第17話 剣聖アレシアの過去

 王城から宿屋「親父亭」戻って数日後、俺たちは明日の出陣に備えていた。

 まあ装備といっても、俺はこの安物剣しかないけど。あとはおニューの白ティーシャツぐらいか。さすがにお古の白ティーはまずいだろう。けっして臭うわけではないが。


「ご主人サマ、フリダニア王国から宅配便デス」


 魔導人形のセラが、荷物をロビーにドカドカと運び込んでくれる。

 あの細腕で、重そうな大きな木箱を何個もヒョイヒョイと持ち上げるのは凄い。


 こんなとんでもない動きをするようになったのは、俺の【闘気】を入れるようになってからなのだが、ぶっちゃけ不安だ。

 セラの動力は純粋な魔力ではなくオッサンの【闘気】、つまりまがい物を入れてるからなぁ。壊れる前のオーバーワークとかじゃないよね。とにかく彼女の体調面には気を配るようにしよう。


 ロビーに山のように積まれた木箱。

 木箱の送り主はフリダニア王国第一王女のマリーシアさまだった。


 箱の中身は……


「―――アンパンじゃないか!」


 いやいやいや、これは凄い! というかヤバイ!


「ふふ、バルドさまは本当にアンパンがお好きなんですね」

「リエナ、これ見て! あの有名店のやつ! それからこっちはヨモギとハーブの変わり種で勝負している店のやつ!」


「マリーシアさまは、バルドさまの事をとっても気にされているのですね」

「んん? そうだな。たぶん濡れ衣で追放したお詫びとか言ってたけど。こんな大量のアンパン貰ったらちょっと気が引けるな」


「ご主人様、なんか手紙入ってマシタ。♡マークの不快な手紙デス」


 セラが珍しく、嫌悪感をあらわにして手紙を渡してきた。


「え? 手紙?」


 マリーシア様からだ。

 読んでみると、「あなたのことを想うと眠れない♡」とか「今度デートに♡」とかなんか恥ずかしいことがやたら書いてあるではないか。

 これ、入れる手紙を間違えているぞ。どう考えてもオッサンに送る内容ではない。たぶんマリーシア様は各種アンパンの説明文を入れる予定だったに違いない。ここはオッサン見なかったことにする。


「ご主人様に♡付けるなんて、許せナイ。そんな不快な手紙を送りつけるナンテ」

「いやいや、単に間違えて入れてしまっただけだ。マリーシア様もお忙しいからな。こんなにアンパン送ってくれて大感謝だよ」


 セラは納得がいかないのか、その後もしばらくイライラしていた。魔導人形にも多感な時期があるのかな。


 しかし、なんでこんなただのオッサンにここまで良くしてくれるんだ?

 冤罪で追放されたにせよ、フリダニアの王女さまが宿屋のオッサンにここまで割く時間は無いと思うけど。良くわからんな。

 俺は頭をかきながら、アンパンを物色する。


「ふふ、バルドさまったら、鈍感にも程がありますね。まあわたしとしてはその方がいいかも。遠方の姫よりは近い姫の方が有利ですから」


 んん? 鈍感? 何の話だ。

 もしや俺臭いがキツイのか? 白ティー着替えた方が良いか? でもこの年になるとしょうがないんだよ。


「なんでもないですよ。それよりも明日はいよいよ出陣ですから。今日は早く寝ましょうね。特別役遊軍の将軍さまとしていっぱい働かないと」


「う……将軍って」


 なぜかオッサンは指揮官になってしまった。

 ぶっちゃけ勘弁してほしい。


 でも「遊軍」って響きちょっとカッコいいとか思ってたりする。

 いやなんか神出鬼没の特殊部隊っぽくてね。


 まあ、オッサンとしてやれるだけのことはしよう。


 そして、俺たちは夕食を取って、早めの就寝準備をする。アレシアはすでに自室に入ったようだ。


 ちなみにリエナもたまにこの宿屋に寝泊まりするようになった。いちいち王城からくるのが面倒とか。いやお姫様なんだけどね、あなた。


「そういえばバルドさま、アレシアの部屋いつも遅くまで灯りがついているようです。なにかお勉強でもしているのかしら? だいぶ宿屋業務にも慣れてきたし、頑張りすぎて寝不足になっていなければいいですが」


