23. 部屋にて

 心は佐助の部屋で佐助を待っていた。今日は友達との約束があったので、ダンジョンには行っていない。ベッドに寝転がり、スマホをいじっていると、佐助の気配を感じたので、起き上がる。玄関に向かうと、佐助が扉を開けて入ってきた。


「おかえり!」


「ただいま」


「ご飯、できているよ。今日はカレー」


「ありがとう」


 靴を脱ぐ佐助のそばに立ち、心は甘い匂いを感じ取った。佐助に鼻を寄せ、匂いを嗅ぐ。やはり、佐助から柑橘系の甘い匂いがした。


「ねぇ、誰か、女の人と会ったの?」


「あ、うん」


「朱雀さん?」


「まぁ、朱雀さんにも会ったけど、後で話すわ」


「……ふーん」


 心は一抹の不安を抱えつつ、ご飯を机に並べた。そして、佐助と向かい合ってご飯を食べる。佐助がなかなか話し出さないので、自分から話題を振ろうとしたとき、佐助が口を開いた。


「この前、配信を手伝うみたいな話をしたじゃん?」


「あ、うん。私とはやらないくせに」


「べつに、心とやりたくないわけじゃないけど。で、その相手なんだけど、売れない女優らしい。演技に限界を感じたから、幅を広げるために、ダンジョン配信をやるらしいよ」


「ふーん」


 女優と聞いた時、心の中に潜む魔物が暴れ出しそうになったが、グッと堪える。前回の件で学んだはずだ。佐助は、他の女との触れ合いから、自分の重要性を理解してくれるはず。


(それに、女優だったら、ちょうどいいかも)


 女優なんて金とイケメンにしか興味が無いだろうから、佐助を気に入るとは思えない。それに、佐助が女優の方に興味を持ったとしても、女優がスキャンダルで自滅する姿が容易に浮かぶ。


(どこかのタイミングでその女優に会って、男は苦手アピールをさせると人気が伸びるよ、みたいなアドバイスをしようかな)


 そして女優に男がいることがバレて、佐助は失望し、身近にいる最高の幼馴染の存在に気づく。完璧すぎる筋書きに心は笑みがこぼれそうになる。


(でも、待てよ。ギャル系だったらどうしよう)


 そのタイプの女優なら、男が発覚したところでノーダメージだろう。むしろ、勲章のように掲げ、世間から祝福されるのが目に見える。


(ってか、彼氏がいるんなら、そもそも佐助は手を出さないか)


 では、彼氏がいなかった場合はどうか。持ち前の明るさとスキンシップで佐助と仲良くなり、佐助をたぶらかすかもしれない。そうなったとき、自分はどう対処すべきか――。


「で、どうかな?」と佐助に言われ、心は思考を中断する。


「ん? 何が?」


「俺が女優の配信を手伝うこと」


「うーん。まぁ、いいんじゃない?」


「え? いいの」


「べつにいいけど」


「そうなんだ……」


 いずれにせよ、佐助のやることに反対するつもりは無かった。その配信を通して、佐助が女優に興味を持ってくれれば、心としても悪いことではない。相手がダンジョンではなく、人間だったら、いくらでもやりようはある。


「そういえば、その女優って誰なの? 有名な人? あ、でも、さっき売れないとか言ってたね」


「晴好胡桃さん」


「……晴好胡桃って、あの?」


「うん。中3のときにいろいろあった」


 またあの子か! と心はため息を吐きそうになった。

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