第8話 別れてもらわないと

「私、匠のこと好きだった。だから楠さんと別れたら私にもチャンスあるかなって嘘ついてた」


 沙理はそう言って頭を下げて謝った。


 嘘をついていたことは歩夢から妹と見間違ったことを聞いた時点でわかっていた。だからと言って嘘つきな沙理に怒りの感情は湧かなかった。


 嘘をつくのは何かしら理由があるだろうと思ったからだ。


「歩夢にはもう謝ったか? 浮気したって言われて傷つかないわけない。謝った方がいいよ。言いにくいなら俺が隣にいるからさ」


「ありがと、けど、私は1人でいい。ちゃんと謝れるから」


「わかった。好きになってくれてありがと、沙理」


「うん……。ねぇ、これからも幼なじみとして話してもいい?」


 今回の件で彼女を傷つかせるような嘘をつかれが、もう話したくもないと彼女を嫌いにはならなかった。


「いいよ。人を傷つける嘘をつかないと約束するなら」


「うん、約束する」


 小指を絡ませ俺たちは指切りをした。約束を破らないために。


 もうどちらが嘘をついているかなんて考えなくてもいい。この件についてはもう終わり。これからは、また沙理とは幼なじみ、歩夢とは彼女として付き合っていく。






***






 2年前の春。私はお姉ちゃんから付き合い始めた人がいることを聞いた。


「へぇ~良かったね。どんな人?」


「優しくていい人です」


「そうなんだ」


 優しくていい人? そんなの表面上に決まってる。最初は優しくても後から悪い顔を出すはずだ。


 お姉ちゃんに似合う男は私が選ぶ。だから大島さんとは別れてもらわないとね。


 そう決意してから何度か私は別れさせるように色々やってみたものの効果はない。


 だが、ある時、私はまだお姉ちゃんが一人暮らしをしていない頃のことを思い出した。


「あら、姉妹でお使いかしら?」


 お母さんから買い物を頼まれ、お姉ちゃんと私でスーパーへ向かうとご近所さんが、話しかけてきた。


「はい、お姉ちゃんとお買い物です」

 

 そう言って私はお姉ちゃんの腕にぎゅっと抱きつく。お姉ちゃんから小声で人前でそれはやめなさいと言われるが私はやめない。


「あらそうなのねぇ。それにしても2人は、双子じゃないかって疑うほど似てるわね。この前なんてお姉さんに話しかけたと思ったら妹さんの方だったもの」


「よく言われます。けど、お姉ちゃんの方が美人なので前から見たらすぐに見分けられますよ」


「確かに前から見たら見分けられるけど妹さんもお姉さんと似て可愛らしいわよ」


「も~ありがとうございます」


 そんなことがあり、私はあることを思い付いた。


 それが大島さんを騙すことに繋がったのだ。けど、大島さんは最終的お姉ちゃんが浮気してないと結論に至った。


 もう裏で何をしてもお姉ちゃんと大島さんは別れない。


「よし、直接にしよう。あっ、お姉ちゃん? ちょっといいかな────」







***






 夏休みに入り、歩夢から妹が俺に会いたいとのことで3人でショッピングモールに行くことになった。

 

「初めまして、楠小春です。お姉ちゃんがいつもお世話になってます」


 な、なんて礼儀正しい子なんだ。歩夢からは聞いていたが妹さんはとても彼女と似ていた。


 髪型や服装の雰囲気は、お姉さんが好きで一緒にしていると思われる。


「初めて小春さん。お姉さんとお付き合いしている大島匠です」


 右手を彼女の前に差し出しすと小春さんは、俺の手をぎゅっと握ってきた。


「よろしくお願いします、大島さん!」


(痛っ! 何々、この子の握力!)


 優しくぎゅーとではなく彼女はニコニコした表情をして俺の手を握り返していた。


 手が離れ、痛かったなと思っていたその瞬間、小春さんは、俺の耳元でぼそっと囁いた。


「お姉ちゃんは私のものですから。変なことしたら許しませんよ」


(怖っ!)



 妹さんも歩夢と同じような性格かと思ってたけど全然違うわ。


「では、お昼にしません? 匠くんは、何が食べたいですか?」


 歩夢が俺にそう問いかけると小春さんはムスッとした顔で俺を睨み付けてきて、歩夢の腕にぎゅっと抱きつく。


「そ、そうだなぁ……」


 これ、俺が何か答えたらもっと妹さんの機嫌が悪くなる気がする。


「こ、小春さんは何か食べたいものあるかな?」


「私ですか? 私、オムライス食べたいです。でも、大島さんが食べたいものにしましょ」


 俺が言ったところに行くみたいな雰囲気になるが、さっき小春さんがオムライスと言っていたのでオムライス以外のものを言ったら睨まれる。


「お、俺もオムライスかな……」


「じゃ、オムライスで決まりですね。お姉ちゃんは、オムライスでも構わないですか?」


「えぇ、大丈夫です」


 オムライスが食べられる店に入るため移動しようとなったのだが、いつもなら歩夢の隣に歩けるが今日はそのタイミングが全くない。


 小春さんが歩夢にベッタリなため近づこうにも近づけない。


 すると小春さんは少し後ろで歩いていた俺の腕を掴んだ。


「何やってるんですか、大島さん。私のことは気にせずお姉ちゃんとイチャイチャしてください。私は後ろから見守ってます」


 そう言って小春さんは言った通りに少し後ろに下がっていった。


「手繋ぎます?」


 歩夢は、上目遣いをし、手を差し出した。俺はうんと頷き、その手を握る。


(後ろからの視線が気になるが……気にしないでおこう)











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