焔祀の記憶 〜千年王国物語

沙羅双樹

プロローグ 〜 焔祀の詩 〜


 大国の跡、栄華は遥か彼方

 パンテオンの天蓋は崩れ、砕けた光が影を散らす

 ルリビタキは巣を離れ、寂寥の風に舞う


 往来の絶えた街道に、人の気配はなく

 かつての繁栄を見届けた精霊たちは、ただ戯れながら

 薄れゆく時の中に、消えゆくものを見つめる


 語るべきものは既にない

 亡国の徒は、再び灯る光を求め、彷徨う

 それは、遥か遠い未来のこと

 それは、遥か遠き過去のこと


      「焔祀の詩 〜序文」


焔祀の詩についての学術的考察

《焔祀の詩》は、かつて世界を支配したオルディウス帝国の滅亡を悼む詩篇であり、現在のヴァルフォード王国が建国される以前の歴史を伝える数少ない現存文献のひとつである。


 現在、ヴァルフォード王国は建国より1000年を迎えようとしているが、この世界の公的な暦である聖皇歴はそれよりさらに古く、約2500年前に制定されたとされる。この聖皇歴は、イルミナス教の創設に合わせて設定されたものであり、神聖なる光の教義と共に世界へと広まった。


 その後、1453年にオルディウス帝国が滅亡し、混乱の時代を経て、現在のヴァルフォード王国が成立したとされる。そして、その帝国の終焉を象徴するものとして伝わってきたのが、まさにこの《焔祀の詩》である。


焔祀の詩の起源と伝承

《焔祀の詩》は、帝国滅亡以前に編纂されたとされる詩篇であり、全1800文字に及ぶ帝国耽美式の叙事詩である。その作者は不詳とされているが、帝国の宮廷詩人、もしくは高位の知識層によって書かれた可能性が指摘されている。この詩は、帝国の栄光と滅びを象徴的に描いており、その成立時期と内容から、後世におけるオルディウス帝国の歴史解釈に大きな影響を与えた。


 一方で、《忘却の書》は、オルディウス帝国の滅亡後、1470年に編纂された歴史文書である。この書は、帝国の栄光を記録し、後世に伝えることを目的としたものであり、滅亡後の視点から帝国の正当性を強調している。それに対し、《焔祀の詩》は滅亡前に書かれたため、より当時の空気感を色濃く残しており、帝国が滅びゆく様を、優雅かつ哀愁を帯びた筆致で描いている。


 このため、《焔祀の詩》は単なる叙事詩ではなく、帝国崩壊にまつわる政治的・宗教的な背景を暗示していると考える学者もいる。特に、詩の中にしばしば登場する「焔(ほのお)」という表現が、イルミナス教の象徴である「神聖なる光」と関連している可能性が指摘されている。


焔祀の詩に込められた象徴

 詩の冒頭に登場する「ファンテルティオンの天蓋」は、オルディウス帝国の王宮を指すと同時に、長らく君臨していた帝国の絶対的な支配体制そのものを象徴すると考えられる。


 また、「ルリビタキの巣立ち」は、単に帝国に住んでいた人々が散り散りになったことを示すだけではなく、ある種の「選別」や「新たな時代への移行」を暗示している可能性がある。これは、イルミナス教の教義にある「選ばれし魂が天上へと昇る」という思想と関連している可能性があり、一部の研究者は、《焔祀の詩》が当時の宗教的な影響を受けていたとする説を唱えている。


 さらに、詩の終節にある

「それは、遥か遠い未来のこと」

「それは、遥か遠き過去のこと」


 という一節は、歴史の流れが円環的に繰り返されることを示唆していると解釈されている。これは、当時の学者たちが信じていた世界観と密接に結びついており、「過去と未来は交錯し、同じ運命が幾度となく繰り返される」という思想が根底にあるとされる。この考え方は、イルミナス教の教義と一致する部分が多く、特に帝国滅亡の際にはイルミナス教の神官たちがこの詩を「予言の書」として解釈していた記録が残されている。


研究の展望

《焔祀の詩》は、オルディウス帝国の滅亡を記録する単なる悲嘆の詩ではなく、「繰り返される歴史の宿命を示す鍵となる文献」である可能性が高い。


 また、この詩が成立した時期は、暦の制定(2500年前)と宗教成立(1500年前)の狭間にあたり、極めて重要な転換期に位置している。このため、今後の研究が進めば、本詩が語る「焔」と「祀り」の本質、さらにはヴァルフォード王国の建国以前に存在した文明や宗教体系との関係が解明されるかもしれない。


ヴァルフォード王国学術院 歴史研究部門

編纂責任者:アークシュタイア・ルーデン


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