16. 感謝
佐助と心がB1階に降り立ち、魔方陣が消える。B1階の端。街が遠くに見える。佐助はすぐにスマホを取り出すと、画面を確認した。配信の動画は暗いままになっているが、配信自体は行われていた。コメント欄が動き、佐助を心配するコメントが寄せられていた。
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黒の慟哭:返事をしろ、サスケ!
あああ:なんか音はしてるんだけど
くのー:女の人の声? 佐助さん、大丈夫ですか?
うっぴー:くらい
ねっとりめがね:もしもーし
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「あれ? 配信してたんだ?」と心は白々しく画面をのぞき込む。
「ん。まぁ」と言って、佐助は光の球体を引き寄せ、呼びかける。「あー。皆さん。サスケです。心配をおかけしました。私は無事です」
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くのー:良かった!
黒の慟哭:サスケ!
キラキラスマイル:キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
梅干し:よかった!
黄昏剣士:良かった
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「んじゃ、そういうことで」と言って、佐助は配信を切った。さらに配信したばかりの動画も削除する。
「あれ? 消しちゃうの?」
「ああ。映っているとまずいものが映ってるんでね」
「何それ?」
「ん。まぁ、秘密の通路とかB20階とか」
「何でそれが映ってるとまずいの?」
「桜花ギルドに対して、ちゃんと報告を行っていないから、俺がギルドに対して非協力的であることがバレる」
「報告すればいいじゃん」
「嫌だよ。俺、ギルド好きじゃないし。だって、未だに手書きの報告書しか認めない連中だぜ? 報告書の書き方はまだしも、羽ペンで洋紙に書かないと認めないとか、ダルすぎる。しかも、それに合理的な理由があるかと思えば、べつにそうではなく、ギルドとはそうあるべきというただの自己満足だからな」
「ふーん。いろいろと大変なんだね」
心は、あまりギルドと関わることが無かったので、佐助の語る大変さがいまいち理解できなかった。確かに、最初の登録の時はいろいろと面倒だった気はするが。
「さて、歩ける? とりあえず、街へ行こう」
「無理。おんぶして」
「は? 歩けるでしょ」
「佐助が遅いから、疲れた」
佐助が渋い顔で背を向けると、心は満足そうな顔で後ろから抱き着いた。佐助は心を背負って歩き出す。
「それで、どうしてB19階にいたの?」
「ん。紀夫のせいかな。なんか、B19階から帰りたいなら俺と付き合えって言われた」
「なるほど。断れない状況を作ったわけか。紀夫らしいな。でも、何でB19階に行けたの? 心はともかく、他の人たちのレベル的に難しくない?」
「玄武って人がいた。桜花四天王の」
「そういうことか。まぁ、でも、とりあえず無事でよかったよ。心にはちゃんと感謝の気持ちを伝えたかったからさ」
「感謝の言葉?」
「ああ。しばらく心と離れ、いろいろ自分でするようになって、心のありがたみがわかった。自分で作ったご飯ではなく、心が作るご飯を食べないと、なんか元気が出ないし、気を付けているつもりではいるけれど、心がいないと、俺の部屋はどんどん汚れていく。それに何より、心がいないと、いろいろつまんねぇんだわ。だから、何というか、いつもありがとう」
心は大きく目を見開き、表情を隠すように佐助の背中に額を当てた。今の顔を佐助に見られたくない。にやけすぎてキモいかも。何とか表情を整え、絞り出すように言う。
「……わかればよろしい。私の方こそごめんね」
「え」
「何で驚くのよ」
「いや、こういうときに、心が謝るなんて珍しいなと思って」
「私だって謝るときは謝るわよ。今回に関しては、私も変に意地を張っていたところがあるし」
「そっか」
心は佐助の温もりを感じるように体を密着させた。鎧が邪魔だが、それでも佐助を感じることができた。懐かしい感覚。昔はよく、佐助におんぶしてもらったのだ。
(……自立も悪くないかも)
佐助が自分の重要性を認識できるのなら、佐助の自立を促すのも悪くないかもしれない。
そのとき、佐助のスマホに通知があった。電話である。佐助は相手を見て、顔をしかめた。
「……出ないの?」
「ん。あぁ」
佐助が電話に出る。心は当然のように、スマホへ耳を近づける。
「もしもし」
「……私だ」
心は眉を顰める。心が知らない女の声だった。
「どうも」
「なぜ、電話をしたのか、わかっているな?」
「……はい。配信の件ですよね?」
「よろしい。今、どこにいる?」
「B1階ですが」
「なら、すぐに私のところへ来い。わかっていると思うが、服装には気を付けろ」
「承知しました」
「それではまた後で」
電話が切れ、佐助がため息をもらす。心は内心穏やかではなかったが、平静を装って話しかける。
「今の人は?」
「朱雀さん」
「朱雀? 桜花四天王の?」
「うん」
「は? 桜花四天王は嫌いなんじゃないの?」
「ん。でも、朱雀さんは別かな。朱雀さんは、ギルドを変えるためにいろいろ頑張っている人なんだ。配信だって、朱雀さんがいたからできるようになったし」
「ふーん。どういう関係なの?」
「まぁ、ビジネスパートナーってやつじゃないかな。ギルドのことが好きではないとはいえ、ある程度味方がいた方が楽なのも事実なわけで。だから、秘密の通路のこととかも、朱雀さんにはちゃんと報告しているんだよね」
「ふーん。ずいぶん、信頼しているんだね」
「まぁな」
自分以外に信頼している女がいる。それは、心にとって実に面白くない事態だった。何とかして引き離さねば。
(いや、でも、ちょっと待って)
心は考え直す。今回の件で、佐助は逆説的に自分の重要性を理解することを学んだ。つまり、他の女に接することで、逆に自分の素晴らしさや重要性を理解する可能性がある。だから、無理に引き離すより、どんどん接してもらった方が良いかもしれない。そうすることで、佐助の中で自分の価値が上がっていく。
(んー。でもなんか嫌だな。それで、佐助の関心が移っちゃうかもしれないし)
そもそも、佐助は自分のことをどう思っているのだろうか。今回の件を通し、自分の大事さみたいなものはわかったみたいだが、どれほど大事に思っているのだろうか。
「ねぇ、佐助。佐助ってさ、私のこと、どれくらい大事に思ってる?」
「え、何だよ。急に?」
「いいから答えて」
「答えてと言われても、抽象的すぎて難しいな」
「なら、私とダンジョン、どっちが大事なの?」
「どっちも大事だけど」
心は考える。佐助はダンジョンと結婚したいと思っている。そして佐助は、ダンジョンと自分を同じくらい大事だと思っている。つまり佐助は、自分と結婚したいと思っている。
「……もうそれプロポーズじゃん」
「どういうこと?」
「佐助の気持ちはわかったわ。なら、佐助がどんな人と付き合おうとも私は何も言わない。でも、忘れないでね。佐助にとって一番大事な人は、理解ある幼馴染ちゃんだから」
「え、ああ、うん」
戸惑う佐助の後ろで、心は満面の笑みを浮かべた。
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