第33話 オッサン、聖女ミレーネを褒める
「アレシア! なんですか! ナイフで刺して食べるなんて! お行儀が悪いですよ!」
「う……こ、これはちょっと間違えただけだ!」
俺は聖女ミレーネと剣聖アレシアのやり取りを微笑ましく眺めながら、朝のコーヒーに口をつけた。
懐かしいな……かつて2人と一緒に住んでていた頃も同じようなやり取りをしてたっけか。
「リエナ、新聞はあとで読みましょうね」
「は~~い。ごめんなさいミレーネ」
リエナとも敬語なしで話している、仲良くなったようで良かった。
あまり固すぎるのはオッサンもしんどいからな。
最近はリエナもこの宿屋に泊まることが多くなってきた。王様にさすがにマズイのでは?と言ったが、娘を頼んだぞ~お似合いじゃ~ハハハ~とか意味不明な事を言われた。
まあ、仕事上は助かるし賑やかなので、俺も嬉しくはあるのだが。
「アレシア! 食事中にメモを読まない! 今はみんなで会話をする時間ですよ」
「わ、わかっている! ちょっと気になることがあっただけだ! ミレーネは細かすぎるぞ」
「あなたは変わりませんね。それ仕事のメモでしょう? バルド先生に認めてもらいたいのはわかりますよ。でも焦りすぎです」
「むぅう……あ、あたしの方が先輩従業員なのに……」
「フフ、そのボロボロのメモ帳を見れば、どれだけあなたが頑張っているかはわかりますよ」
「そ、そうかミレーネ! やはりあたしは頑張れてるんだな! うんうん!」
まあ、なんだかんだ言ってこの2人は仲がいい。
ミレーネも久しぶりで張り切っているのだろう。
「ところでミレーネ……それが君の制服かい?」
俺は朝食を終えて、片付けをするミレーネに声をかけた。
そう、ミレーネは入社してからも純白の法衣で働いていたのだが、さすがにお客さんも「せ、聖女さまぁああ!?」とビックリするので、勤務用の制服を発注してもらったのだ。
制服については、俺はとやかく口を出していない。
流石に汚いのはマズいが、それ以外であれば本人の自由でいいと思っている。
思っているが……
「はい! ワタクシの制服です。似合ってますかバルド先生」
ミレーネの顔がぱぁーと明るくなり、その場でクルリと一回転してみせる。
「フフ、ちょっと短めの法衣ですね」
―――いや、それメイド服だから!?
スカート短すぎない!?
ミレーネの制服は基本的にはアレシアのものと似ていた。フリフリのフリルが沢山ついているかわいい感じの服だ。カチューシャもついている。色はアレシアは黒が基調だが、ミレーネは純白である。
オッサンが聖女にこんな服を着せていいのだろうか、という疑問は押し殺すことにした。本人は気に入っているみたいだし、あまりグチグチ言うのも良くないしな。
「お、おう……とても似合っているよ」
俺のひと声と共に、ミレーネは「やりました!」とか言いながら、クルクル回転しながら仕事に戻っていった。
……あまり回転はしない方が良い。色んな純白が見えそうで、オッサンの精神が揺らされまくるよ。
ブツブツブツ……
なに!? なんかうしろから聞こえてくる!
「強敵の出現だわ……その清楚ポジションはわたしが兼用していたのにぃい」
リエナさんでした……清楚ポジションってなんだ。
というか、これ清楚なのか!? オッサンには目の保養……じゃないやり場に困るんだけど。なんかドキドキするぞ。
よくよく考えたらうちの従業員は王女、剣聖、聖女に加えて美少女魔導人形のセラだ。オッサン以外のメンツがめっちゃ濃いじゃないか。
オッサンがウンウン唸っていると。ロビーの扉が勢いよく開いて、セラが飛びこんできた。
「―――ご主人サマ! 外に大量の魔物がイマス!」
セラによると、洗濯物を干していたらいきなり空から魔物が襲ってきたそうだ。
「数匹ミンチにしてやりマシタ、でも数が多くてキリがないので報告に戻りマシタ」
数匹ミンチにしたんだ……
セラは俺がエネルギーとなる魔導石に【闘気】を注入するようになってから、なぜかとんでもない速度と怪力を誇るようになった。どうやら戦闘面でもその威力を発揮したようだ。
◇◇◇
「うおっ! いっぱいいる!」
「先生、あれはフォレストビーです!」
アレシアの言うとおり、宿屋を取り囲もうとしている魔物はハチのような魔物だった。
大きさは人の頭ぐらいか。つまり、ちょっとデカいハチだ。
しかしおかしいぞ。ここは王都の郊外とはいえ、魔物が頻出する場所ではない。
なぜ急にこんなに大量発生するんだ?
