詠み人知らずの詩歌物語【'23 夏】

杉野みくや

大好きだー!

帰り道 酷暑残りたる夕暮れに 

君への想いを泥臭く叫ばん

 

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 蒸し暑い夏の放課後。自転車を止めた俺たちは夕焼けの照らす河川敷に寝転がっていた。


「あっち〜」


 汗をだらだらかきながら、水筒に残ったお茶を一気に飲み干す。カラカラになりかけた喉が潤いを取り戻し、全身が生き返る心地がした。


 隣に座る西島も同じように水筒をあおっていた。晴人は水筒を地面に置くと、ふと思いついたかのように口を開いた。


「田中。お前、最近どうなのよ?」

「どうって?」

「あいつしかいねえだろ。鈴沢とだよ」


 西島はいたずらっぽくニヤついた。


「進展なし。この前、勇気だしてお祭りに誘ったんだけど、その日旅行行ってるらしくてさ」

「あちゃ~。それはツイてない」

「ほんとに。はぁ、恋ってつれぇわ」


 後半はほぼ独り言のようになっていた。口走ってから、センチメンタルなことを言ってしまったことに対する恥じらいがじわじわと体温を上げていった。


 気を紛らわそうと考えた俺は、けたたましくざわめくセミの声に耳を傾けた。その時、西島が「そうだ」と声を上げた。


「あの夕暮れに向かって、田中の想いを叫んでみたらどうだ?」

「は!?ここでか!?」

「いいじゃねえか。周りには誰もいないんだし。溜め込むよりも、吐き出した方が良いんだぜ?」

「っ……」


 上手いように言いくるめられてる気もするが、不思議と悪い気はしなかった。俺はその場で立ち上がると、燃え盛る夕陽を正面に見据えた。


「鈴沢ー!!お前のことが!大好きだー!!」


 夕暮れに向かって吠えた俺の声は空を彩る橙色のキャンバスに吸い込まれていった。デートの都合が合わなかったことも吹っ切れるくらい、清々しい気分だ。


 しかし、同時に後ろの方から「え?」と叫ぶ声も聞こえてきた。反射的にその方を向くと、黒く艶のある髪を風になびかせている少女と目が合った。


「す、鈴沢!?」

 

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帰り道 酷暑残りたる夕暮れに 

君への想いを泥臭く叫ばん


(詠手:恋する高校少年)

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