ミレと魔女の森

片崎温乃

第一章 ミレと妖精の使い #1

















  この場所にある命とは その存在が罪である。
































遥か頭上に小さくなっていく丸く眩しく輝く一遍の月があった。

その月を一人の孤独な魔女が見上げていた。

その身体は何も纏っておらず、月の光がどこまでもその痛々しい身体を映し出す。

魔女はただひたすらに頭上の月を見つめていた。

その透きとおった蒼の瞳の両端には、瞳と同じ色のように見える涙がたまっている。

そこに何があるのかは誰にも分からない。

月の光が消えた頃、彼女は微かに衣擦れの音をさせて白いシーツを体に巻きつけ、そして誰にも言うでもなく言った。

「もう…戻れないのよ。」

彼女の瞳は決意に満ちていた。

そしてかすかに目を伏せた時、両の瞳から涙が零れ落ちた。














 とある大きな森の中の、小さな村達の一つ。その村唯一の大通りに面したある程度の広さを持つ原っぱ。

そこではその村の子供達の多くが集まって遊んでいました。

しかし、そこにいるのは男の子ばかりで女の子の姿は一人しか見つけられません。

その女の子は金色の髪を持つ男の子達ばかりの中で一人だけ黒いさらさらした髪の毛だったのでよけい目立っていました。

その髪を午後の美しい光が包みます。

「ミレ!」 

すると大きな声が原っぱの外から響きました。

「なぁに?」 

ミレと呼ばれた黒い髪の女の子が振り向くと原っぱの近くの道に女の子が三人立っていました。

一人はさっきミレを呼んだ少し怖そうな顔の女の子。

二人目は何だか気弱そうな表情に、そばかすをちりばめた女の子。

三人目は色が白くて目もぱっちりしているけど、前歯が一本抜けている人なつこそうな顔の女の子。

「ねぇ、国語の宿題で分からないとこがあるんだけど‥一緒に勉強しない?」

少し恐そうな顔の女の子がちょっと怒ったように言いました。

「ううん、こっちで缶けりやってる!みんなも一緒にやろうよお~」

ミレはぴょんぴょん飛びはねながら言いました。

そばかす顔の女の子が、ふぅ、とため息をつき、

「ミレ、男の子とばっかり遊んでて楽しいの?」と訊いて、

「うん!でもみんなが入ってくれるともっと楽しいんだけどな!」

ミレもはりきって答えます。

暖かくなってきた春の風が一人と三人の間を通り抜けました。










暗い、昏い、森の中。

その中に時折、金色の輝きが目に眩しく見える。

その光は、一人の少年が森の中を駆け抜ける刹那、わずかに差し込む陽の光に当たって放つ、髪の輝きだった。

その輝きは、一定の間隔を刻んでいるように、キラキラ光る。

その輝きが、ふいに止まった。

その少年は体全体にうっすらと汗をかいて、荒く息を吐いていた。

「久しぶりに走ったかもな…。」

そう呟く少年の顔には、普通その年頃の男の子がその言葉を放つ際に浮かべる照れの表情、疲れた表情、

笑ったような表情は一切なく、むしろその涼しげに見える切れ長の瞳に、真剣ささえ称えていた。

だがどこかその瞳には人を惹く何かがあった。

人がその不思議な瞳に魅入るより早く

「…もう行かないと。」

そう言って少年は、その身に纏っているくらい森の烏の羽を思わせる色のフードを、自分の瞳よりはるか下に被り込んだ。








「きゃ―――っ!!!」

村の大きな原っぱに、女の子の大絶叫が響き渡りました。

「あははは、リドリーうるせーーっ!!」

男の子の何人かが指を差して大笑いします。

その差した先には、リドリーと呼ばれたそばかすの女の子が、足を広げて腰を抜かした、面白い姿でひっくり返っていました。

この村の女の子の、普段の様子からは絶対想像出来ないような、面白い姿です。

ちなみに頭は草むらの中に埋もれていて、見えません。

やがてリドリーが、草むらの中に頭を突っ込んだままピーピーと泣き出した時、

「ちょっと!あんた達なんで助けないのよ!!」

少し怖そうな顔の女の子が、怒りながら男の子達に近づいて行きました。

「わーっ!レーナが怒ったー!!」

男の子達は足踏みをしてさらに笑います。レーナと呼ばれた少し恐そうな顔の女の子は、

「だ・か・ら!!何で笑ってるのよっ!!」

さらに怒って近くの男の子の襟首を掴んで、がくがく揺らします。どんどん揺らします。

そろそろ男の子が白目をむいてきた時、

「ねぇ、レーナ。そろそろやめといた方が…」

いい加減に止めが入りました。

止めたのは前歯が一本抜けている女の子です。

「ミイナ!あんたもそうやって男の子甘やかす気!?」

レーナの手が、ミイナと呼ばれた歯が抜けた女の子に延びます。

さっきまで揺らされていた男の子が地面にへたり落ちて、

「キャーっ!?」

「男の子はねっ、甘やかすとつけ上がるんだからっ!!分かる!?」

レーナはミイナの襟首を引っ掴んで、ぶんぶん揺らします。

男の子達が本格的に引き始めた時、

「どーどー。レーナ。」

ミレが笑いながら仲裁に入りました。

黒い髪が、首の動きに合わせてさらさらと揺れます。

レーナはキッ、とミレを睨みつけて、

「だいたいっ!!ミレが悪いのよ!!男の子と遊ぼうだなんてっ!!」

レーナはぜーぜー息を切らせながら言いました。ミレは気にせずにこっと笑って、

「それより、リドリー早く助けたほうが良いんじゃないかな?」

草むらに頭を突っ込んだままのリドリーを指差しました。
















何とも言えない匂いが、心臓の鼓動を加速させる薄闇の部屋の中。

青い炎に見える何かが、それを眺める人間の百合のような肌を映し出した。

やがてそれが、巨大な硝子の器の中でふわりと動いて、反ねた光が金とも茶とも取れぬ微妙な色合いの髪へと移って行く。

「この美しい者達は…何?」

手の平で硝子の器の向こうの冷たい水の感触を楽しみながら、まだ幼くみえたはずの表情に大人びた色をまとって微笑む。

時折中の者の体から発する光の泡を追い掛けようと手をのばすがそれは叶えられない。

「どうしてあの女は何でもかんでも隠そうとするのかしら……?」

この部屋で唯一自分で呼吸をする者はその息の音を憎しみの響きに置き換えて続ける。

「妖精の加護を授かる魔女は二人もいらないのよ‥ふ、はっは、は!!――――」

言葉の最後は無音の声に還り床を這って部屋の隅まで広がると、水の中の炎が少し激しく震えた気がした。







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