 ふむ、それはおそらく勉強ではなく……


「ああ、わかった。教えてくれてありがとうリエナ。君も早く休んだ方が良いよ」



 そう言ってリエナと別れた後、俺は2階に上がりアレシアの個室をノックした。


「アレシア大丈夫か?」

「せ、先生……」


 アレシアの部屋はランプが山のように置かれており、その隙間から彼女の顔が出てきた。

 もう部屋の中がギンギンに明るい。ランプの熱でじっとり汗をかくぐらいの光量である。


「ちょっとこっち来れるか?」

「はい……」


 俺はアレシアの手を持ち、ゆっくりとランプの山から引っ張り出した。


「ご、ごめんなさい。こんな醜態を先生の前で晒すなんて……あたし」


 その綺麗な青い瞳を真っ赤にしながら、アレシアの手は小刻みに震えていた。


「大丈夫だぞ、そんなに気負わなくていい。前から言ってるが人間苦手の1つや2つあるもんだ」



 ―――そう、アレシアは暗闇が大の苦手なのだ。



 それは彼女の幼少期の出来事に起因する。

 かつて俺と出会う前の彼女は虐待されていた。どこかの貴族の娘として生まれたらしいが、実の両親は早くに他界してしまい。第二夫人であった義理の母が実家を取り仕切ることになったそうだ。


 それからは、第二夫人やその娘から、嫌がらせや暴行を受けていたらしい。そしてアレシアは灯りもない真っ暗な部屋に閉じ込められてしまう。


 毎日毎日、光のない闇の世界に閉じ込められるたのだ。

 おまえは不要だと言われ続けて。


 その後、実家は火事により義理の母をはじめほとんどが焼死したらしいが、アレシアは奇跡的に生き残った。


 彼女とその叔父があてのない旅の末にたどり着いたのが、当時フリダニア王国にあった俺の宿屋である。

 彼女を連れてきた唯一の親族である叔父も火事の傷がいえずに、すぐに帰らぬ人となってしまった。なので、幼少期のアレシアは俺の宿屋で面倒をみていた。


 のちに俺との鍛錬を偶然見かけた当時のフリダニア騎士団長が、アレシアを騎士見習いにスカウトする。その後は、自身の努力で剣聖まで上り詰めた。


 だから、アレシアにとって暗闇とは、彼女の存在を根本から否定するトラウマの原因なのだ。


「あれからもう何年もたっているのに……いまだに先生と一緒にいた頃と変わりません……あたしは、なんて弱いんだろう。こんなのが剣聖なんて聞いて呆れますよね」


 俺はアレシアの震える背中にそっと手を置く。


「剣聖だろうが、なんだろうが怖いもんは怖い。それでいいんだ。正常なことだぞ。辛かったら周りのみんなに頼っていいんだ。リエナもセラもいるからな。あと俺のようなオッサンでいいならいくらでも助けてやる」


 そう言いながら俺はアレシアの背中をさすってやった。

 だいぶ落ち着いてきたようだ。


 おれは魔道具のランプに強めに【闘気】を注入した。それはもうバッチバチに部屋を明るくしてやった。

 暗いのが怖いのはしょうがない。明るくすればいいだけなのだ。もちろん克服への努力も大事だが、それはゆっくり出来る範囲でいい。


 アレシアは安心したのか、緊張の糸がプツリと切れたように瞳を閉じて眠りに入った。

 おっと、アンパン一緒に食べようと思って持ってきたが。また明日だな。



 ―――安心しろ。暗闇なんぞはオッサンが全部光に変えてやる。



 俺は彼女をそっとベッドに寝かしつけると、静かにアレシアの部屋をあとにした。





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