「み、みなさん……お待たせしました」
奥から聖女ミレーネが出てきた。若干彼女の呼吸が荒い気がする。
手に持つ聖杖を空に掲げて、言葉を紡いだ。
「ば、バルド先生……、ワタクシが今から【結界】をはります。魔力を練る時間が必要です。それまで持ちこたえてください」
フォレストビーのブンブンとうるさい羽音が近づくたびに、彼女は体を震わせて過剰に反応していいる。
―――そうか……そうだったな。
ミレーネは雑念を振り払うように目をつぶり、魔力を練り始めた。
「ミレーネ! 接近するハチは俺たちに任せろ! アレシア、セラ! やるぞ! リエナは客に個室で待機させるように、あとはミレーネのサポートをたのむ!」
「「「はい!」」」
俺は体に巡る【闘気】を練り始める。
抜刀して、正面から接近するフォレストビーを見据えて。
「せいっ!」
「せいっ!」
アレシアとセラも俺と同じように、接近するハチの迎撃をはじめた。
このハチ、一匹一匹はそれほど強くはない。オッサンでも十分に対応できる魔物だ。まあ言ってもハチだからな。
「せいっ!」
「せいっ!」
……が、数が多い。
斬っても斬っても新手が来る。上下左右からガンガン突っ込んでくる。
うぉおお、オッサンの対応力そろそろ限界……
「みなさん! 宿屋に戻ってください! 【結界】を展開します!」
ミレーネの合図だ。空に掲げる聖杖が眩く輝いている。
―――よし! みんな後退!
「聖なる壁よ、厄災から我らを守りたまえ!
――――――
ミレーネの聖杖から光が溢れだし、宿屋全体を包み込んでいく。
大量のフォレストビーは、その壁に進行を阻まれて混乱しているようだ。個体と個体がぶつかり合って自滅するものも出始めている。
「ふぅ……」
肩で息をするミレーネに、リエナが手を貸す。
「ミレーネ大丈夫? 顔が真っ青だけど」
「ええ……リエナ、大丈夫です。久しぶりだったので……少し疲れただけですよ」
俺は彼女の頭にポンと手を置いて、声をかける。
「ミレーネ、よく頑張った。偉いぞ」
「フフ、バルド先生ったら。もう子供じゃないんですよ、ワタクシ」
「おっと、すまない。つい昔のクセが出てしまった」
そんな俺に対して、彼女は柔らかい笑みを浮かべようとしていた。
ミレーネは【結界】を使用して真っ青になっているのではない。魔力を使い果たしたわけでもない。
―――そうじゃない。
彼女は魔物が怖い。
もちろん誰だって、大なり小なり魔物という存在に恐怖心はあるだろう。
彼女の両親は魔物によって食い殺された。
幼い彼女の目の前で。
俺が駆けつけた時にはすでに時遅く、彼女しか救えなかった。
そんな暗い過去が彼女のトラウマになってしまったのだ。かつての彼女ならその場で動けなくなっていただろう。
―――だが、そうはならなかった。ミレーネは【結界】を展開して、みんなと宿屋を救った。
幼少の頃は魔物の絵を見るだけで、無条件に泣き崩れて動けなくなっていた子が。
―――もうこれは頑張りすぎだ。
だからオッサンは自然と彼女の頭に手を置いてしまったのだ。
昔のように。
そんなことを思い出していた俺に、アレシアたちの声が響く。
「せ、先生! フォレストビーの動きが!」
「ウソ……王都の方に向かっていく」
ハチの魔物たちが移動を開始したらしい、それも森に戻るのではなく王都のほうへだ。
基本的に魔物たちは進行を妨げられると、びっくりして森に帰っていく。元来た場所が魔物の巣でもあるからだ。
もちろん例外もあるだろうが、揃いも揃って森に戻らないとは……大森林になにかあるのか?
「ミレーネ! 【結界】の範囲を伸ばすことはできないの! このままじゃ王都のみんなが!」
「リエナ、大きな【結界】をはるには時間が必要なの。王都全体を覆うには……」
ミレーネの言う通りである。彼女は王都どころかナトル全域を覆うほどの【結界】を形成することができるだろうが、それは十分な準備期間があればこそだ。
【結界】をはるには膨大な魔力を練り上げる必要があるのだ。彼女の場合はその魔力と【闘気】をミックスして発動する。
他の魔法のように、数秒詠唱した程度では発動しない。
この宿屋に【結界】をはるのだって多少の時間を要したように。
―――さて、かわいい弟子のピンチだ。
ならばオッサンのやることは―――ひとつだろ
「よし、ミレーネは現状の【結界】を維持! アレシアとセラは魔物の注意をこちらにひきつけてくれ!」
「バルド先生! まさか【結界】を……!?」
「え? バルドさま【結界】はれるんですか? 魔法が使えないのに!?」
「―――とにかく俺に任せとけ!」
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