道着にはところどころ汚れがあり、普段から使われているような感じはした。


(気にしすぎかな)


 佐助は意識を切り替えるように手を叩く。


「じゃあ、早速配信を始めるでござるか」


「う、うん」


 佐助はアクションカメラとスマホを接続し、スマホでチャンネルを開いた。隣でその様子を見ていた胡桃は、スマホの画面を見て、不満げに口を尖らせる。


「ねぇ、やっぱりこのチャンネル名、何とかならないの?」


 売れない女優のダンジョン配信ch。それが胡桃のチャンネル名だった。


「他に思いつかなかったでござる」


「いや、もっと他に、いろいろあったでしょ。例えば、そうだなぁ。『クルミチャンネル』とか!」


「没個性的な名前でござる」


「何を!」


「まぁまぁ」とカベツヨがなだめる。「名前は後からいくらでも考えればいいんじゃないかな。それに、ある程度人が集まったら、名前を考える企画とかやれば、盛り上がるんじゃないか?」


「そ、そうね。そういう企画はありかも」


「それで、今は何人くらい集まっているんだい?」


「……4人でござる」


 重々しい空気が3人の間に流れる。佐助は容赦ない視線を胡桃に向ける。


「ちゃんとSNSで告知したでござるか?」


「したわよ! 悪かったわね、泡沫の売れない女優で。どうせ私のフォロワーは90人しかいませんよ!」


「そこまで言ってないでござるが……。こういうとき、事務所はやらせで動員するものではないのでござるか?」


「それは胡桃のためにならないからね。まぁ、ここから数を増やしていけばいいさ」


「そうでござるな。胡桃殿なら、きっと増えるでござるよ」


「う、うん。頑張る!」


「それじゃあ、始めるでござる」


 カベツヨがカメラマンとなって、胡桃を撮影する。佐助はカメラに映らない位置から様子を伺う。カベツヨが合図を送ると、胡桃が頷いて、笑顔を作った。


「こんにちは、皆さん! 売れない女優の胡桃です。って、誰が売れない女優だ! これでも、少しは映画とかに出てるんですけどね。例えば、皆さんがよく知っている映画だと――」


 話が長くなりそうだったので、佐助は咳払いした。胡桃が気づき、「ああ、そうだ」と言う。


「前からダンジョン配信というものに興味があったので、せっかくだからやってみようと思ったのですが、一人だとちょっと不安なので、案内人として、この方に協力していただきます」


 胡桃に呼び込まれ、佐助は胡桃の隣に立って、一礼する。


「どうも。小次郎と申します。以後、お見知りおきを」


「小次郎さんは、ダンジョンについて詳しいんですよね?」


「うむ。ダンジョンのことならお任せするでござる」


「これは心強い! では、早速、案内をお願いしましょうかね」


 そのとき、コメント欄が動いた。カメラのディスプレイ機能によって、カメラの上にコメントが表示される。


====================


ココア:がんばれ


====================


 心優しいコメントに、胡桃の顔は明るくなる。


「ココアさん、ありがとうございます! はい。頑張ります!」


 一方、佐助は口元がゆるむ。カメラの向こう側でツンツンしている幼馴染の顔が浮かんだ。その気持ちがあるなら素直に謝ればいいのにと思う。まぁ、それを指摘したら、自分に対する応援コメントだと言いそうだが。


 そして2人はダンジョンの奥へと進む。佐助がB1階について説明しながら進んでいると、前方にうごめく水の塊が現れた。スライムである。


「きゃああ!」と胡桃は驚いて及び腰になる。


「あれは、スライムでござる。怖がる必要はないでござるよ。普通にやれば勝てる相手ゆえ、早速、魔法を使ってみるでござる」


「は、はい!」


 胡桃は杖に魔力を込めて、魔法を発動する。『炎魔法――火炎玉』。火炎玉はスライムに当たって爆ぜた。スライムの一部が飛沫のように散り、スライムが悶える。


「その調子でござる。もう一度やってみるでござる」


「う、うん! って、きゃ!」


 スライムが胡桃に飛び掛かってきた。が、佐助は剣でいなして、壁に叩きつける。


「さ、もう一発やるでござる」


 胡桃は頷き、スライムに火炎玉を放った。スライムは悶え、砂山が崩れるように、体が溶けていった。


「や、やったぁ!」と胡桃は跳んで喜ぶ。「スライムを倒しました。これで、レベルも上がったんじゃないですか!」


 胡桃は期待のまなざしを向けるも、カベツヨは首を振った。


「えー。上がってないんですか?」


「そんな簡単には上がらないでござるよ。でも、やり続けていれば、そのうち上がるでござる。と言うことで、次に行ってみるでござる」


「うん!」


 こうして2人は、1時間ほどダンジョンを進み、最初の配信と言うこともあって、途中で配信を切り上げた。

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